Session02-03 バーバラの人気

 バーバラとフィーリィは、屋敷のある騎士団曲輪きしだんくるわを出た後、一の曲輪の商店が集まった区画へ向かった。様々な種族の人々が行き交い、並んだ店の店員が少しでも客を入れようと声を上げる。喧騒の絶えない区域の一角に、フォルミタージ工房ハルベルト支店は店を構えていた。ガラスで作られたショーウィンドウなどもあり、そこには鋼で作られた武具や、希少価値の高い精霊銀ミスリルで作られた武具等が並んでいる。そんな高額な品を狙う不埒な輩に対する備えとして、鉱人族ドワーフの衛兵が二人、入り口の傍で斧槍を立てて警戒をしていた。その衛兵二人が、近づいてくる鉱人族と暗森人族ダークエルフの女性二人を、仕事の一環としてジロリと見る。そして、驚愕の表情を浮かべることとなった。


「お、おい!あれ、お、お嬢だよな!?」


「ああ!見間違えるはずがねえ!お嬢が居た事を中に知らせてくる!お前はここを頼む!」


 片方の衛兵が取り乱したように店の中へ駆け込んで行く。すると、中で怒号のような声が響き渡り、大忙しな様子が傍からでも見て取れるような事態となった。バーバラとフィーリィは、その慌てぶりを見て、顔を見合わせる。


「……バーバラ、あなた、許可を得たと言いましたよね。これ、どう考えてもそんな話で済んでいないように感じるのですが。」


「……我も心配になってきたぞ。……まぁ兄上がおるじゃろうから、話せばわかるじゃろう……。分かると思いたいのぉ……。」


 二人は溜息を吐きつつ、支店の中に入ろうとする。残った衛兵は斧槍を掲げたまま、敬礼をし、「お帰りなさいませ!お嬢!」とニカリと笑みを浮かべた。それを見たバーバラは、「ご苦労!」と答礼と共に笑顔をニカッと浮かべる。そして、店の中に入っていた。中に入った後、外から「よっしゃーーーー!お嬢から微笑んでもらえたぞ!!」という声が聞こえたが、二人して聞かなかったことにした。


「バーバラ様、お帰りなさいませ。この度はいかがされたのでしょうか? 半年も音信不通な上に、ハルベルトまで来ていらっしゃるとは。」


 店員が全員並んだ状態で、バーバラへ対して「おかえりなさいませ!」と挨拶をする。これだけでも、バーバラの地位が凄いものだと言うことがわかる。代表として、副支店長がバーバラに対して疑問を投げかけた。この質問で、バーバラは自分と父の認識が違う事がすぐに理解できた。


「忍びの旅でな。ハルベルトに支店があるということじゃったから、抜き打ちで確認しに来たのじゃ。……皆、工房の代表として恥ずかしくない技術を身に着けておるのがわかるぞ。父に代わって、今後も宜しく頼む。」


 そのバーバラの一言で、皆が再度頭を下げた上で涙をこらえていた。工房に仕えている身である以上、その仕事を褒められ、頼まれれば、感激するものだ。彼らはバーバラの言葉に感激していた。


「すまんが、兄上に目通しを願いたいのじゃが……誰か確認をしてくれんかの?」


「只今であれば、支店長も予定が空いておりますので、お時間を割くことも可能でしょう。私がご案内いたします。」


 副支店長が、店員全員に改めて通常の業務へ戻るよう指示した後、二人を案内するために先導する。このフォルミタージ工房ハルベルト支店は、三階建ての建物になっている。一階は鍛冶場を設置し、数打ち品を中心に並べている。二階は一品物を中心とした高額品で纏め、差別化を図っている。三階は応接スペースと、従業員のスペースになっていた。

 副支店長は従業員スペースの奥にある支店長室の前まで二人を案内し、コンコンとノックをし、「バーバラお嬢様とお連れ様をご案内いたしました。」と中へ聞こえるように口にした。扉越しに、「ご案内するように。」と声が聞こえ、副支店長が中へ招き入れる。


