第4話 アマリリス

 カオス理論。それは予測できない事態はランダムで起きるからではなく、気づかない行いが未来を作っているから。


------------------- 向き合い、たまには背けて


 「今日は定休日だからお代はいただきません!」

 お姉さんにされるがまま、店の中に入りなぜか無料でご馳走される羽目になっていた。

 ま、嬉しいんだけどね!

 カウンターテーブルに出されたのは大きめのおにぎり2つと漬物、そして珈琲だった。

 「右がわさびの葉を使ったおにぎりで、その横がジャガたらこバターおにぎり。漬物はナスよ、綺麗な紫でしょ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 「代金の代わりに感想いただくからね、さ、食べて食べて!」

 そんな急かされても……。

 わさびのおにぎりから食べる。鼻に通る香りと塩加減がマッチして恐ろしく美味しい。


------------------- お冷や


 ジャガたらこバターのおにぎりは王道ではないが有名な味で、漬物と挟んで食べるとさっぱりした味と合わさりすんなり食べられる。

 そして珈琲、まだ慣れていないので砂糖とミルクを付け足して飲んだ。

 砂糖で甘さがプラスされたが酸味が強く、口の中にある糖が和らいでいく感じだ。

 自分ではまだわからないが、おにぎりと珈琲は中々合うと思う。おにぎりを珈琲に合うように作っているのかもだけど。

 「どう?前より美味しくなったでしょ。」

 前より?

 何と比較したらいいのか戸惑い思考停止、女心はいつ損なうのかわからない。

 というかあの時のって言われたよな。あの一瞬、目があっただけなのに俺のことを覚えていたのか。

 少ししてお姉さんが訂正。

 「あ、ごめんね、前よりっていうか美味しかったかなーって。で、どうだった?」

 「あ、美味しかったです。珈琲とも意外と合うし。」

 「だよね、意外だよね。おにぎりと珈琲なんてさ。」

 ん?この人はおにぎりカフェを開いているのに珈琲との組み合わせに疑問を抱いているのか。

 あ、名前!名前聞かなくては!

 「あの。俺、聖也っていいます。名前、聞いてもいいですか?」

 「聖也くん、ね。私の名前は七海。よろしくね。」

 おにぎりカフェで働くお姉さんの名前は七海。

 この店を始めたのは2年前、つまり俺が入院したちょうどその年に開いていた。

 カオス理論があれば、俺は入院しなければここにこの店はないし、七海さんとも会っていない。

 なんて、バカバカしいや。


------------------- ゆっくりと根を伸ばし、春には咲く


 カウンター席の奥に、七海さんに向けてある写真がある。

 雪が積もった背景に2人は笑う。

 七海さんの横にいるのは


 俺、だった。

 

 


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