鬼神転生

雪兎

第1話 氷鬼


人口の約1割が鬼化病に汚染された現代。

その汚染者の殆どが恐ろしい化け物、鬼になる運命にあった。

鬼は今も昔も、特別な人を喰らった。

そう、霊力の高い人間を。

鬼の力は凄まじく、対抗する術はないと思われた。

しかしその鬼に立ち向かう者たちが現れた。

鬼には鬼を、それは鬼化病に汚染された者達だった。

そうして鬼を倒し続けていった汚染者達は鬼になるのとは違うものへと転生した。

人は彼らを鬼神と呼んだ。


✴︎✴︎✴︎


音を鳴らしながら留守番電話のランプが点滅している。

ピーという発信音と共に、音声が流れた。


「圭史…ちゃんと食べてる?そっちに荷物送って置いたから食べてね」


そしてまたピーと音を鳴らすと電話は切れた。

それを聞いていた苑田圭史(ソノダ・ケイシ)は包まっていた毛布を退けると、窓の方へ歩く。

黒髪を揺らしながら、鍔が氷の結晶のような刀を掴むと言った。


「さぁ、今日も狩りに行こうか…。」


✴︎✴︎✴︎


雨の降る夕方、ビル街。


「鬼だー!鬼が出た!」


仕事帰りのサラリーマンがそう叫ぶと、道行く人々が、一斉に逃げ始めた。

そんな中で一人のまだ7歳くらいの少年が、包丁を持ち鬼の前に現れた。


「鬼め!かーちゃんの仇だ!」


震えながらそう言うと、少年は鬼に向かって行った。

だが、赤い筋肉質の大鬼は少年の何倍も大きく、一度大きな雄叫びを上げただけで、その風圧で少年は吹き飛ばされた。


「クソッ!まだまだ!」


転がった少年が立ち上がろうとした時、赤いフード付きのパーカーを着た高校生が手でそれを静止すると言った。


「やめておけ、その包丁だけじゃ鬼には勝てない」


高校生の目が青白く光ったのを見て少年は息をのんだ。


「そう、鬼と同じ、鬼の力をのせなければ、鬼には勝てない」


高校生はそう言うと、パーカーのフードを下ろした。

そこには右の額から1本の角を生やした黒髪の少年が強気の微笑みが浮かんでいた。


「鬼化病…汚染者…?」


少年がそう呟くと、高校生は微笑みながら少年に向けてウインクした。


「少年、名前は?」


「…大貴、菅原大貴(カンバラ・タイキ)…。」


「俺は苑田圭史、ヨロシクな!」


圭史はそう言うと刀を袋から出し、鞘から抜いた。

すると刀の刀身が氷結していき、冷気を纏いながら青白く光った。

そしてまた大鬼が雄叫びを上げると、圭史が走りながら向かって行った。


「危ない!」


鬼が腕を振ったところで大貴がそう叫ぶと、圭史はそれをくぐり抜け鬼の懐に入る。

その時、冷気を纏う刀を素早く振るい、圭史が刀を納めると鬼は凍りついた。


「哀れな鬼よ安らかに…。」


圭史がそう言い鬼が涙を流すと、氷に亀裂が入り、鬼は氷と共に砕け散った。


「凄い…。」


大貴がそう言いながら立ち上がると、圭史は大貴に近づき彼の頭を軽く叩きながら言った。


「もう無茶なまねすんなよ」


しかし、事態は思わぬ方向へ向き始めた。


「子供から離れろ!あっちへ行け!汚染者め!」


それを見ていた人達が突然、圭史に向けて暴言と共に石を投げ始めたのだ。


「坊や早くこっちへおいで!鬼化病がうつるといけない!」


「汚染者はさっさと汚染者管理区域へ去れ!」


それを見て、大貴は大人達に怒鳴ろうかと思ったが、圭史にまた頭を撫でられて止め、圭史を見上げた。


「お前、悔しくないのか?倒したのはお前なのに…。」


「別に、慣れっこだよ。じゃあな大貴、達者で暮らせよ…。」


「あっ…。」


圭史はそれだけ言うとフードを被り、信じられない脚力で民家の屋根の上に飛び上がるとそのまま走って行ってしまった。


「苑田圭史…。」


大貴は圭史の落として行った生徒手帳を拾うと、名前を呟き圭史の去って行った空を見上げた。


✴︎✴︎✴︎


数日後、大貴は木刀を背に、汚染者管理区域と呼ばれる場所へと足を踏み入れていた。


「おや坊や、ようこそ鬼丸横丁へ」


「…こんにちは」


ターバンを巻いた老人がそう言うと、大貴は緊張した面持ちでペコリと挨拶をした。

おそらくこの老人も、鬼化病汚染者なのだろう。

その証拠にターバンの隙間から角が2本見えている。


「あの…苑田圭史さんってこの辺に住んでませんか?」


そう尋ねると、老人は少し考え込み、思い出したように手を打つと言った。


「あぁ…!知り合いかね?」


「えぇ…まぁ…。」


一度会っただけとは言えず、適当に話に合わせると、老人は大貴の手を取り言った。


「ついておいで、案内しよう。と言ってもここは狭い狭い所だがね」


「へぇ…。」


老人と手を繋ぎながら辺りを見回して歩くと、この鬼丸横丁というところは意外と多くの人が住んでいるのがわかった。

雰囲気も意外と明るく、昼間からちょうちんに灯りがついていて、酒飲みが多くどんちゃん騒ぎの笛の音色が鳴り響く場所であった。


「ついたぞい。この長屋にいるはずだよ」


そこはこの横丁にしては落ち着いた雰囲気の木造の長屋だった。


「坊主ー!お客さんだよー!」


「…!いや、あの!お爺ちゃん!」


大貴が慌てて老人を止めるが、時すでに遅く、長屋の引き戸から圭史が顔を出した。


「銀治郎の爺さんじゃないか、どうしたんだ?お客って?」


「…あちゃー…。」


大貴はそう言いながら空いている右手で顔を覆った。


「あれ?確かこの前の…大貴だったっけ?とりあえず入りなよ、爺さんもどうぞ」


「ハハハッ、ワシはいいよ。積もる話もあるじゃろ。じゃあの」


そう言うと富田銀治郎(トミタ・ギンジロウ)は咳払いをしながら、来た道を帰って行った。

取り残された大貴は、そろりそろりと帰ろうとしたが、圭史に首根っこを掴まれ、そのまま長屋に引きずり込まれた。


「はい…これ…。」


「何だ、わざわざ届けに来たのか?」


生徒手帳を圭史に手渡すと、圭史は少し驚いたような顔をするとすぐにそれをしまった。


「違う…あの…なんて言うかその…。」


「歯切れの悪い奴だなーはっきりしろ」


「あのなっ!」


正座をしていた大貴は立ち上がると、圭史に向かって言った。


「お前強いんだろ!俺を弟子にしろ!」


「…は?」


大貴はそう言うと顔を赤らめてまた正座した。

圭史は目を丸くしながら大貴を見ていた。

まだ暑い昼の出来事だった。

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