第8話

「ただいまー」

「おかえりー素麺出来てるわよー」


 母さんがいつもの声で出迎えてくれた。俺はそれに少し安心する。

 そこで俺は思いつく。母さん達と一緒にいればあの声は聞こえないんじゃないかと。あの声が聞こえる時はいつも俺が1人でいる時に限る、だから母と一緒にいれば聞こえないんじゃないかって。


「母さん」

「何?」


 素麺を咥えながら彼女は俺に振り向く。


「今日は何処にも行かないで、一緒にいて」


 俺は母に近づきお願いする。


「へ?何で?どしたの?」

「なんでも。今日は一緒に居たい」

「突然そんなこと言われてもな・・・」

「お願い」


 俺は必死でお願いする。母はこちらに帰って来てから毎日のように友達と飲みに行っている。久しぶりに帰ってきて友達と遊びたいのも分かるけど一番頼れるのも母なのだ。だから今日は一緒に居て欲しい。

 母は素麺の入ったお椀を机の上に置いた。


「うーん。大地がそこまで言うなら・・・ちょっと電話で聞いてみるね」

「ありがと」


 俺は頷いた。声が聞こえて欲しくないからそれだけの理由で遊びの邪魔をするのは心苦しい物があるが俺はもうあの声をどうしても聞きたくなかった。もし必要があるのなら母の飲み会にもついていく気があった。

 本当はじいちゃん達を頼るのがいいんだろうけど、それでも一番安心できるのは母だ。

 母はどこかから出した黄色く分厚い本を見ながら黒い電話を回し始めた。そしてどこかに繋がったのか話し始める。


「あ、もしもし。早紀ですけど、今日のことで少し相談していいですか?・・・はい。ちょっと息子が体調が悪そうで、はい、ちょっと本人も寂しがっているので今日は・・・。はい。ありがとうございます。はい。それでは失礼します」


 母が受話器を置いてこちらを向く。


「大丈夫だって。今日は一緒にいられるわよ。お風呂も一緒に入る?なーんて」

「うん。一緒に入る」

「・・・」


 母が無言で俺の額に手を当てる。


「熱はないわね・・・」

「どうして?」

「だって大地いつもはもう1人で入れるんだーって一緒に入るの嫌がるじゃない」

「うん。でも今日は一緒に居たい」

「・・・」


 母が黙るが顔はにやけている。そして無言で抱きしめて来る。


「大地いつからそんなに可愛くなったの?最近はやたら離れたがるから寂しかったのに」

「ちょっと・・・」


 声が聞こえるってことを言おうか迷った。でも母さんにこれ以上心配を掛けるのもどうなんだろうと思ってしまう。友達との遊びを邪魔しておいて今更だとは思うけれど、それでも。

 俺が黙っていると母が優しく頭を撫でてくれる。


「いいのよ。言いたくないことなら。でももしどうしてもダメだと思ったのなら私にちゃんと言いなさい。いいわね?」

「うん」

「よし、じゃあ素麺食べよっか」

「うん!」


 俺は母の隣に座り素麺を啜り始めた。いつものシソが入っていないのかつるつると入ってくる。


「そう言えばじいちゃん達は?」

「ああ、シソがきれたからって一緒に買いに行ったわよ。あの二人も仲がいいからね」

「確かにいつも一緒にいるもんね」

「でしょう?」


 俺達がそんな会話をしていると噂の二人が帰ってきた。


「帰ったぞー」

「ただいま戻りました」

「「おかえりなさーい」」


 俺と母の声がハモる。それに俺は母の顔を見て笑いかけると母も同じようにこちらを見ていた。


「先食べちゃってるよー」

「おーいいぞいいぞ。本土だとシソを入れねぇなんて初めて知ったぜ」

「そうですねぇ。これがないと素麺は始まらないと思っていましたが・・・」


 じいちゃん達はそんなことを言いながら入ってきて一緒に食べた。


 それからは4人で居間にずっと一緒にいた。3人はテレビを見ながら取り留めもない話をしていて、俺はずっと宿題とにらめっこを繰り広げていた。

 そんな時母がトイレと言って部屋を出る。これ幸いとじいちゃん達に聞きたかったことを聞いてみた。


「そういえばさ」

「ん?」「?」

「今日は神社に行ってきたんだけど、あの建物の中に井戸みたいなのがあったんだけどあれって何?」

「「・・・」」


 いつもは軽く直ぐに答えを返してくれる返事がない。どうやって答えるか二人そろって考えているようだ。

 遂に答えは出たのかじいちゃんが口を開く。


「あれは井戸じゃねぇ。がそれ以上は今の大地が知る必要はない。知っても何のことだか分からんことだろうからな」

「えーそんな」


 不満げな顔をするとじいちゃんは仕方ないなと頭を掻くと俺に近くに寄れと手招きをしてきた。


「あそこはな。スイノコ様のお家なんだ。だからあそこの近くで騒いだりしちゃいけねぇぞ。これは本来おおぴらに言うことじゃねぇからな。いうんじゃねぇぞ」

「うん、分かった。あそこにいたんだね。今日一杯お願いしてきたんだよ」


 そう言うとじいちゃんは離れいつもの優しい笑顔を向けてくれる。


「そーかそーか。スイノコ様は優しいからな。きっと聞いてくれるさ」

「ホントに?良かった。最近ちょっと変な感じがしてたから」

「スイノコ様に祈れば大丈夫だからな。心配するな」


 じいちゃん達が言っているんだからきっとそうなんだろう。俺はこの時そう思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る