Session01-6 塒にて

戦闘シーン

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「ルナの作戦で行くぞ。フィーリィが右、ピッピが左の奴を狙ってくれ。アイルは”誘眠雲”の準備。”誘眠雲”で寝なかった場合、すぐに撃て。」


 バーバラの指示に皆が頷く。

 まずは全員が背負っていた袋などを下ろし纏める。敵のねぐらに乗り込むのであれば、できる限り、身軽になったほうが良い。

 ピッピは握っていたショートソードを鞘に納め、バッグに括り付けていたスリングロッドと、投石用に少し形を整えた石を入れた袋を取り出した。袋を腰に括り付け、石を取り出して構える。

 フィーリィは改めて弓を構え、矢をつがえる。おおよその見当をつけた後、つがえるのを止めた。

 ルナは荷物を下ろした後、自身が羽織っている外套の留め金を外し、外套の下が見えるようにする。小ぶりな胸と、鼠径部を守るように覆われた鎧が見えるようになった。

 その後、アイルから預かったロングソードを鞘から抜き、両手で構える。

 バーバラもメイスを再度握り直し、盾を構えて待機した。

 それを見たアイルは詠唱を開始する。


『眠りよ、雲となりて、かの者たちの元へ招き来たれよ!』


 秘術語と言われる言語で言葉を連ねる。

 自身が使いたい魔法の効果を示す単語を連ねる事で魔法は力を解き放つ。

 秘術魔法はもたらす効果を明確に想像する程、力を増す。

 明確に想像ができるのであれば、詠唱なしでも発動することは可能である。

 しかし、戦闘中に心を落ち着け、詠唱をしっかりと行って魔法を発動させるのは正直、至難の業である。

 そのため、”戦術詠唱”と呼ばれる技術を学び、実践できるかで真価を問われることになる。

 ”戦術詠唱”は、効果+方法+形の三つの単語を唱えることで想像を補助する技術だ。

 ”誘眠雲”で例えるならば、『眠り、招来、雲!』ということになる。

 今は、相手に気づかれてない状態からの発動のため、より想像がしやすくなる通常詠唱を行ったのだ。

 アイルが唱えた秘術語と共に彼女の中にある魔力と、目標である盗賊どもの周囲にある魔力が反応し、不可視の雲が作られる。

 盗賊たちがふらりふらりと膝から崩れ落ちる。片方は山肌に背を預けるように倒れ、もう片方は膝をついた後、前のめりに倒れこんだ。

 それを見たピッピは、スリングスタッフに石を番えたまま、音を立てないように注意しながら倒れた盗賊どもへ向かって駆け寄っていく。

 番えている石を外して袋へ入れると共に、空いた手でショートソードを抜いた。

 まず、前のめりに倒れている相手の口を覆いながら、頭を上向きに軽く持ち上げて喉を掻き切った。前のめりに倒れていた方はビクンビクンと二度、三度大きい痙攣をしたかと思うとクタッと動きを止めた。背を預けるように倒れた方は、ゆっくりと横に倒し、うつ伏せになるように寝かせた後、同じ様に口を抑えながら喉元を掻き切った。


「……さぁて、初手は成功ってところだねぇ。」


 ピッピはそう呟くと、裂け目の中を覗き込みながら、皆を手招きした。それに従い、皆が近くまで来る。

 裂け目を覗いて見ると、幅は二人並んで通れはしないが、一人なら武器の取り回しに問題はないくらいの広さであった。所々に松明が灯されており、アイルやピッピといった暗視持ちではない者たちでも十分に視界は確保できそうだった。


「……中で酒盛りをしているみたいですね。」


 フィーリィが笹穂の如き耳を澄ましながら口にした。

 その言葉にバーバラがピッピに顔を向ける。目を閉じながら耳を澄ました後、ピッピも頷いた。


「アイル、まだ秘術は使えるか?」


「もう二回ならいける。」


 バーバラの言葉に、アイルは相手の目を見ながら答えた。正確に魔力の残量を把握することは魔法使いの基本である。

 故に、アイルはあと二回、攻撃魔法や、弱体魔法を行使することができることを伝えた。


「ボクは奇跡を三回使えます。」


「私は二回ですね。」


 アイルの言葉に続いて、ルナとフィーリィも伝えた。

 それを聞いて、バーバラはうむっと口にし、瞳を閉じた。少し、考え込んだ後、口を開いた。


「我が先陣を切る。アイルは前に出ながら必要であれば攻撃か弱体魔法を。フィーリィは後ろから援護をしながら必要であれば魔法を頼む。ルナは我とアイルの補佐じゃ。ピッピは好きにやれぃ!」


 その言葉に、アイルは力強く、ルナはしかりと、フィーリィはふわりと、ピッピはニヒヒと笑みを浮かべながら頷いた。

 それを見たバーバラは、メイスを握り直すと警戒をしながら裂け目の中へ歩みを進める。アイルは左手に長傘を手にし続き、ルナはロングソードの柄を両手で握り直して、続く。フィーリィは矢を番え、いつでも射れるようにし、ピッピは再度スリングロッドを握り、石を番えた。

