33,答え合わせ

「なにを突然言うかと思えば……いくら太一様のお話でも、面白くないですよ」

「じゃあなんで、悠人に手加減しているの?」

 黒い感情の塊はそのままに、俺はライの返答に反論をする。

「ライは昔から真面目だから、そんな理由なく手加減するような性格じゃないよね?」

「……太一様は、私を買いかぶりすぎかと」

「じゃあ俺が納得するように、手加減していた理由を教えてよ」

「……」

 しんと、沈黙がその場を支配する。

 その一瞬は長く感じ、ジワりと汗が伝っていくのがわかる。もしなにか思惑があっただけで俺達を裏切ったのは本当だったらどうしよう、もしこのまま隙をつかれたらどうしよう。

 確証のない不安がぐるぐると回っていく中で、ライは変わらず薄い笑みをうかべていて。

「ぷっ、ふふ、ははは!」

 と、大きな声で笑い始め……笑い始めた?

「え、ら、ライ……?」

「ははは、いや、これは、ふふ、失礼、まさか悠人やハンドレッドではなく太一様に気づかれるとは。悠人も、そんなのだから昔から爪が甘いし太一様を守れない――そして私の事も見抜けない節穴になるのですよ?」

「それは悪口ととらえていいのか?」

「さすがのオレも傷ついたっス」

 確実に失礼な事を言われたのはわかったぞ。

「太一……」

「ご主人、これは……」

 一方状況を飲み込めないらしい二人は、不思議そうな顔で俺とライを見ていた。そうだよな、俺もきっと二人と同じ立場なら同じ反応になったよ。

「そのままの意味……ライは、ラグナロクを裏切ったりなんかしていないんだ」

「太一様、それについては語弊もありますので私から説明をさせていただきます」

 俺の言葉をさえぎるように口を開いたライは、いつもと変わらない少しだけ意地悪い笑みを俺達に向けている。

「アルカディアがこの街に潜伏している事は、我々も把握をしておりました。しかしなかなか尻尾を出さず、そこで考えたのです――一度私自身が、アルカディアに入ってみようと」

「ちょっとなに言っているかわからないな」

「オレ、ライが時々爆弾のような発言しているのは知っていたっスけどさすがにこれは爆弾行動っス」

「育ててもらった恩はあるけど行動が突拍子もなくて弁解の余地がない」

「おっと、話の途中なのに皆様辛辣で」

 当たり前だろ、ここではいそうですかと素直に聞ける奴がいるか。

「潜入自体は簡単でした、ちょうどラグナロクが万事屋を始めた頃でしたし、それを理由に潜入を……パンドラの欠片が目的なのも、その時に。しかしここからが問題でして」

「ここから?」

「えぇ、なんと私がスパイ行為をしていたのが気づかれはじめまして」

「だめじゃん」

 簡単に言っているけど、かなり大変な内容だってわかっているのか?

 けど、今の話が本当なら疑問点がある。バレたとなれば無事ではないはずだし、ライはラグナロクでも中心人物だったヴィランだ。それならばどうしてこうも平然と俺達と話しているのだろうか。

「そんな時に現れたのが、太一様達です」

「俺、達?」

「……なるほどな」

 ライの言葉を蒼は理解したようでゆっくりとこちらに近づき、緊張感のないあくびをしていた。なんだよ、俺にもわかるように説明してくれ。

「つまりこいつは、僕達を利用したんだ。スパイではないと証明するために、自分のボスの息子である太一を襲ってね」

「ご明察、さすがはハンドレッド」

「いや待て、それって俺がいいように使われていないか?」

「なにをいまさら」

「そもそも、ボーっとしていた太一が悪い」

 なんだよ、仲が悪かったくせに調子いい時は仲良くなって!

「じ、じゃあ悠人を挑発したのは」

「悠人は太一様を守るために動くはず、そう思いまして」

「ならなんで、さっきは悠人に手加減を」

「ラグナロクに戻った時にあれこれ言われたくないので」

 あぁもう、確かにそれを聞くと話の筋が通るけど!

 諦め半分で目を伏せて大きなため息をこぼすと、その隙をついたライがひらりと俺の黒い感情の塊をよけてこちらに近づいてくる。なにが目的と思えば、おもむろに俺の頭をなでていて。

「けど確かに、巻き込むべきではなかった、あの時三日と言わず止めればよかった……そこは、申し訳ないと思っております」

「ライ……」

 その大きな手は、小さい頃から変わらないぬくもりがあって。

「けど自分から首を突っ込んだ太一様と自分の保身のために偽者探しを始めたハンドレッド、それから自分の上司を止めない悠人が全面的に悪いと思っておりますので、謝罪はしませんよ」

「僕はやっぱりこいつがきらいだ」

「もっと言い方があるっス」

「やっぱり俺、父さんの跡は継がない」

「ヴィラン相手に当然の事を言われても、私達ヴィランは人にきらわれてなんぼでは?」

「そんななんぼはいやだ」

 それなら俺は一般人がいい、あぁもう少し見直したのになしだなし。

 少しの苛立ちの中にライがいつもと変わらないライである安心感で満たされる一方で、悠人が顔を上げながらふとなにかに気づいたようにライへ目線を向けていた。なにかと思いそっと回りを囲んでいた感情の塊を消すと、悠人は不安そうな顔でライの顔を覗いていた。

「け、けどいいんスか? ここがアルカディアの拠点なら、今の会話も」

「えぇ、私の役割はすでに達成されましたので」

「役割……?」

 いったい、なにを言っているのだろう。

 わけもわからず顔をしかめるとライがあれをご覧ください、とビルのホールの中でもさらに奥を指さした。そこにあったのは――


「私の役割の一つは、害虫処理でございます」


「いや、害虫じゃなくてそれ人間」

 明らかに害虫やがらくたではない、ひん死になったアルカディアの奴らが山のように積まれていた。つくづく、ライが敵ではなくてよかったと思えるよ。

「此守に潜伏していたほとんどになります」

「ほとんどを一人で……」

「内部から壊すための潜入でしたので」

 さらっと怖い事を言っている気がしたけど、自覚がないみたいだし触れずにいよう。

 目の前の地獄絵図に乾いた笑いをうかべていると、ふと蒼がなにかに気づいたようになぁ、と小さく言葉をあげた。

「一つは、という事はまだなにかあるという事か」

「さすがハンドレッド、鋭いようで」

 待ってましたと言わんばかりに笑ったライは、俺達三人ではなく汐莉の方へ目をやりながらそれはですね、と一つずつ言葉を落としていく。


「お初にお目にかかります――パンドラの欠片」

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