第14話――魔法のチャイナドレス 2

「なるほど。松原くんに変な事をされて、入部を強要されたんじゃないのね。よかったわ、部員が犯罪者にならなくて」

 晋太郎が気を失い、ましろが慌てて止めに入ってようやく陽子の暴走は止まった。

 その後、ましろからじっくり話を聞かされ(もちろん眼鏡戦士の話はぼかしてあるが)、ようやく晋太郎の容疑は晴れたというわけだ。

「それ以前に、オレに対して何か言うことないんですか? 部長」

「ああ、ごめんね。痛かったかな? 大丈夫よね、本気じゃなかったし」

「ひどい扱いだよっ!」

 三人はサブアリーナの端にある椅子に腰掛け、陽子が持ってきていた水筒のお茶を飲んでいた。ましろの入部の意志は最初から固まっていて、陽子が差し出した入部希望届けにすぐに名前を書いてしまった。

「ましろさん、本当に見学もなにもしなくていいの?」

「はい! 私、最初からこのクラブに入るって決めてましたから!」

「何だか怪しいわねぇ……。アンタたち、本当はデキちゃってるんじゃないの?」

 紙コップで熱いほうじ茶を飲んでいた晋太郎が、盛大にむせ返った。ましろが慌ててポケットからハンカチを取り出し、晋太郎の口の周りや服に飛び散ったお茶の滴を拭き取る。

「その反応も怪しいのよねぇ。なんていうか、初々しい恋人同士を見てる気分なんだけど」

「違いますから! 部長の考えてるような、そんな色っぽい関係じゃありませんから!」

 必死に晋太郎が否定すると、ましろは何故かとても悲しい気分になった。

(そっか、松原先輩にとって私は単なる仲間なんだ……)

「ふ~~ん……まあいいわ。とにかく、塚本ましろさん。中国武術研究会はあなたの入部を歓迎します」

「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」

 陽子が右手を差し出すと、ましろはそっとその手を握った。陽子の手は、その凶悪な技からは想像出来ないほど華奢で、柔らかい。

「ところで、部長さんは三年生なんですか?」

 ましろが思い出したように問う。陽子はきょとんとした顔で、自分の上履きのラインの色を指し示した。

「ほら、緑色。ウチは松原くんと同じく二年生よ」

「そうだったんですか。私てっきり三年生の方だとばかり……」

「ん? なんでそう思ったの?」

 ましろの顔に逡巡の色が浮かぶ。果たしてこれを言ってもいいのか、迷ったあげくにましろは思い切って聞くことを選択した。

「その……上下関係がとてもはっきりしているように、見えましたので……」

 一瞬、静寂がサブアリーナを支配した。そして、次の瞬間、陽子の大爆笑でその静けさは破られた。

「あーっはっはっはっはっは! そりゃそうだわ! 確かに上下関係はあるわよ! コイツとウチには、エベレストより高くて超えられない壁があるの。あなたの観察眼と判断力はとても正しいわ」

「『一応』部長だから立ててあげてるんですよ。その辺を勘違いしないでくださいいぃぃぃいたいいいいっ!!」

 またしてもガッチリと腕を極められた晋太郎は、脂汗をたらしながら必死にその関節技から逃げようとしていた。だが、逃げれば逃げるほど技は深く食い込んでいく。

「さっきも言ったわよね? 口は災いの元だって」

「分かりましたっ! 分かったから放してっ!」

 陽子は固めていた晋太郎の腕を解放すると、ましろの方を向いてにっこり微笑んだ。

「これが中国武術の技術の一つ、擒拿ちんなよ。相手を拘束するのにも使えるし、ここから力を発することで関節を破壊することも出来る。中国武術は護身にも最適よ。あなたみたいな可愛い女の子は、身を守る術を身につけておくに越したことはないわ」

 にこやかに解説する陽子の言葉に、ましろはコクコクとしきりに頷いている。

「初心者でも安心していいわ! ウチがみっちり基本から教えてあげる。卒業するまでには、そうね……」

 そこで言葉を句切ると、陽子は痛みで身動きが取れない晋太郎を親指で指して、言い放った。

「そこに伸びてるヘンタイくんに何か変な事されても、一撃で撃退出来るくらいまでには仕上げてあげるわ!」

「だから! 部長はオレをどんな人間だと思ってるんですかッ!!」

 こうして、『眼鏡に選ばれし者』、メガネンジャーの一人である塚本ましろは、中国武術研究会の部員となったわけである。

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