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 東延のひがしのべのさわ駅から2駅で地元の大久地おおくち駅だ。この時間の電車は毎日混んでいるので、僕はいつもドアのすぐ横に立ち、外を眺めるか携帯をいじっている。雪臣はどの辺を走ってるだろう? 意外に早いんだよな。

 奈々原ななはら 雪臣ゆきおみは、いわゆるイケメンでスポーツ万能。特に剣道は、小学1年の時に夢中になったという剣道アニメの影響で町の剣道教室に入門したのが始まりで、これまで試合で一度も負けた事がない。すべての大会の個人戦は優勝している。

 中学の剣道部に入部してから団体戦で予選落ちしてしまった事もあったが、団体勝ち抜き戦では、驚異の五人抜きをして優勝している。無敗(個人では)の剣士が、僕達の居た中学校を全国に知らしめたのだ。

 天は二物を与えず、というけど与えてるじゃないか。ま、そのことわざが単純にそう言う事を言っている訳ではないのは知っているし、雪臣の努力も知っている。ほぼ毎日体を鍛え、竹刀を振り、時には剣道アニメの主人公がやっていたという秘密特訓? もしていた(これは警察沙汰になってしまったので詳細は伏せておこう)。

 こちらは問題にはならなかったけれど、中学一年の後半、クラスのやつと大ゲンカした事もあったな。見てはいないからよくわからないけれど、次の日顔を腫らしていた。

 雪臣が喧嘩なんて、初めてだったから驚いた記憶がある。

 まあ、何にしろ、アニメの主人公みたいなやつだ。

 ただ、さすがには無いようで、頭脳は僕の方が上だ……と思う。高校にも一般入試で合格したし……

 僕達の通う県立東秀延沢とうしゅうのべさわ高等学校は偏差値78、文武両道をうたう進学校だ。制服も無ければ校則も無い。自由な校風だ。

 特に——武——それも、剣道部に力を入れていて、ちょうど雪臣はったのだろう。才能を認められての推薦入試だ。

 保育園の年長さんの時から雪臣と一緒で、中学の時なんて、3年間同じクラスだった。まさか高校も一緒になるとは。

 話は逸れたけれど、雪臣とのえんは続く。

 僕のただ一人の親友だ。

 18時40分——家に着いた。

「おかえり、夕飯食べてから公園に行くのよね?」

 母だ。帰るなり口早くちばやに言ってきた。

 ああ、うん。僕は階段を上りながら素っ気なく返して部屋に入り、早速準備に取り掛かる。

 皆既月食は20時半頃から始まる。正確に言うと、20時半頃から半影食が始まり、部分食、皆既食となり、月が完全に地球の影に入る皆既食の最大は23時半頃だ。そこからはそれまでとは逆に月が姿を現していくので、すっかり月が隠れているのは零時頃までだ。完全に満月に戻るまで観測しようとなると2時は軽く過ぎてしまう。

 真夜中。

 丑三つ時だ。

 きっと気温も5度以下になるだろう。明日も日曜で休みなのが唯一の救いだけれど。

 さて、どうしよう……

 ま、その時考えれば良いか。とにかく着込んで行こう。『愛望遠鏡』の準備は万全だ。けれど、もう一度確認して……なんて事をしていると、下の階から母が声をかけてきた。

「光、夕飯を食べて、いつも通り21くじ過ぎに出るんでしょう?返事くらいしなさい」

 え? さっき返事しなかったっけ?したよな?

「ああ。でもちょっと早く出るよ」

 僕は部屋から顔だけ出して、また素っ気なく返事をした。

 そうだな。まず夕飯を食べよう。

 仇川家は父、母、僕と妹の四人家族だ。

 僕も、二つ下の妹の木蔭こかげも特に反抗期も無く、父と母も仲が良い。特に問題も無く、特筆すべき事もない。——以上だ。

 19時45分——僕は家を出た。出がけに木蔭がこんな事を言った。

「あのさ兄ちゃん……そんなダルマみたいなカッコで動きにくくないの?望遠鏡なんて置いて行けば良いのにさ。月食なんて肉眼で見えっしょ」

 ——こいつは全然わかっていないな。

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