Session02-07 ”策士、策に溺れる”

 中天ちゅうてんかがやく太陽がかたむききをしていき、地の彼方かなたへと沈み始めると、世界は昼とは違う、赤い光で満たされる。そして、太陽が地の彼方へと沈み切ると、夜のとばりが世をおおいい、月と星が優しい光で世を照らす。

 ハルベルトの街も、夕方から夜に変わる境目さかいめ辺りになると、めっきりと人の往来おうらいが少なくなる。

 その通りを、頭陀袋ずだぶくろを担いだ大柄な傭兵然ようへいぜんとした男が歩いていく。頭陀袋を担ぐ姿は、とりわけ珍しい物ではない。馬車や大八車だいはちぐるまと言った、荷物を載せて運ぶ手段がない場合の道具としてはありふれた物だ。

 特に冒険者や傭兵であれば、魔物を倒し、その素材であったり、討伐証明部位を回収する必要があるため、量が多くなれば頭陀袋へ入れて持って帰るのは日常的な話であった。

 大柄な男は、言わずもがなダールである。周囲に視線を向けて警戒をしつつ、歩いていく。路地裏へ入り、人気の少ない方へ進んでいく。暫く歩き続けると、とある店の前に到着した。”小鬼ゴブリン賽子ダイス亭”と、看板には書かれている。ハルベルトの街の中でも柄の悪いやからが集まり、酒と賭博で喧嘩が絶えない店だ。……”表向きは”。ここの店主や店員、そして客のほとんどがブルズアイの配下である。この街の闇の部分はブルズアイが統制をしており、流れ者が来ればすぐに把握され、押し込み強盗などを、ここの柄の悪い奴らに持ちかけようものなら、その計画は即座に筒抜けになり、計画を実行後、現地にて現行犯逮捕となるのである。こういった酒場や人員をブルズアイは治安維持ちあんいじ諜報力ちょうほうりょくの強化のため、辺境伯へ進言し、運用していた。ダールが、ブルズアイに囲うように依頼をしたが、それ以前に彼の手の平の上であったのだ。首謀者にとっては”運が良いことに”、誘拐役についてはこの街に流れてきたばかりの者がさそえたので、後手ごてに回ってしまった。だが、ダールの証言と部下の調査でアイルの突入後、包囲、逮捕する流れを手配済みである。

 ダールが”小鬼の賽子亭”の扉を開けて入る寸前、親指を立てて見せた。そして、扉を押して入っていく。少し後を追いかけていたアイル達も、足音を忍ばせながら、入り口の扉の近くに潜んだ。ピッピが片手を上げて皆の動きを制しながら、ゆっくりと扉を少し押し開ける。普段であれば、柄の悪い男達の喧騒けんそうが鳴り止まないのだろうが、今はダールが歩く音が異様に澄んで響いた。二歩、三歩と進んだ後、ドサッと物を下ろす音が聞こえる。マーリネを入れた頭陀袋を下ろした音だろう。


「さぁ、あんたの依頼の通り、孤児院の修道女をさらってきたぜ。報酬の金貨十枚。渡して貰おうか!」


「……他にいた四人はどうした?」


 ダールが中にいるであろう依頼主に報酬の履行りこうを求めるが、本来依頼した人数ではなく、ダール一人しか居ないことにいぶかしんだようだ。


「……へっ、五人で一人頭金貨二枚ってのも良いが、一人なら十枚。そっちの方が良いだろう? 流れの傭兵だ。剣を抜いての喧嘩沙汰けんかざたで死ぬなんざ日常茶飯事さはんじ……俺のためにおねんねして貰ったさ。」


 ダールのその発言に依頼主は笑い声を上げた。腹を抱えて笑っているような下品な笑い方だった。


「……なるほど、強欲だな。報酬をくれてやろう……おい!」


「て、てめえら!?何のつもりだ!!」


「流れの傭兵のお前に、私の引き立て役の地位をくれてやろうと言うのだよ。このバウエル公爵家の次男、ラークス様のな!!」


 名前を明かすまでは予想はしていなかったが、好機であった。名乗ったのを耳にしたタイミングで、ブルズアイがふところから取り出した玉を地面に叩きつけた。バァン!!と破裂する様な音が響き渡る。それを合図にダールは頭陀袋から出ていたマーリエをすくい上げる様に抱えて、入り口へ全力で走った。それに合わせて酒場の奥の窓や、調理場などから黒装束に身を包んだ者達が現れて、中で剣を抜いている者達へ手にした短弓に矢をつがえて向けて見せる。

