第20話

 瑞貴の手には小太刀。

 暗殺者の武器としては確かに相応しい。

 刃まで黒一色なのも妥当だろう。

 けれどどうしてか不吉な印象しか抱けない程彼の武器が放つ空気が澱んで重い。

 暗い淵の底から吹き出してくるような圧力。

 血を望んでいるかのような圧迫感。

 どうみても尋常ではない。


「え、なにこれ魔剣妖刀の類?」


 斧研は素直な感想を直言に述べる。


「俺にも分からん。何だこれは」


 瑞貴も首を傾げる。

 本当に分かっていないのが瑞貴らしい。

 有象無象は人にカウントされていないので。

 ついでに瑠那に危害を加えそうになったり加えた魔性化生の類は存在自体綺麗さっぱり抹消し、自身の記憶からも消去済みである。


「……丹羽。その小太刀、どうもおかしい気がする。上手く言えんがこう、揺らいでいる? 気がするな」


 神崎の言葉に瑞貴も肯いた。


「そうだな……」


 瑞貴にしてみても、どうにも違和感はあるのだ。

 本来の形状ではない様な、実力が隠されている様な。


「しかしこうも武器を出せるとするとだ、あれか、武器は作らんでも良いと、そう判断しても良いのかねえ」


 戻ってきた周防が無精ひげの生えた顎を撫でながら首を傾げる。


「どうなんでしょうね……私としてはこの武器では心許ないですし、新たに持てるなら持ちたいですが」


 真宮は自らの武器の短剣を見ながら一人肯いていた。


「確かに。前衛と後衛に分かれるにしても、もうちょっとこう、そうそう、ショートソードとか、弓矢とかも装備してた方が良い気がするんだよね。後衛の人達もさ」


 斧研が一人肯きながらの言葉に、逢坂は不思議そうに首を傾げる。


「魔法を使えるとしてもやはり弓矢は要るのか? ショートソードっていうと、短い剣だよな。短剣とも違うのか?」


 神崎は苦笑しつつ答える。


「魔法は魔力切れが怖いしな。弓矢と魔法の使い分けは良いと思う。弓は弓で矢切れが怖いが。ま、ショートソードはロングソードとの長さの違いで分けるんだが、日本語にすると小剣とされることが多いと思う。だいたい70~80センチの片手剣、で合ってると思うが……短剣とはまた違う、と俺は思う」


 ハタッと気が付いたように、雪音が丹羽の袖を引っ張りながら口を開く。


「あの、ダンジョン内で水を得られるという事だったわよね。でも、魔法で水、というのはダメなのかしら? 此処もダンジョン内だったはずだから、問題は無いと思うの」


 瑞貴は思わず天を仰ぎたくなった。

 水系の魔法の持ち主の力を借りれば良いのだ。

 ダンジョン内という単語にモンスターからドロップするのだと思い込んでしまった。


「……魔法、か……確かに……」


 風早は周防を見る。


「先生。思ったんですけど、浄化の力が使える人、探しておいて方が良いかもです。情報も話し終わった訳で、やっぱ生理現象はいつ何時どうなるか分からないと思います」


 周防は得意そうに胸を張る。

「ああ、そいつは勿論アテはある。なあ、丹羽」


 眉根を寄せて不機嫌そうにため息を吐いた瑞貴には、既に対人用の仮面さんは行方不明となっていた。

 この空間に居る全員の”職業”『スキル』はすべて把握をしてはいたので。

 加えて最初の内は特に魔力切れが怖かったのもあり、生活で使えるかが未知数とも思ってはいたので特にピックアップはしていた。


「当然だ。『浄化』が使える者、『水魔法』が使える者は全員把握した」


 真宮は目を見開いて瑞貴を見る。


「それは助かるよ、丹羽君。しかしトイレの場所は悩むな。男女別でとなると……」


 鬼ケ原はそれを聞いてふと思いだす。


「階段先の広間はセーフティーゾーンとはいえあそこまでいくのは流石になあ……ああ、そうそう、大将、変な空間? の様なのがあるんだわ、あそことあそこに」


 瑞貴は鬼ケ原が指差した方を見て眉根を上げる。

 確かに、白い空間の階段が出現した方とは反対の左端と右端が違和感を見事に放っていた。


「……ああ、確かに」


 神崎もポンと握った手と開いた手を叩いて肯いた。


「調べた時に特に変化も無くてな。ただ教室二つ分くらいそれぞれあったか。色々在りすぎて記憶の彼方だった」


 周防は顎の無精ひげを撫でつつため息を吐いた。


「どうしたもんかね……一つを風呂にして時間で男女分けるとなると、ダンジョンを探索して帰ってきた時に男女の班だと誰かが入れんし……かといって両方トイレにして男女で分けると風呂は……ってなるしな……」


 竜堂は周防の話を聴いて瑞貴を見る。


「なあなあ、何かこう、空間弄ることが出来るって”職業”『スキル』はないかな?」


 瑞貴は眉間の皺を消すことなくサクッと答え移動した。


「”職業”『スキル』以前に見てからだろ」


 逢坂も肯き鬼ケ原が示した左端へと歩を進める。


「丹羽の刀で切れて更に空間増やせたりだと楽だ。っていうのは願望としても、どんなものか見てみない事にはな。ここはどうも訳わからん」


 真宮も続きながら周防と雪音を見る。


「取り敢えずまだ時間はありますから確認しましょう。どうにか出来るのでしたらしてしまった方が後々確かに助かります。風呂は先々にしろトイレは早急にかと」


 周防と雪音が動いた事で中心になっていたメンバー全員が階段の反対の端へと移動した。

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