27,ハイレン

「あ、ごめん気が利かなくて、玄関まで送るよ」

 すっかり元通りになった汐莉は思い出したように顔を上げると、そのままトコトコと歩き出す。

「そんな、気にしなくても」

「だめ、私が気にする」

 かなりきっぱり言われてしまった、なんだか断りづらい。

 押し負けて玄関まで案内してもらうと、きれいに並べられたくつを履きながらくるりと顔を汐莉の方へ向けた。

「本当、今日は突然ごめんな」

「だから気にしないで、今度はお菓子用意して待っている」

「そっちも、お気遣いなく」

 いつもと変わらない、そんな一歩引いたようなやり取り。普通ならここで帰るシーンだけど、俺はどうしても聞きたい事があって。

「その、汐莉」

「ん?」

 弟さんの事を聞かなきゃ。

 立ち止まってまっすぐに目を向けると、きょとんと首をかしげて俺の言葉を待っているようだった。なんて聞くべきか、オブラートに包んで確認をするべきか。散々悩んでも答えは見つからず、俺は勢いに任せて口を開き――

「お、弟さんて、本当にいるの?」

「……え?」

「聞いたっス」

「聞いたな」

 そこ二人、うるさいぞ。いや自分でも、ストレートに聞きすぎたとは思ったけど!

 さすがにまずかったと思って汐莉を見ると、最初は不思議そうな顔をしていたけどすぐに言いたい事が理解できたようで。

「あぁ、その事! ごめんねちょっと混乱させちゃったかも」

「えっ」

 混乱って、なにを。

 逆にその一言が理解できずに目を丸くすると、汐莉はおもむろに玄関に並んだ写真の一つを手に取った。そこには確かに、一人の男の子が写っていて。

「弟って言っているけどね、いとこなの」

「い、いとこ?」

「うん、お父さんの方のいとこなんだけど、ご両親が海外勤務で去年からうちで預かっているの。まだ完全に心は開いてくれていないけど、一人っ子だからかわいくてつい弟って言っちゃうの」

「じ、じゃあ年齢を間違ったのは」

「私、年齢間違っていた?」

 あぁこれ、意味があったのではなくただ単に去年から一緒に住み始めたばかりだから単純に年齢計算を間違っただけだ!

 我ながら気が抜けるような話だったのに肩を落とすと、横にいた二人が茶化すように俺の事を笑っていた。そんな、俺だって真剣だったんだからいじるな頼む。

「え、えっと、弟に会いたいなら帰ってくるまでいても大丈夫だよ?」

「あ、いや、それはまたで大丈夫、そろそろ失礼するね長くいてごめん!」

 あぁもう、俺の早とちりだったじゃん!

 自分でもわかるくらいに顔を赤くしながら汐莉の家を後にすると、横からなぁ早とちり、と蒼に声をかけられた。あだ名みたいに言うな。

「じょうだんだよ……それよりあの箱、どう思う」

「どう思うって言われても……」

 個人的に、あの箱からはなにも感じる事ができなかった。うわさ通りのパンドラの欠片が入っているなら、レコード保持者の俺達は少なからずなにかを感じるはずだ。箱に入っているからかもしれないと最初は思ったけど、あのボロボロ具合だとそれも考えにくい。

「じゃあ汐莉の家のは偽物……けど、それも考えにくいな」

 それならそれで、汐莉のお母さんの話やそもそもレコードと無関係の汐莉がパンドラの欠片を知っている理由について説明がつかない。なら、あの箱はなんだったのだろう。

「それで、次はどうするんスか?」

 わからないだらけで頭の中がぐちゃぐちゃになり始めたくらいに、ふと悠人のそんな一言で現実に意識を引き戻す。

「この後っス、このままじゃ偽者探しもできないっス」

「あぁ、その前に今日はちょっと確認したい事があってさ」

「?」

「確認したい事?」

 悠人と蒼が不思議そうな顔をするのを無視して立ち止まり、俺は視線を一点に集中する。他でもない――蒼に。

「あのさ、蒼」

「なんだ?」

 いつもとなにも変わらない口調で俺に返事をした蒼は俺がなんの話をしようとしているかわからないようで、目を細めながらどちらかというと俺をにらんでいるようだった。

「俺、蒼がヒーローだってわかった時からずっとわからなかったんだ――蒼の、レコードが」

「……」

 思い返せば、蒼はここまでレコードを言っていない。

 チンピラと戦った時も実力行使だったし、最初は俺や悠人みたいに目に見えてわかる揚力ではないとか思った。そもそも、本当はレコードを持っていないのではとも考えたくらいだ。

 けど、それじゃ説明がつかない事が何個もある。

 例えば、レコード相手に無傷で勝った事。

 例えば、アルカディアとの時の傷がやけに早く治った事。

 例えば――さっきの汐莉の事。

 気のせいかもしれないと思っていた事が、すべて確信に変わっていく。そんな、気がして。


「もしかして蒼って……ヒーラー系のレコードなんじゃないか? それも、精神面の傷も癒せるやつ」


「…………」

 返事が返ってこないのは、図星だという事か。

 視線を落とした蒼はしばらくなにかを考えるようにしていたけど、それも一瞬だけ。すぐに顔を上げると、いつもの薄い笑顔をうかべていて。

「降参だ」

「えっ?」

 そんな、脈絡もない事を口にした。降参って、なにを。

「本当はバレたくなかったけど、仕方がない。この先どのみちわかる事かもしれないしな」

 そう言いながら蒼はどこからか小さなナイフを取り出すと、それをためらいなく自分の左腕に当てる。そのままナイフを引くと、当然ながら腕赤い線が薄く流れる……けど、すぐにその線も消えて行く。それはもう、最初から傷なんてなかったみたいに。

