第2話 旅の始まり

「あたしモイラ。よろしくね」長い睫毛の下から鳶色の瞳が微笑んだ。

メガネの青年は「おれ、バズ」と、ズボンを履き直しながら、トロンとした目で答えた。

 二人ともなんとなくろれつが回っていない。

 ムネチカは正座のまま、少し間を置いてから「お二人はそういう関係なんですか」と訊きづらそうに尋ねた。

「そういう関係って?」モイラが小首を傾げる。

「その、つまり、恋人同士なんですか」

「いやぁ、あれはノリっていうか、ね?」少しバツが悪そうに、モイラはダハハと笑いながらバズのほうへ顔を向けた。

「簡潔にいうとだな。ズボンをおろしてきたのはこいつの習性で、ケツが出ていたのはおれが下着を履かない主義だからだ」バズは迷惑そうに応えた。

「はあ」ムネチカはいまいち腑に落ちない表情をしている。

「だいいち、おれはチンチンついてる奴とは恋に落ちない」

「へ?」

「ちょっと、それしつれーすぎだから。あたしもアンタなんかお断りだし」モイラがバズの頬をグイとつねった。

戸惑うムネチカを前に、

「あたしね、よくわかんないんだわ。性別とかそういうの」と、モイラがへラリと言った。

「昨今、流行りのジェンダーレス男子ってやつだよ」

 バズがいうなり、モイラが再び頬をつねる。

「あたしは流行りでやってんじゃないの。頭ん中が生まれつきそうなってたの」

 ムネチカは、モイラの足元から顔までをじっと観察した。

 オリーブ色の袖なしトップスから、すらりとした脚が伸びている。クリームブラウンの髪は耳にかけられていて、女の子のように長い。

 メイクはしていないようだけれど、

「どう見ても女の子に見える」思わず心の声が口をついて出てしまった。

 ふふっと笑うと「ま、どっちでもいいからあたしは」そういって、モイラは床に敷いたマットレスにゴロンと転がった。

「お前の部屋は廊下の突き当たりだから。家賃は毎週末に現金払いな」というなりバズもモイラのとなりに横たわった。

「あの、ぼくの部屋の鍵は」

 ムネチカの問いに、バズはそんなものはないといった仕草で手を振った。

(大丈夫かなこのフラット)

 ムネチカはそっと扉を閉め、自分の部屋へと向かった。


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