三唱 貴族、あるいは戒魔士、あるいは古の黄金時代の正統な後継者

 前触れなく顔面を燃やされたトーリは、目を白黒させながら口をぱくぱくと動かす。


「な、ななななななん………」

「女だから弱そう、とか、見た目がひょろっこいから、とか、そういう風に見かけで人を判断するのはよした方がいいと思いますよ?」


 つん、とすまし顔の少女がそっぽを向いた。


「なん……」


 言い返そうとしたところで、ぴしり、と、あご先に白く細い指先が突きつけられる。


「最初に言っておきますが、わたしはセトさんに頼まれて、しょうがなくあなたの旅に付きあいます。そして、旅を続けるも終わらせるも、その判断はわたしに委ねられている……つまり」

「つまり?」


 きょとん、とトーリは聞き返した。

 少女は、察しの悪い人ですね、と言うように嘆息してから。


「わたしの機嫌を損ねない方がいいということです」


 ずいっと、尊大に。

 ぐいっと、高慢に。

 張れるほどあるとは思えない平らなまな板――もとい、胸板をわずかに反らし、少女はわざとらしく腕を組んでみせたのだった。





「セトさんあの子なんなんですかあ……」


 情けなくうめくトーリに、


「うーん……」


 対するセトは失笑とも取れるあいまいな苦笑い。

 ちらりと見やれば、少女は謎の白い生き物――名前はクィーだったか――をなでている。

 見た目、動物と戯れているかわいらしい少女に見えなくもないが、言動は先の通りだ。

 セトに対してわだかまっていた不満は、すっかりすました顔の少女にスライドした。元々セトとはそりが合わないどころか、旅に出させてくれないという一点を除けば、親しみすら抱いていたので、当たり前といえば当たり前だが。

 ふと、少女を盗み見ている最中、クィーとぱっちり目が合う。とたん、クィーは、ぴゃっ、と少女の髪の毛の中に隠れてしまった。怯えられている。


「っていうか、あの子、どこの子なんですか?」

「ある村の、とても優秀な戒魔士かいましの血を引く娘さん」

「優秀な戒魔士……ってことは、貴族?」


 思い当たり、問う。

 トーリたちが暮らしている国、ドミヌス王国。

 現在、そのドミヌス王国を統治しているのは、貴族および貴族連盟だ。

 そして、貴族の大半は戒魔士――つまりは魔法が使える。

 古の黄金時代、王族であったオルドヌング族が持っていた魔法の力。

 世のため人のため誰かのためなら奇跡さえも起こせる万能の秘儀、魔法。

 貴族は、魔法の力を正統に引き継いだ者として、オルドヌング王朝が滅んだ後、オルドヌング王族に代わってドミヌス王国を統治する権利を主張した。

 そんな、なじみのないややこしい歴史はさておき。 

 要するに、トーリの中では貴族イコール魔法が使える優秀な戒魔士だということだ。

 が、トーリの疑問にセトは首を横に振った。


「貴族ではないね。彼女もまた優秀な戒魔士であることに違いはないけれど」

「そっか」


 トーリはあっさり納得した。

 魔法は貴族の特権や特徴ではない。

 それは、貴族でなくとも魔法を使える者がいることの証明他ならないわけだが。


「……じゃあ、騎士団の人ってわけじゃあ」

「ないね」

「だよね」


 これもあっさり納得する。

 王立治安騎士団ダラディエル・ジーヴェルツ――ドミヌス王国を統治する王権を持つ貴族連盟が、平和・治安維持のために設立した組織。

 ドミヌス王国の内外を問わず、軍事組織として王立治安騎士団に優れた戒魔士が集まりやすいというのは有名な話だ。

 が、細い少女の身体はどう見てもきたえ抜かれた騎士のイメージとはかけ離れている。

 と。


「こそこそとわたしの内緒話をするのは、趣味が良いと言えないのでは?」

「わわわ!」


 急に背後から声を掛けられ、トーリが肩を派手に跳ね上がらせる。

 恐る恐る振り返れば、いつの間にか近づいてきたらしいジト目の少女が立っていた。


「聞きたいことがあるのなら、どうぞ」

「その……」


 取り繕ってもしかたがないと判断し、トーリは正直に疑問をぶつけることにした。


「その……セトさんが優秀だって言うぐらいだから、そうなんだろうけど、なんでその優秀な戒魔士である君がわざわざおれの旅に付きあってくれるの?」

「かいまし」


 抑揚のない調子で、単語を咀嚼そしゃくするように少女が反復する。相変わらず、笑いもせず、泣きもせず、喜怒哀楽なんてはじめからなかったような表情で。

 笑ったらかわいいんだろうな、という感想は無粋か嫌味か下心か、それとも。


「……わたしは戒魔士ではありますが、貴族でもありませんし、王立治安騎士団ダラディエル・ジーヴェルツ所属の騎士でもありません」

「それも珍しい気がするけど」


 幼い頃、トーリの友人を執拗しつように騎士団へスカウトした騎士の男を思い出しながら、それだけをとりあえず返す。


「そもそもドミヌス王国が、貴族や騎士といった身分の高い人間を一個人の旅に付き合わせると思ってるんですか。小さな村の問題なんて、村の誰かに任せておけばいいんです」

「正論」


 真顔で同意。同時、ますますわからなくなる。


「それじゃあ、なんで君がおれのお目付け役に……?」


 喜ぶとも嫌がるにも到達せず、ただ訳がわからないと不思議に思う。

 しばし、待つ。セトないし少女から答えが返されることを期待して。

 ひんやりとした山間部の風が、金色の花をつけたエニシダの枝を揺らした。

 やがて、口火を切るように、口を開いたのは少女だった。


「……わたしがあなたの旅のお供に抜擢ばってきされる何か特別な理由がどうしても必要ですか?」

「ぐぅ」


 ずばり言い当てられ、うめく。


「旅に出られるんです。いいじゃないですか」


 それは楽観的な思考へうながすというより、どこか投げやりめいた響きを帯びていた。

 空虚な少女の態度に疑問を覚えながらも、トーリは別のことを口にする。


「でも、戒魔士とはいえ、武装した盗賊団や人さらいだって世の中にはいるんだ。やっぱり危険だ」

「そんなこと言ったら、トーリさんだって危険なのは同じじゃないですか」

「おれはこれでも武器は使えるし戦える」

「でしたら、わたしも戒魔士として過不足ない実力を持っているという自負はあります。連れて行ったところで、足手まといにはならないと思いますよ。トーリさん、魔法使えるんですか?」

「戒魔士じゃなくても今は法石ほうせきを使って魔法が使える」


 腕にはめられた、銀細工のブレスレットを前に出して示して見せる。

 象眼されているのは、朝露のような水晶、あたたかな陽ざしを映したシトリン、深海を切り取ったブルートパーズといった宝石――ではなく、法石ほうせきたち。

 法石は魔法の力を閉じ込めた鉱石だ。戒魔士ではない人間が魔法を使うための。

 すると、少女はこれ見よがしに、やれやれと肩をすくめてみせた。


「そんなおもちゃみたいな魔法で何が……いえ、そんなことよりも、剣を振るいながら、法石を使って器用に立ち回れるんですか。訓練された騎士ならいざ知らず」

「ぐ……。旅は遠足じゃないんだ」

「竜と契約を結び直すー、みたいな時代遅れでひと昔前みたいな絵空事を夢にして旅に出ようとするあなたの方が、よほど旅を遠足と勘違いしてるんじゃありません?」

「なあ……っ」

「はい、ストップ」


 セトの静止の声がトーリと少女の間に割って入る。

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