 そして、アイルを先頭にルナ、ピッピ、ブルズアイと続き、マーリエ、ダールが店に入ってきた。それを見た、ラークスの取り巻き三人は戦いにならないと、いさぎく剣を投げ捨ててひざまずいた。ラークス当人は、今の状況が信じられず、さっさと跪いた取り巻きに八つ当たりのようにわめき散らしている。


「……どうして、マーリエを攫おうとした?」


 アイルは自身の感情を面に出さないよう、無表情を意識しながらラークスへ問う。アイルの質問に、我が意を得たりと彼の抱えていた考えを洗いざらい口にするように言葉を述べ始めた。


「九の時に私から付き合いを申し出てやったのに、受けられないと断って来た後、豚のように丸々と肥えたという話を聞いてな。ざまぁみろと思っていたが、最近になって見られる姿になったと言うではないか。私ももう十五。婚約者などが居てもおかしくはない歳だ。そして、そこのマーリエは貴族の間での交流が絶えており、そう言った話もないであろう。そんなマーリエが攫われ、それを私が助け出す。さらには昔からおもいを寄せていたと婚約を提案すれば、泣いて喜んでくれるだろうとな。醜聞しゅうぶんがついた娘をめとると言うのだ。辺境伯も新しく家名を名乗らせてもくれようよ!」


 アイルは改めて、自分自身のえんだったのだと思い知った。こいつはアイルとマーリエの縁に踊らされた道化師ピエロなのだと。その点では彼も被害者なのだと。だが……。


「……おい、ラークス。ベルンシュタイン辺境伯の三男を覚えているか。お前と同い年の奴だ。」


 そう声を投げかけながら、一歩一歩近づいていく。


「ベルンシュタインの三男だとぉ?……たしか、鬼人族オーガの混血の……名は確か……。」


 そして、ラークスの目の前でピタリと立ち止まった。


「……アイル!?」


「そうだ。そして、マーリエは俺の嫁だ。その嫁をけなすような発言をしたお前を俺は許さん!」


 その言葉と共に、渾身こんしんの右拳をラークスの左頬へ叩き込んだ。ラークスが覚えていたアイルと、面影おもかげはあるが別人の様な姿に混乱していたのであろう。気が抜けた状態の所に、アイルの拳が炸裂さくれつし、そのままぐるぐると三回転して、倒れ伏した。倒れたラークスの頭に耳を近づけると、意味はなしてないが声と呼吸音が聞こえるので死んではいない。そのアイルの行動に、ルナは「当然!」と言うような表情を浮かべ、ピッピは「あちゃ〜…。」と言いたげに頭を抑えていた。ダールはブルズアイに、大丈夫なのか心配そうな視線を送り、ブルズアイは困ったなと言いたげに頭をいていた。


「アイル!!」


 マーリエが、アイルの名を呼ぶと共に胸に飛び込んだ。アイルは名前を呼ばれた時点で振り返り、飛び込んできたマーリエを優しく抱き止める。


「……我慢できなかった。」


 ただ、それだけをマーリエに伝えた。その言葉だけでアイルが、マーリエを心から心配してくれていた事が分かる。


「……ありがとう。」


 マーリエも、ただそれだけをアイルへ伝えた。そんな二人を気遣うように、ゴホンと咳払いをするブルズアイ。それを聞いたマーリエは頬を赤くしながら、パッと離れる。


「……俺は何も見ていない。こいつが勝手に転んで大石に左頬をぶつけたのは見たがな。……お前らもそうだろう?」


 ブルズアイは、自分の部下、ラークスの取り巻き、ルナ、ピッピ、ダールに向かってそう言った。その言葉に、全員が一度頷く。あくまでも、というのは色々な意味で不味い。ラークスの取り巻きもいるが、この秘密を共有させる事で、お前たちの身の振り方も考えてやると、言下ごんかに含めている。なので、ラークスの取り巻きも一も二もなく頷いたのであった。