 

「そうだよ……僕のレコードは、【ハイレン】――すべての傷を癒す、ヒーローには向いていないレコードだ」


 どこか自分をあざ笑うようにささやくと、傷があった場所をそっと俺と悠人の方へ見せてくる。

「【ハイレン】って、聞いた事がある……」

 確か、レコードの中でも非戦闘能力であるレコードの一つだ。

 自分の傷も他人の傷も、心の傷も癒す万能の力。それこそ俺が破壊の能力なら、蒼のは救いの能力だ。

「向いていないって、そんな謙遜しすぎじゃ」

「向いていないよ……少なくとも、僕の家族からすれば」

「それって……」

 最後の一言がやけに気になって首をかしげると、ふとこれまでの蒼の言動を思い出した。なんだか家族を信じていないような、そんな言い方ばかり。もしかして蒼は――

「家族から必要とされていなかった、と言いたそうな顔だな」

「え、あ、いやそんなつもりは!」

「隠さなくていい、本当の事だから」

 悲しげに目を細めた蒼は俺と悠人をゆっくりと見ると、小さく口を開く。

「悠人、お前のレコードは、遺伝か?」

「え、あ、あぁ……」

「なるほど、二人とも遺伝か……僕はな、遺伝ではない、一族で唯一のヒーラータイプだ」

 自分を指さしながら、目線を落とす。薄くその指先が光っているように見えて、多分あれが蒼のレコードが発動している証拠なのだろう。

「レコードは遺伝と、変異の突発的に発生する二通りがあると聞く。僕はその突発型……戦闘型ならよかったけど、これではヒーローとして戦えない。だから、俺はそもそもヒーローに向いていなくて、ヒーローには本来させてもらえなかったんだ」

「……蒼」

 気の利いた言葉が、上手く選べなかった。

 俺みたいに小さい頃から跡取りと言われたわけでもない、悠人みたいに親と同じ将来を選べるわけでもない、そんな環境。それどころかヒーローの家系にいてその親からヒーローに向いていないと言われるなんて、少なくとも俺ならグレる。

「だから、このラグナロクの偽者騒動を解決したら認めてもらえるのではと思ったんだ。思ったけど……結局ヒーラータイプの僕には、そんな能力なくて……」

「……」

 だから、俺達に頼った。

 そう考えれば、すべての話がつながっていく。戦闘に向いている俺と悠人に声をかけたのも、巻き込んだのも。時折出た否定的な考えも、全部。

 けれどもだからと言って、それを責める事はできないしましてやその気持ちを俺はわかる事ができない。俺は物心ついた時からラグナロクの時期ボスと言われてきたんだ、いやとは言え最初からその選択を取られるなんて考えられないし……俺がここでなにかを言っても、冷やかしにしかならない。

 俺はだめだと思いながらちらりと悠人へ視線を向けると、なんだか考え事をしているのか顔をしかめていて。


「話、終わったっスか」


 なんて、お世辞にも気が利いているとは思えない言葉が飛んできて。

「って、ちょ、悠人!?」

 今のはいくらなんでも、無神経すぎるよ!

 真意が読めずにあわあわと手を動かして場を取り繕おうとしていると、それよりも先にそもそもさ、と悠人が言葉を続けてきた。

「蒼は、言われたらはいそうですねなんて簡単に引き下がる性格だったんスか?」

「っ……」

「悠人……」

 真剣な顔で蒼を見つめる悠人は不快そうな表情でなぁ、と強めの口調で蒼に言葉を投げる。

「そんなの、自分が一番わかっている……僕は、誰かに決められた道ほど踏み外したくなるんだから」

 いや、それはそれでどうかと思うけど。

 もうどうやって話を変えようかわからずになったけど、悠人のじゃあさ、という声にのどまで出ていた言葉を飲み込む。

「それでいいんじゃないかな、それで自分に素直ならいいんじゃないっスか?」

 屈託なくて、どこまでも自分勝手な言葉。

 その言葉に蒼はハッと顔を上げてしばらく黙っていたが、すぐにいつもの薄い笑いをうかべていた。

「そうだな、それもいいかもしれない」

「それもいいかもって、それがいいんス」

 なんだかんだ変わらず息はあっていないけど、それでも見ていると安心できて。

 これでよかったと思って胸をなでおろしていると、悠人が今度は俺の方へ顔を向けてきた。

「そんなわけでご主人、次行くっスよ」

「切り替えが早い」

 今のもう少し余韻を持った方がいいと思うんだけど、俺だけか?

 二人ともケロっとした顔で俺を見てくるからなにも言えなくて、溜息を一つ。あぁそうだよ、こいつら確かにこういう性格だ。

「わかったよ、早いとこ解決もしたいし……」

 どこを調べれば、効率がいいか。

 そんな事を考えながら小さくあくびをした――瞬間。


 ガシャン


「…………え?」


 汐莉の家からなにかが割れる、乾いた音が聞こえた。


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