第7話

 階段の広さは三人で並んで丁度といったところだろう。

 青く輝いている為に特に灯が無くとも遠くまで見渡せる。

 階段の天井までの高さも、二階建ての建物を優に超える程はある様子が全て青く輝いているおかげで把握できた。


 無臭の階段を瑞貴は全神経を集中させ、慎重に慎重に上った。

 その後ろに聖羅と杏、生徒会長である真宮。

 彼の後ろには生徒会のメンバーではない女生徒たちが続き、殿付近に会長以外の生徒会の面子と男子生徒という隊列が自然とできていた。


 それらも認識しつつ、周囲を窺いながら階段の段数も数えていた瑞貴は、17段を数えたところで三十畳程の広間のような場所に到着したことから、下の白い膜で覆われた空間からこの階段上の広間までの高さは、大体3メートルと数十センチだろうとあたりを付ける。


 注意しながら探索した青白く輝く広間も無臭であり特に違和感はない事を瑞貴は確認し、広間の奥にあるこれまた両開きの少し大きめな白く輝く扉へと視線を移す。

 ……瑞貴が確認し終えるまで広間に入っては来なかったのは、聖羅と杏、副会長の雪音、広報長の平均身長であることが悩みの茶目っ気たっぷりの美少女な月見 芽依咲つきみ めいさ、書記長の逢坂 楓馬おうさか ふうまという几帳面そうなイケメン以外の全員だったが。


 まあそうだろうと表情には出さず内心苦笑しながら、瑞貴が一番驚いたのは逢坂が一緒に調べてくれたことだ。

 責任感のある雪音や好奇心の塊の芽依咲は分かるが、慎重派の彼までが瑞貴の手伝いをするとは思わなかったのだ。

 ――――例え緊急事態だったとしても、というのが断絶の深さを表している。


 逢坂は確か幼稚園から聖東学園に通っていたはずだと思い起こす。

 ……他の生徒会のメンバーと同様に。


 初等部からの瑞貴は、基本的に生徒会のメンバーを始め幼稚園からこの学園に所属している者とはあまり親しくはない。

 あちらが避けるのだ。


 同じく初等部からの瑠那も避けられていたことを知っている。

 幼稚園から聖東学園であり、生徒会長を務めた事もある氷川や、次期生徒会長の最有力である藤原が、積極的に瑠那に関わる事で余計に良い顔をしないのも。


 聖東学園において幼稚園から所属しているというのはステータスであり、特権階級を意味している。

 児童会や生徒会のメンバーになれるのは、幼稚園から聖東学園の者だけなのも影響しているだろう。


 その中でもとりわけ優秀な氷川と藤原が瑠那を構うのを快く思っていない輩は、幼稚園から入学した者ばかりではなく、初等部からの者、中等部からの者、高等部からの者が男女問わずいる最大の理由も、瑞貴は良く知っていた。

 知っている事を知られないようにする事にも苦心していたが。


 だからこそ心の底から思う。

 瑠那がここに居なくて良かったと。


 叶うのならば瑠那の側にあの少年さえ居ないでくれさえすればそれでいい。

 瑞貴が願うのはそれだけだ。


 瑠那に再会するのは決定事項であり願いではないあたりが実に瑞貴らしいだろう。


 既に瑠那に逢うことは決めているのだから、確実に生き残らなければ意味が無い。

 だからこそ広間にある白く輝く両開きの扉を丹念に調べる。

 聖羅と杏は先程の青く輝く扉の時と同様に、瑞貴の邪魔をしないよう気を配っているのを尻目にして、他の人達はキョロキョロと見回したり床をペシペシと叩いたりとどこか気楽な様子だった。


 おそらく、扉を開けてからこの広間に至るまで特に何もないという事が大きいのだろう。

 張り詰めていた糸が緩んでいる状態なのだ。

 ――――もしくは、事態そのものを理解してはいないのか。


「ねえねえ、これって異星人に連れてこられたSFなのかな?」


 どうやら芽依咲が周囲にいる誰とはなく訊いているらしい。

 彼女は異世界ものより、どちらかといえばSFの方が好きだからこその疑問なのだろう。


「え? これは異世界関連の何かだと思っていましたが」


 律儀に答えているのはやはり几帳面な逢坂だ。

 彼は辞書や図鑑、資料集を見るのが好きなのも手伝い、ゲームはしないしアニメも見ないが、沢山の攻略本、資料集が自室に大量にあり良く読み込んでいたからこその言葉だった。


「あの声は職業と言っていたか……RPGのようなものを装った異星人という線もあるだろう。決めつけるのは良くない。とはいえ考え続けなければいけないのだろうがね」


 鷹揚に告げるのは当然真宮だ。

 読書もゲームも嫌いではない性質も手伝い、こういう事態の知識はそれなりにあるからだろう。

 特に焦った様子は見られない。


 扉自体には特に異常は見当たらず、神経を集中させて白く輝く扉を僅かに瑞貴は開けた。

 途端に、扉の先から何とも言えない土臭い様な、鉄錆の様な臭気を感じ、瑞貴はすぐさま扉を閉める。


「丹羽君、どうしたんだい?」


 皆面食らったように和気藹々としていた会話を止め瑞貴を見詰める中、真宮が怪訝そうに訊ねる。


「おそらくだが、この扉の外はセーフティーゾーンとやらではないはずだ。臭いが違った。此処は白い空間も含め無臭だが、この扉の外は土臭いのに加え鉄錆のような臭いもした。いわゆるダンジョン的な代物がこの外だろう。字面通りならセーフティーゾーンの中は安全なのだろうが、その外はどうか分からん……取り敢えず俺だけ行ってみようと思うが」


 瑞貴はサクサクと説明し、相手の反応を観察する。


「……否、私も行くよ」


 ピシっと固まっていた者が多い中、真宮が決意あふれる姿で同行を宣言する。


「待って下さい会長。きちんと隊列を組んで皆で行きましょう。下手にバラバラになったら大変ですよ」


 今まで黙っていた、小柄ではあるが色素の薄い整った中性的な美貌を誇る会計長の土岐 司とき つかさが、眼鏡を手で押し上げながら進言するのを静かに見ていた。

 有り体に言えば予想通りの展開に、瑞貴としては頭痛さえするそれをおくびにも出さずに。


「そうだな……では土岐君、采配は任せるよ」


 真宮の言葉を聴き終わり、土岐が色々指図している光景も含め、これまた瑞貴の想像通りに進む展開には苦笑さえもれなかった。

 やはりそうかと隊列の様子を見ながら再確認し、瑞貴は自分に出来る事をしようと真宮に意見をしてみることにした。

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