第四章 密事

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(陛下は大丈夫だったかしら)


 その夜、夕餉を終えても紅華はそわそわと落ち着かなかった。


 外朝の様子は、後宮までは聞こえてこない。あの後晴明がどうなったのか、紅華は気になって仕方なかった。



「私、陛下の様子を見てまいります」


 同じようにそわそわしていた睡蓮が、そう言いだした。


「いいかしら。もう遅くなるけれど」


「おそらくお部屋にいらっしゃると思いますので、女官に聞けば陛下がどんなご様子だったか聞けると思います」


「そう? それじゃ、お願いするわね」



 睡蓮は急ぎ部屋を出て行った。だが、かなり待っていても戻ってこない。


(もしかして、あれからさらに具合が悪くなったのでは……)


 次第に不安になってきた紅華は、自分もこっそりと部屋を出た。


 晴明の住まう宮は、後宮の入り口に近いところにある。


 普段なら女官や侍女の姿がある後宮も、夜はその姿が見えず静まり返っていた。しんとした暗い後宮を、紅華はぱたぱたと足早に急ぐ。



 ほどなく晴明の部屋の前にたどりつくと、紅華は少し迷ってからその扉をたたいた。


「はい」


 中から聞こえた声に、紅華はわずかに瞬いて扉を開ける。


「夜分に、失礼いたします」


「紅華殿」


 卓に座ったままで驚いたように目を瞠ったのは、晴明ではなく天明だった。机上には、まるで執務室のようにたくさんの書類が置かれている。


「どうしました? もう夜も遅いですよ」


「今日はよくお会いいたしますね。陛下は、どうなされました?」


 それを聞いて晴明のふりをやめた天明は、不安げな紅華に笑んでみせる。



「本当にお前は間違えないんだな。……心配ない。痺れもとれたし、なんの後遺症も残ってないよ。今はもう休んでる」


「よかった」


 紅華は、ほ、と胸をなでおろす。


「それはそうと、なんで天明様が?」


「留守番、兼、宿題の片付け」


 紅華は、まだ新しい墨の匂いのする書類の束を見渡した。



「勝手に御璽など使ってよろしいのですか? 皇帝陛下のお仕事でしょう?」


「だから、内緒にしておいてくれ。晴明には許可をもらっている」


「はあ。そうだ。睡蓮がこちらにきませんでした?」


 その言葉に、天明はのんびりと微笑む。


「晴明についているよ」


「そうですか。わかりました。陛下のご無事がわかれば一安心です。失礼いたします」


 そのまま戻ろうとした紅華を、天明がひきとめた。



「せっかく来てくれたんだから、茶につきあえ」


 軽く伸びをしながら、天明が立ち上がる。よほど長い間、座ったままだったのだろう。


「でも、こんな夜更けに陛下以外の男の方と二人でいるのは」


「私はあなたの夫ですよ? 何を遠慮することがありますか?」


 爽やかな晴明の笑顔で言われて、思わず紅華は吹き出してしまう。



「そんなこと言われたら、断れないじゃないですか」


「笑ったね」


「え?」


 きょとんと見返した紅華に、天明は目を細めた。


「俺の前でそんな風に笑ってくれるのは、初めてだ」


「そ、そうですか?」


「ああ。普段もかわいいが、笑うとさらに可愛さが増す」


「は?! あ、あの……!」


 紅華は動揺して言葉が出なくなる。とたんに、天明も声をあげて笑った。


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