ルーチンから醒めたモブキャラは異世界に転移した勇者と旅に出る

安岐ルオウ

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 あれ、なんでここにいるんだろう。

 たった今まで、何をしていたんだろう。

 覚えていないわけじゃない。

 でも、突然、目が覚めたような気がする。


 今していたことは、そう、薪割りだ。

 かまどにくべる薪を用意していた。

 ずっと毎日繰り返してきた、いつもの仕事だ。

 ここは自分の家の庭。

 見上げると、ちぎれ雲が空にぽつぽつ浮かんでいる。

 どこかでヒバリが鳴いている。

 遠くに見なれた村のレンガの家並みが見える。

 真ん中に教会の塔がそびえている。


 でも、なにかがおかしい。

 何を考えて生きてきたんだろう。

 どういうわけでここに住んでいるんだろう。

 もやがかかったようにぼんやりとしていて、何も浮かんでこない。

 いつの間にか、考えもないままに、ずっとこの暮らしを続けてきた気がする。


 斧をその場に置いて、木の扉を開き、裏口から家に入る。

 毎日暮らしている部屋だ。

 土間の窯、積み上げた食器、奥の方にある汚れた戸棚、木組みの枠に薄い布団をかぶせただけの寝床、古びた茶色のカーテン、鎧戸を半分あげたままの窓……。

 そういえば、いつからここに住んでいるんだろう。

 生まれたときからか、どこかから移り住んできたのか……。

 おかしい。今の暮らしの前のことは、ぽっかりと抜け落ちている。


 どこか遠くで大きな声がする。大勢の歓声だ。

 顔をのぞかせると、たくさんの人々が村に向かって走っていく。

 庭の向こう側の野原を大急ぎで駆けていくやせた男を呼び止めた。

「おおい、なにがあった」

 男は街並みの方へ走りながら、声だけ返してきた。

「勇者様だ、魔将をやっつけてくれたんだ」

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