「おじょう。この次男坊は辺境伯様に判断を委ねるしかございませんが、取り巻き三人の扱いはいかがしますか?」


 マーリエは、取り巻きの三人を順繰じゅんぐりと見る。歳は、ラークスと同じぐらいか、ちょっと下のように見える。三人共に美形びけいであった。寵童ちょうどうなどと言われたら、なるほどと思えるほどだ。多分、お守役もりやく、付き人として付けられたのであろうと予測できる。


「……あなた方、女性ですね?」


 マーリエは三人に問いただした。確かに、美少年と言えるような美貌びぼうではあったが、よくよく見ると、女性らしい身体つきをしており、美少年ではなく、少女と言った方が正しいであろう。そのマーリエの問いに、彼女らは頷くことで答えた。


「あなた達と、ラークスとの関係を教えてくれるかしら?」


 マーリエに問われるままに、三人は順番に経緯を話していった。長男とずうっと比べられており、鬱屈うっくつしていたこと。寄子よりこの子爵家の子女しじょとの婚約話が出たこと。同じくらいの時期にマーリエの噂がラークスの耳に入ったこと。今回の狂言誘拐きょうげんゆうかいを思いつき、付き人に手配をさせようとしたこと。お付きの年長の騎士や執事はいさめたが癇癪かんしゃくを起こし、三人のみを連れてハルベルトへ向かったこと。三人は下級の騎士や、使用人の子女のため、断る事ができなかったこと。その身分のこともあり、性行為などは求められなかったこと。ポツリポツリと口にしていったのだった。彼女達三人は、ラークスと同い年でもあり、お手付き要員としてそう言った話も聞かされていたそうだ。


「……わかりました。三人が首謀者ラークスの指示を断ることができない立場であったこと、最後の最後に潔く降伏をしたこと、経緯を包み隠さず話したことをかんがみ、罪を減じます。改めて、”マーリエ・オズワルド・フォン・レンネンカンプ”の名において、三人を近侍きんじとして取り立てます。ご実家には父を介して働きかけます。忠誠を誓ってくれますか?」


「私、ルーはマーリエ様に変わらぬ忠誠を誓います!」


「僕、ターニャはマーリエ様の為に犬馬けんばろういといません!」


「俺、ケイはマーリエ様の剣と、盾となってお守り致します!」


 三人が自身の名を名乗りながら、マーリエに誓いの言葉を捧げる。それを聞き、頷いたマーリエは、ダールを手招きする。そして、三人にダールが上官となることを告げた。


「彼の名はダール。私が騎士としてかかえました。あなた方の上官になります。ダール。貴方は上官として彼女達に戦う技術を教授するように。貴方はこれから、もっと部下が増えることになります。まずはこのルー、ターニャ、ケイにしっかりと教えなさい。」


「ハッ!……しかしながらマーリエ様、俺の技術となると流派とかそう言ったものじゃない戦場いくさばおぼえの内容になりますが良いのですか?」


「騎士として、正々堂々として挑んで死んだら意味がありません。ルナ殿なら理解頂けると思いますが、どんな手を使ってでも勝つか、せめて生き延びなければ意味がないのです。死ねば全て終わりです。……彼女達が戦わなくてはならなくなった時に、生きて帰れるようにしてください。」


 その言葉に、ダールは心を強く打たれた。名誉や名声ではない。人材が一番大事であることを示してくれたのだ。改めて、胸に手を押し当てて敬礼する。


「……ああ、それと、ダールは三人から礼儀作法を教わるように。貴方は私の騎士として重要な立場になります。そう言った時に礼儀がなってなければ侮られますからね。……三人も、礼儀作法については教官として、手は抜かない様に。」


「「「はい!!」」」


 その返事と、満面の笑みを見て、ダールはてんあおいだ。この歳でまったく知らないものを、縁などないと思っていたものを学ぶことになるとは。


「……お手柔らかにお願いしやす。」


 そう言って、溜息ためいきくことしかできなかった。

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