「……おお、本当に我が麗しの妹御ではないか。少し疑ってしまったよ。」


「ああ、ゴルドにい。赴任後、年次報告の時以来じゃから、ざっとかれこれ一年と半年ぶりかの。元気そうでなによりじゃ!」


 ゴルドと呼ばれた鉱人族の青年は、親愛の証にとバーバラとしっかりとハグをする。バーバラもそれに応えるように力強く抱きしめた。


「うむ、うむ。親父殿が、バーバラがいなくなった!!と回覧状を回してきた時は驚いたが、無事で何よりだ。……で、そちらの暗森人族の女性の紹介と、ここ暫くの動きを教えてくれないか?」


「勿論じゃ。ちーっとばっかし込み入った話になるが……。」


 ゴルドが応接用の長椅子を二人に勧め、その向かいにゴルド自身も座った。副支店長へ三人分の茶を頼むと、さぁはじめてくれと促した。

 バーバラは、出された茶で喉を潤しながら、少しずつ話していく。まずは隣にいるフィーリィを紹介し、今までのことをなぞるように話していく。父と殴り合いの大喧嘩をした上で、許可を得て冒険者となるべく旅に出たこと。そして、今の一党に出会ったこと。初めての依頼のこと。仲間の目的のために徒党を作り、チョトー周辺の解放をしようとしていること。そして、その仲間のハーレムの一員に、一緒にいるフィーリィを含む仲間達でなったこと。

 ゴルドはバーバラの話を、うんうんと頷きながら聞いていたが、ハーレムの話になったところで驚きのあまりに咽てしまった。二度、三度と深呼吸をし直して、態勢を整える。そして、バーバラへ改めて向き直った。その瞳は興味津々という言葉を正しく表すものであった。


「……いやぁ、あのお転婆なバーバラが、ハーレムの一員にねぇ……。昔は、僕のお嫁さんになると常々言ってくれてたのになぁ。」


「ゴ、ゴルド兄!そ、それは子どもの頃の話じゃろ!?……フィーリィの前でそんなこと言わんでも良いじゃろうに……。」


「すまん、すまん。で、だ。そのお仲間……アイルくん……さんの方が良いかな?アイルさんは、あなたから見てどうかな?フィーリィさん。」


 ゴルドが急に話をフィーリィへ振った。自身が知っている者以外の視点からの評価を欲したのだ。フィーリィもそう言った交渉事は慣れているため、驚かなかったが内心ではなかなかにできる人だと言う判断をゴルドへ下した。血縁者が上長にいる場合、大きくわけて二つの理由が考えられる。箔をつけるためのお飾りか、有能故に任されたか。ゴルドは後者であると判断できる。そのため、あくまでも私見であることを断った上で伝えた。


「アイルは、実直ですね。ハーレムを作ると決めたら、誰かに偏らないように意識し、皆を愛そうと努力しています。勿論、本来の目的である幼なじみが来たとしても、そうであろうと信じることができます。また、彼女は”騎士”……というよりも、”誠実なる者”として振る舞おうとしています。彼女自身が気に入った女性を引き込むことは考えられなくとも、彼女に縁があり、彼女が原因となる場合、ハーレムへ引き入れようとする……それは考えられます。そう言った人なので、人の上に立てる存在だと思います……っつ!」


 フィーリィがアイルの人物評を言い終えた辺りで、二人の首筋に痛みが走った。互いに悲鳴を上げた事で、お互いの首筋へ視線を向ける。そこにあったのは首座神しゅざしんの印であった。


「……それは、首座神の印じゃないか。急に現れたが……?」


「ゴルド兄、我が主殿は凄い人物やも知れんぞ。」


「……まさかとは思いましたが、多分、首座神の加護ですね。”神々に加護を授かった者は一瞬の痛みと共に、授けた神の印が焼印の様に現れる”と、私の森の長老が話していた事です。恐れ多くも、私達の主になるアイルが、首座神様より加護を受けたのでしょう。」