 裂け目の中は一本道で、暫く進むと開けた場所が見えてくる。近づくほどに、酒盛りをしているのか声が大きくなってきた。

 声を上げずに、バーバラが突入する。それに続き、アイルは左に、ルナは右に広がる。

 正面に盗賊団の頭と思われる者がいて、左右に二人ずつ人がいた。誰もが腰を下ろし、盃を持っている。頭は反応できたらしく、立ち上がりながら腰に下げた剣を抜き放った。


「てめぇらなにもんだ!?」


 威勢よく叫んだまでは良かったが、他の面子は反応できなかった。

 慌てて立ち上がろうとするが、アイル達の行動の方が早い。


「破!!」

「な、なにも……げふぅ!?」


 アイルが気合と共に長傘を手前に居た盗賊へ突き出す。入口側へ向き直ろうとしていた盗賊は慌てて立ち上がるが、それよりも早く喉元へ長傘の一撃が突き込まれる。

 気道を強烈に圧迫され、盗賊はのたうち回った。それを横目に見ながら、奥の相手に正対するように向き直す。


「こ、こいつら!……うがっ!?」


 もう一人が流石に立ち上がりつつ、得物であるショートソードを抜き放ち、アイルに向かって剣先を突きつける。

 その時、ヒュンという音と共に盗賊の右肩に矢が突き刺さった。

 矢が刺さった衝撃と痛みで、剣をポロリと落とす。


「この場で死にたくなければ武器を捨て、降伏しなさい。怪しい動きをした時点で射ます。」


 フィーリィが後ろから援護の矢を射ったのだ。そして、既に次の矢を番え済みでいつでも追討ちをかけられる態勢にあった。それをみた盗賊は頭に手をやり、膝をついた。

 盗賊が捕まれば、縛り首か、犯罪奴隷として鉱山などでの強制労働のどちらかが末路である。だが、今ここで死ぬわけではない。抵抗すれば、この場で死ぬ。ならば、少しでも後回しに、あわよくば死なずに済むために降伏を選んだのだ。


「はあああああ!」


 アイルが突きかかると同じタイミングで、ルナが気合と共に手前の盗賊へ斬りかかった。

 ”鷹の構え”という上段に振りかぶった状態から、手前の盗賊の左肩から右脇へ袈裟懸けに斬りつける。

 普通であれば、革鎧に肉と骨があり遮られることがほとんどだ。

 しかし、アイルから預かった剣は遮られずに振り切った勢いを残したまま切り抜けた。

 恐ろしい切れ味である。それを実感したルナは、センスによるものなのか、そのままぐるりと体ごと回りながら、奥にいた盗賊の喉元へ向かって横から斬りつけた。

 風を斬る音が鳴り響き、ルナは振り抜いた姿勢で剣を止めた。

 剣風は走ったが、斬りつけられた衝撃などはなく、ルナが攻撃しそこねたと判断した盗賊は、無防備な脇を見せているルナに斬りかかろうと剣を振り上げた。


「ははははは、隙きあ……ピゥーーーーー」


 盗賊は哄笑しながら斬りかかろうとしたのだろうが、途中から笛の様な、空気が漏れる音に変わった。

 すると、盗賊の首が後ろに倒れた。先程の一振りで、首を完全に刎ねることはできてはいなかったが、首の骨まで断ち切っていたのだろう。皮までは斬れていなかったようで、頭が後ろに倒れた重みで身体が引きずられて倒れた。


「……いやぁ、あたしの出番はなさそうだなぁ。」


 ルナの立ち回りを見て、ピッピはそう呟いた。だが、番えた石は外さず、そのまま長の方へ向けた。そちらでは、バーバラが長と、丁々発止の攻防を繰り広げており、それを援護するためであった。

 バーバラは、長の実力を侮らず、自分の役割を足止めと割り切っていた。繰り出されてきた剣を盾で受け止め、流し、メイスで反撃する。相手も革鎧を着込んでいるとは言え、メイスは衝撃を与えることが目的の武器である。当たれば、ただではすまない。

 そのため、全力で斬りつけることを選択できないでいた。

 仲間も、戦力外。助けが来ることはない。どうすればいいか。盗賊の頭は考えがまとまらない。


「……降伏せよ!降伏すれば、近くの詰め所へ突き出すまで、殺しはせぬ!」


 バーバラは、そう大きな声を上げた。

 その言葉に、頭は再度周囲を見回す。二人は戦死、二人は戦闘不能。外に二人居たはずだが、こいつらがここに居るということは、死んだか、戦闘不能になっているか。

 手前の鉱人族を圧倒することもできない。このまま戦っても勝つ見込みなどない。

 頭は、ふっと剣を握っている手を開き、剣を落とした。そして、頭に手を持っていき、ただ一言。


「降伏する。」


 と、口にした。


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構えの元ネタは映画「キングダム・オブ・ヘブン」です。

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