第16話 3−7

「ねえいつになったらシノシェア社に行けるのよ〜?」

「東京本社もまだ協議中のようですので、いつ行けるかは……」

「そんなこと言ってたらあたしおばあちゃんになっちゃうわよー」

「まあっ、美也子さまの細胞に遺伝子異常でも!?」

「比喩表現よっ。比喩。もうっ、冗談もわからないなんてシノシェアのAIってポンコツなのね……」

「冗談ですよ冗談。美也子様がしょんぼりしているものですから、元気づけようと……」

「……もうっ」

 そう返して猫山美也子はベッドに置いてある大きくてフカフカとした白い枕に顔を埋めた。

 ここは優人たちが泊まっているラグジュアリーホテルの、優人とユイリーが泊まっている部屋とはまた別のスイートルーム。優人の部屋とはちょっとランクが落ちる部屋で、二人とオートマタが泊まるにはちょうどいいくらいの部屋である。それでもスイートルームなので、それなりの豪奢さはある。

 美也子は優人に命令されて彼女のお世話&護衛役を勤める須賀邸のメイドオートマタと共にこの部屋に泊まっており、食後、飛び出すように部屋に戻った彼女はひとしきり泣いた後、ふ風呂に入って体と気持ちを表向きはさっぱりさせた後、何をするまでもなくキングサイズのベッドでごろごろしていた。

「あのさあ……」

「なんでしょうか美也子様?」

「あいつ変だと思わない?」

「変とは、なんでしょうか? それにあいつ、とは?」

「優人のことよ!! もう、そこまでボケなくていいからっ!! でね」

 美也子は起き上がり、そばで立っているメイドオートマタの方を見た。そして、続ける。

「あいつ、半分人間じゃなくなったとかいうけど、それにしてもあのユイリーに対する好きぶりってなんなのかしら? まるで自分が人間じゃないみたいに──」

 そこまで口にして、美也子はある可能性に気が付き、言葉を止めた。

 それはものすごく恐ろしい可能性だった。

 しかし、あまりにもそれを裏付けることが多すぎる。

 もしかして、優人は。

 本当は人間じゃなくて、オートマタなのだとしたら。

 そう思うと、彼女は大きく何度も左右に顔を横に振った。その可能性を振り払うかのように。

 しかしその恐怖に近い可能性は頭から離れなかった。

 美也子はしばらくうつむくと、再びメイドオートマタの方を向き、問う。

「ねえ教えて。優人、本当は死んでいるの?」

「……生きておりますよ。ああしてちゃんと生きているではありませんか」

「嘘つき!」美也子は猫が怒るように顔を厳しくすると声を大きくした。「あの飛行機事故、全員死亡とニュース記事では報道していたもん! それなのになんで改造されて帰ってきたとかごまかすわけ!? あいつは本当の優人じゃないでしょ! そうなんでしょ!?」

 そう叫んで美也子は手元にあった枕のひとつをメイドに投げつけた。メイドはかわすことも払い落とすこともせず、そのまま枕に当たった。空気が抜けるような間抜けな音がして、枕はそのままチリひとつない床に落ちた。

 その枕を見下ろしながら、メイドオートマタは独り言をつぶやくように返した。

「それは『その人が生きている』ということがどのようなことを指すのかで変わってきます」

「……どういうことよ?」

「例えば、その人の生命活動が停止したときが死だとすれば、その人は死んだと言える、という考え方があります。それに対して、その人の意識、あるいは記憶の連続性があれば別の肉体でも生きている、とみなす考え方があります。あるいは出生主義と言って、人間から生まれたのでなければ人間ではないという考え方もありますね」

「うーん、よくわかんないけど……。今の優人は生きているの? 死んでいるの?」

「……結局は、本人がどう思うかでしょうね」

「それはあいつに何もかも放り投げちゃってるじゃない!」

そう言って、美也子は憤った。しかし、

「でも、そうするしかないのよね……」

 そう寂しげにつぶやくと、投げた枕とは別の枕を抱え、ぎゅっと抱きしめた。

 そのさまをメイドオートマタは、黙って見守っていた。

 

 優人……。


 美也子は自分の幼馴染の名前を心の中で呼ぶと、ゆっくりとベッドのシーツに倒れ込んだ。

 夜は静かに更けていった。


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