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「申し訳ありません」


 突然、白露がその場に伏せた。


「皇太后さまにお話したのは、私です」


「白露」


 驚いた紅華は、あわてて白露のもとに座り込む。



「顔をあげて。怒ってはいないから」


「本当なら、決して口にしてはならない秘密です。ですが、天明様を我が子晴明様と同様に愛して育てられた皇太后さまには、どうしても、どうしても、知っていただきたく……」


「話してくれて嬉しかったわ、白露」


「皇太后さま」


 白露を落ち着かせた紅華は、また椅子に座りなおす。



「あの子を、愛してくれてありがとう、紅華様」


 紅華は、おだやかなその顔を見返す。


「あの子はね、幼いころから、父である皇帝陛下を尊敬して、いつか自分も陛下のように国民のために働くんだ、と事あるごとに口にしておりましたの」


「天明様が、ですか?」



 のらりくらりと生きてきた天明にそんな時期があったとは、にわかには紅華は信じられない。


「ええ。天明が変わってしまったのは、自分が本当はいない子だと知った時……あの離れの宮で一生を終えなければならないと知った時です。絶望に落ちた天明に自分と入れ替わるいたずらを言い出したのは晴明でした。自分のふりをすれば宮から出ることもできる、と。長じるにつれて度々命の危険を感じた晴明は、もう自分のふりはやめろと天明に何度も言ったのですが、むしろ天明はすすんで晴明の影武者を引き受けるようになりました。時には、囮になるような危険な真似まで……優しいあの子がどんな思いでそんなことをするのか。その気持ちは痛いほどにわかりました」



「それだけが自分の存在価値だと、天明様が言っていたことがあります」


 どこか寂しく言っていた天明を思い出して、紅華は少しだけうつむいた。あの頃の天明にとって、未来は存在しないものだった。けれど今は。



 そんな紅華を見て、皇太后は顔をほころばせる。


「あの子が、晴明以外の人にも愛情を抱ける日がくるなんて……そして、その想いが実を結ぶ日が来るなんて、これほど母として嬉しいことはありません。ありがとう、紅華様。そして、睡蓮様も」


「はい」


「晴明は、皇帝としての自分の存在意義を、必要以上に重く受け止めています。幼いころから一緒だったあなたでしたら、きっと晴明の痛みや苦しみ、喜びも分かち合える存在となれるでしょう。どうか、あの子の良き支えとなってあげてくださいね」


「はい。私は、晴明陛下に愛されて、今とても幸せなのです。陛下にも同じように幸せと思っていただけるように心から尽くしていくつもりですが、まだまだ未熟です。どうか、皇太后さまのお導きを」


「睡蓮……ありがとう」


 うっすらと涙ぐんだ二人が手を取り合っていると、みたび扉が叩かれいきなり開いた。



「紅華、こないだ言ってたお茶を……げ」


「げ、とはなんですか。ご挨拶なさってください」


 瞬時に教育係に戻った白露が、逃げかけた天明を捕まえて部屋に連れ込んだ。


「女同士でなんの集まりですか、母上」


「お茶をしにきただけですよ。あなたも一緒にどうですか?」


「いや、俺は……これを紅華に」


 天明は、持っていた袋を紅華に差し出す。


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