第29話

「周防先生。斧研先輩の能力で取り敢えず色々改造しましょう。早くした方が良いと思います。ゲーム開始まであまり時間は無い」


 ザクッと斧研の言葉を無視して良い笑顔で周防に語りかける瑞貴。

 周囲の先程の話を聞いていた面子は良い感じに脱力した結果、会話に入れない。


「……確かにそうだがな……丹羽、お前本当に……って、そうだそうだ、まだチュートリアル中だろ。なんであいつ等襲撃できたんだ?」


 呆れ気味に瑞貴と周囲を見ていた周防は、無精ひげを撫でながら首を傾げる。

 特に記載は無かったはずだと見直してみても分からない。

 そもそも瑞貴の心は見え難いのだ。

 だから癖になっている。

 瑞貴の心を見ない事が。


 誰かの心を知りたいだのと思った事も無い。

 近くに居れば好き放題流れ込んでくるのだ。

 その制御方法を見つけてから、どうにか息が出来るようになった。

 さもなければ実際に話しているのか、それとも心の中だけで思っているのかさえ区別も出来なかっただろう。

 同じ大きさで聞こえるのだ。


 周防として驚きなのは、瑞貴も斧研も普通に声に出さずとも会話でき、それを特に難しくも無く実行している点だろう。

 心で語りかける術をこうも簡単に使える二人に戦慄する。


 やはりこの二人が頭一つどころではなく飛び抜けていると確信した。


 彼にとって、瑞貴や斧研、瑠那は特別だった。

 楽になれる場所だから。


 三人の幸せを願っているのだが、どうにも難しい。

 その事に密にため息を吐きながら、瑞貴の答えを待つ。


「どうやらチュートリアル中であっても、例外として人を殺すのは許可されているらしいな。どこに居てもという注釈付きで『説明』に追加されている。要するに他のチームの拠点も狙って良いという事なんだろう。むしろ推奨か。『塔の攻略競争について 入門編』にも色々追加されているな。モンスターを殺すより、人間を殺した方が経験値が入るそうだ。よりレベルの高い人間を狙えば同じレベルのモンスターよりも経験値が高いらしい。更に、主催者に与えられた力は使えば使う程減るそうだ。充電が必要で完全にストックが切れると一切の与えられた能力が使えなくなるらしいな。それを防ぐには定期的にモンスターなり人間なりを殺せと。そういうことだな」


 淡々とステータスを見ながら告げる瑞貴に、大きくため息を吐いたのは周防。

 判断を間違ったかと不安が止まらない。

 だからだろう、声音に後悔が滲む。


「……説明助かる。俺が見れる以上のモノが視れてるみたいだな。しっかし、治療に力を使ったのは拙かったか……」


 瑞貴は眉根を寄せつつ、面倒そうに口にした。

 自分の力を推測されるのは苦手なのだ。

 氷川の説明である程度察せられてはいるのだからと色々諦めた。

 ほぼ斧研が実行したのだし。


「それは問題ない。詳しい説明は省くが主催者に与えられた力を使った訳ではなくなっている。斧研先輩はそこらへんは抜かりない」


 周防が目を丸くしながらニヤニヤと斧研を見る。


「あー。そういや頼んでたな。丹羽が斧研に。あれだけでよくまあ通じる。以心伝心ってレベル。なんだ、出来てんのか」


 瑞貴が先程とは比べ物にならない絶対零度の視線を突きさしたのも仕方が無いだろう。

 周防は斧研が本来はどういう存在か知っている。

 勿論瑞貴も。

 だというのにこの反応なのは脈なしか、と周防はチラリと斧研を見た。


 ――――珍しく熟れた果実さながらに真っ赤である。


 周防の視線に気が付いて瞬時にいつも通りになったのは、また力を使ってそういう風にしたのだろう。

 斧研が力を使って自分という存在の全ての認識を変えさせたのはまだ初等部だった頃だ。

 真実を知るのは瑞貴と周防、それから斧研は知らないが如月瑠那の三人。


 周防の記憶にある入学したての彼女は、それは可憐な少女だった。

 それがあの姿になったのは――――


「丹羽! さっさと改造しちゃうよ。もう時間ないし。僕が終わった後のフォロー任せた。ああそれから――――」


 周防の回想を遮断するように大きな声で斧研はそこまでは音声で伝え、それ以降は脳内に直接送り込んでくる。


『さっきあえて言わなかったんだけど、土岐も居ない。その取り巻きも。土岐の場合、その取り巻きは真宮のモノでそれを良い様に使ってるだけだけどさ。しかも最悪なのは生徒会のメンバーでさえソレに気が付いていない点。丹羽はいつから土岐が居なかったか知ってる?』


 斧研はサクサクと作業しながら語りかけているが、それでも手元が狂う事もない。


『こちらが例の空間に移動した時だろう。それ以降存在が確認できない。真宮の取り巻きの一部も』


 瑞貴が特に驚きもなく伝えてくるのだが、斧研としては口元がピクピクと思わず歪む。


『あのさ、知ってたら言おう。お願いだからもうちょっと意思疎通頑張ろう』


 瑞貴は脳内に響く声も面倒だと露骨に伝えてくる。


『何故』


 斧研は脱力しそうになったが、どうにか持ち直し、作業中のBGMの変わりとでも言う様に、折角の機会だからと今までの疑問をぶつけてみる。

 実際はBGMどころではなくかなりのリソースを瑞貴へと向けているのだが、斧研はそれについては無意識であるのに加え、瑞貴は特に何の反応もない。

 瑞貴は分かっていても綺麗にスルーしているのもいつも通りだ。


『南野の能力って何? 丹羽が気にかけているんだから能力者だよね。後は――――』


 斧研の言葉を遮り、瑞貴は忌々しそうに眉根を寄せる。


『不破だ。不破 謙ふわ けん。南野はアレに能力を利用されている。南野もアレも気が付いてはいないが』


 また頭が痛くなるほどの能力者がいるのかと、斧研は遠い目になってしまった。

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