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皇帝崩御、と聞いて、てっきり帰宅するように言われると思った紅華だが、なぜか官吏はそのまま宮城へと彼女を連れてきた。


 何の説明も受けずに通されたのは、小さな部屋だった。


 執務室らしいその部屋の机に座っているのは、陽可国の宰相、朱翰林。紅華は、手を組み合わせて頭を下げると礼をとった。



「蔡紅華、まいりました」


「よく来たな。本来ならめでたい席だが、こんなことになってしまって申し訳ない」


 宰相もどことなくそわそわしながら言った。


「では、皇帝陛下が崩御なされたというのは、本当なのですか?」


「本当だ。朝方、側近がお部屋にお起こしに行った時には、すでに冷たくなっておられたそうだ。外傷もなく毒の可能性も低いという事からみて、おそらく心の臓が急に止まられるご病気が原因らしい」


「そうですか。わたくしも陛下のもとに嫁ぐ日を指折り数えて心待ちにしておりましたのに……とても残念です」


 紅華は、うつむき涙をぬぐう。ふりをした。



 型通りの悔やみを述べてはいるが、心はすでに実家に戻っている。


(相手がいなくなっちゃったんだもん、しょうがないわよね。次こそは政略結婚じゃない相手に出会えるかもしれない。いいえ、出会うのよ! そして、幸せな結婚をするの


「そうか紅華殿もそう思っていただけるか?」


 すると、宰相がずい、と身を乗り出してきた。


「? ええ、本当に」


「それは好都合……いや、よかった」


 宰相は、じ、と紅華を見つめた。



「あの?」


「いや、実はな。皇帝が亡くなった時は、その後宮は全て解体する定めとなっている」


「はい。存じております」


 後宮は、その時代の皇帝の子孫を残す役目を担っている。決して同じ寵妃が次の皇帝に受け継がれることはない。それを知っているから、紅華は実家に戻る気満々なのだが。


「この後の納棺と新皇帝の即位式が終われば、龍可陛下の後宮は明日にも解体される。紅華殿には、その後に後宮に入っていただきたい」


「……それは、どういう……?」


 嫌な予感が胸をよぎり、紅華の声が思わず低くなった。



「幸い、紅華殿はまだ皇帝陛下、ああいや、元皇帝陛下の正式な妃にはなっていない。こうして宮城へ赴かれたのも何かの縁。ぜひそのまま次の皇帝である、晴明様の貴妃となっていただきたい」


「は……はあっ?! いえ、あの、その……」


「驚かれるのも無理はない。だが、皇太子であられた晴明様には、いまだ妃が一人もおらん。まずは紅華殿に後宮に入っていただいて……」


「いえ、でもわたくしは龍可皇帝の」


「陛下は、もうおらん」


 そこだけやけにしみじみと、宰相は言った。



「陛下を亡くされた晴明様も、後宮で紅華殿がお待ちいただければ少しは慰めになるであろう」


「はあ……あの、でも皇太子妃はまだ必要ないと断られたそうですが……」


「皇太子であられた晴明様には、確かに妃はおらんかった。だが、皇帝となられたなら話は別だ。これから後宮には、また新しい嬪妃たちがそろうであろう」


 微妙に話をそらされた気がして、紅華はわずかに眉を顰めた。そんな紅華に気づいているのかいないのか、宰相は淡々と続ける。


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