第17話 いやこれは死者蘇生じゃなくてね

 試合場に飛び出して、第二学院の選手の首を拾う。

 そして、その首と胴体をピッタリ合わせ――


「ヒール、血液補充」


 回復魔法で首と胴体を完璧に接合した上で、大量に失われた血を補充し、私は第二学院の選手の体調を万全に戻した。



 こっちはもうこれで大丈夫だ。

 緊急度だけはヤク中より上だったものの、所詮はただの外傷なので、処置自体は単純だからな。

 問題は――


 そう思った時……私の頭上に、黒い影ができた。

 振り向くと……第一学院の選手が、私に向かって猛然と剣を振り下ろそうとしているところだった。


 対戦相手を治療した私に敵意を向けているというよりは、単純に薬で理性を失って、見境なくなっている感じだな。

 攻撃の矛先が私でなく審判に向かわなかったことが、不幸中の幸いといったところだろう。


 この選手は既に神経系統の薬に冒されているので、ここで「全身麻酔」を重ね掛けするのは得策ではない。

 仕方ない。少し手荒だが……一旦物理的に眠らせるか。


纏雷てんらいの極意」


 末梢神経に雷魔法を流し、超速カウンターを可能にする魔法で、私は第一学院の選手の後ろに回った。

 そして、首元に手刀で一撃。


「ぎゃっ!」


 第一学院の選手は小さく叫び声を上げると、一瞬固まった後に、その場でどさりと倒れこんだ。

 そして程なくして、全身の筋肉からも力が抜け……熟睡しているかのように、穏やかな様子になった。


 本来、手刀に人を気絶させるような効果はない。

 人を気絶させるには、延髄に相当な衝撃を与えなければならないが……手刀の動きでは、そこまでの衝撃を与えることができないからだ。

 だが……「纏雷てんらいの極意」発動中の私なら、触れた者を感電させることができる。

 そのショックも加味すれば、気絶に足る激痛を与えられるというわけなのである。


 とにかく……治療に専念できる状況になったので、早速治療開始だ。


「毒素分解――マナフェタミン。魔力前駆体譲渡。ヒール」


 私は完治に必要な三種類の回復魔法を、適切な順番でかけていった。


 まず最初の魔法……「毒素分解――マナフェタミン」は文字通り、今回彼が使用した薬物を解毒する魔法だ。

 ちなみにマナフェタミンというのが、その薬物なわけだが……こいつがまた、とんでもない曲者。

 中枢神経を興奮させるなどの効果は覚醒剤と変わらないのだが、それだけでなく、この薬は強烈な「魔力の前借り」状態を作るのだ。

 服用者は一時的に実力の数倍の力を得るものの、副作用の魔力枯渇で、九割以上の確率で六時間以内に死んでしまう。

 それが、私がこの薬を「人が飲むなど以ての外」と評する理由である。


 この薬の効果が既に出ていたということは……ただ解毒しただけでは、彼は魔力枯渇で死んでしまう。

 そこで次に行った処置が、「魔力前駆体譲渡」だ。

 これは……言ってしまえば、「魔力の前借り状態」を解消する魔法。

 本来であれば、マナフェタミンクラスの前借り状態にはこんな魔法など焼け石に水なのだが……今回は彼の総魔力量が私より遥かに下だったおかげで、ゴリ押しでどうにかなったというところだ。


 最後のヒールは、ただ気絶状態から覚ましただけだ。

 彼の瞼が、わずかに動き出した時……実況席から、こんな声が聞こえてきた。


「な…なんということでしょう! 聖女様が、首を落とされた選手を蘇生させたばかりか……謎の凶暴化を遂げたサビア選手を倒して沈静化させてしまいました――!?!?」


 ……いや、どこに死者蘇生の要素があったよ。

 拡声魔法で鳴り響く実況に対し、私はそう心の中でツッコんでしまった。


 その言い分だと……まるで、「人は首を斬られたら死ぬ」とでも言っているようなもんではないか。

 人がそんなことで死ぬわけ――あっ、でもよく考えたら、聖女の現状的にはそこが「人が助かるか助からないか」の分水嶺なのか?

 だとしたら、修正すべきは回復魔法学における死の定義だが……まあその辺は、シンメトレルたちの活躍によって自然と書き換えられていくか。


 まあそれはそうと、第一学院の選手――サビアという名前らしい――の様子は……うん、起き上がったが、特に攻撃的な雰囲気は一切無いな。

 薬の効果が切れて、無事元のまともな性格に戻ったようだ。

 ……そもそもマナフェタミンを飲むような性格がまともかは、一旦置いておくとして。


 そんなことを考えていると、それぞれの学院の教師と思われる、異なる制服を着た二人の大人が試合場内に駆けつけてきた。


 一人は首を飛ばされた第二学院の選手を抱きしめにいき……そしてもう一人は、私の前で膝をついた。

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