第8話 プッシャー

 モイラは頼りない足取りで人混みをかき分けて、フロア後方へ移動した。ムネチカもあとを追う。

 アルバイトの経験すらないムネチカにとって、ドラッグをさばくことなど、想像もつかない。

 二人が壁際で佇んでいると、すぐに女がやってきた。

 メッシュのブロンドに、ボディラインがくっきりと映えるキャミソールとパンツを履いている。

「アシッドある?」

 女が訊いた。

「十ポンド」けだるそうだが、明るい口調でモイラは答えた。

 女は札をモイラに手渡し、代わりに切手サイズの小さな紙をうけとると、人混みへと消えていった。

 その後も数分おきに、エクスタシーは?ケタミンは?と、さまざまな連中がやって来ては、欲しいブツを得て去っていく。

 ムネチカはウェストポーチを。モイラが値段の交渉を担った。

 どうやらモイラは相手を見て値段を上げ下げしているようだった。

 手慣れている。

 モイラから渡された金をウェストポーチに突っ込みながらムネチカは、ふと尋ねてみたくなった。

「これが本業?」

 モイラは壁に投影されているVJ映像に見入ったまま黙り込んでいる。まるでこちらの問いなど聞こえていないかのように。

 しばらくして、ムネチカのほうへ視線を移すと、しぐさで近くに来てと言った。

 ムネチカは聞き逃すまいと、モイラの肩に寄りそった。

「あたしの本業は売り。男娼」

(ダンショウ……)

 ムネチカはその言葉を頭の中で繰り返した。

 なぜか急にモイラがとても遠くにいるような気がして、たしかめるように横顔を見た。

 しかし、先ほどのキスの感触がよみがえり、また視線を逸らした。

 二人の間に空白の時間が流れた。

 ムネチカは思い切って切り出した。

「身体を売ってまで、お金が必要なの?」言った瞬間、失言だったと後悔した。

「あたしには必要なの」モイラは平然と、フロアで踊る人たちを見ている。

「モイラはさ、男として接してもらいたいの?女として接してもらいたいの?」

 モイラはうんざりしたように首を横にふった。

「その質問、マジで聞き飽きてんの。ていうか、キミ、おとなしそうな顔してけっこうズケズケ訊くんだね」

「ごめん」

 モイラは大きく息を吐くと、その場にしゃがみ込んだ。

「あたし、生まれてこのかた、ずっと迷ってるんだ。見た目がこんなだっていうのもあるけど。自分のアタマの中がわからない。おちんちんもいらないし、おっぱいもいらないの。ほんとうに何にもいらないの。ごめんね、わけわかんないよね」

(それってなんていうんだっけ)

 中性?

 無性?

 恋愛対象は?

 質問が次から次へと湧いてきたが、ムネチカは口を閉ざした。

 こんなに綺麗なのに。

 なんて悩み深い人なのだろう。

 ムネチカは、モイラを哀れに思ってしまった。

 そして、そんな自分が嫌だった。

     

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