 その言葉にゴルドは唾を飲み込み、額の汗を拭った。様々な神の加護を受けた者の話は冒険譚とかで聞いた事がある。ただ、首座神の加護の話はとんと聞いた事がない。噂話のたぐいだが、悪魔の王の迷宮の旗頭になった王子が持っていたとかいう話を聞いたことがある。この時、ゴルドの頭に過ぎった言葉は、以前、バーバラが下した”奇貨居くべし”という言葉だった。


「バーバラ、フィーリィ殿。僕は支店を任せられている以上、無条件で力になることはできない。それはわかるね?」


 二人は、ゴルドの目を見ながら頷いた。”加護が出た”それだけで肩入れするのは商人としては三流以下だ。商人である以上、利益を上げねばならない。慈善事業ではないのだ。百を出したのならば、百と十……いや、百と五でも構わない。最終的に取り戻せる。その判断が下せない限りは出してはならないのだ。身代を維持し、広げる。商人の使命である。


「君たちは”まだ”石だ。……半年。半年で”銅”になれるなら、僕は支店長としても、個人としても君たちに……自分の生命を担保にしてでも力を貸そう。”この髭にかけて”。」


 ”この髭にかけて”……この言葉は鉱人族の男性が誓いを立てる上で一番重い誓いである。鉱人族の男は髭が生えて一人前であり、その髭に誇りを持っている。それを失うということは”嘘つきである”、”信頼に値しない者”と周りに知らしめる事になる。……この風習の例外として、”雪辱を果たす者”という髪型がある。髪を逆立て、中央に寄せる。そして、中央の髪以外を全部剃り上げるのだ。この独特な髪型をした鉱人族は、失った原因となるものに挑み、見事果たしたと判断された場合、髭を生やす事を許されるのだ。


「……相わかった。半年じゃな。ゴルド兄の期待を裏切らんよ。……あと、別件でいくつか相談があるのじゃが……。」


「勿論、可能な内容なら相談に乗るさ。で、どんなのだい?」


「徒党を組んだ後、屋敷を借りた話をしたじゃろ? その屋敷の維持の為に、人を手配したいんじゃ。すまぬが、紹介をして貰えぬか?」


「成程……あの屋敷だね。確かに、最低でも五人は居ないと厳しいだろうね。衛兵と、メイドと、料理人なら手配できるね。それは僕から手を回そう。……ああ、後はこれを渡しておく。」


 ゴルドは思い出したかの様に、長椅子から腰を上げると、自身の仕事机の引き出しから、革袋を取り出して、机の上に置いた。金属のぶつかる音の大きさからして、貨幣が入っていることがわかる。


「金貨で三十枚入っている。”銅”に上がるまでの間の雇用人と屋敷の維持費用として”預ける”。使ってくれ。」


「……ゴルド兄、流石に金貨をそんなに貰うのは……。」


「いえ、バーバラ。その金貨は”預かりましょう”。半年で銅になり、それ以上の利益をゴルド殿に示せば良いのです。」


 冒険者になるために、そして、冒険者となった事で、金貨の価値を改めて知ったバーバラはその量に流石に尻込みをしているようだった。しかし、フィーリィはそれを留め、”預かる”様に勧めた。それを聞いたゴルドはフィーリィに向かって拍手をする。解答として、十分な内容だったからだ。


「契約は成立で良いかな?”暗森人族”殿。」


「反対すべき事はありませんね。」


「……ゴルド兄。絶対に成果を上げてみせようぞ!」


 バーバラのその言葉に、ゴルドは過去の面影を重ねるのであった。

 時は流れる。人は育つ。ゴルドはその言葉を噛みしめ、茶を口にした。

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