第5話 仲間

 数日後。小夜は、斎藤に呼び出された。

「あんたは幹部の小姓でもあるんだろう」

「そうですけど」

「俺はこれから町に出る。ついて来い」

 そして今、小夜は斎藤と京の町を歩いている。巡察の順路以外の通りが珍しくてきょろきょろと周りを見回していた。

「あまりふらふらするな。見失ったら面倒だ」

「……」

 小夜は不満そうな顔をしたが言い返しもせず肩を竦めた。それから二人とも何も話さず、ただ黙々と歩く。

(こいつ、無意識なのか)

 小夜が歩いているのは斎藤の右側、少し後ろ。つまり左利きの人間が相手を抜き打ちに斬れる場所だ。

 しかし殺気は感じない。何も考えずに選んだのがこの位置なのだろう。

(染み付いた習性と言うやつか)

 だが、京の町並みに向けた眼差しはただの年相応の娘だ。

(俺に頼んだ土方さんの人選は誤りだな。“あいつ”に頼むしかあるまい)


「……」

 さすがの小夜でも、そろそろ沈黙が痛い。しかし斎藤が口を開く様子は無い。

「……あの」

「何だ」

「どこに行くんですか」

 目的地も言わずに人を連れ回すなんて、よく考えたら失礼だ。

「お前に会わせたい女がいる」

「?」

 先を促すように視線を向けたが、それきり斎藤は黙り込み、そのまま後ろをついて歩くしかなかった。

「ここだ」

 小さな民家が立ち並ぶ、賑やかさとは程遠い静かな通り。とある家の前で斎藤は足を止めた。

「時尾。いるか」

「一さん?」

「無沙汰だったな。今、かまわないか」

 少しだけ開かれた扉から顔を出したのは、柔らかそうな黒髪をうなじの辺りで纏めた物静かな風情の女性だった。

「そちらの方は?」

「うちの隊士だ」

 斎藤の後ろに縮こまるように立つ小夜に、時尾と呼ばれた女性はふわりと微笑んだ。

「はじめまして。どうぞ上がって?」

「……」

 斎藤と共に部屋へ通され、時尾が淹れた茶に口をつけていた。毒の臭いはしない。

 何故、斎藤が自分をここに連れて来たのか。あの女性は何者なのか。全く状況が掴めない。

 茶菓子を乗せた盆を手に時尾が戻ってきた。

「俺は刀商を覗いてくる。日暮れまでには戻る」

 え?今来たのにもう行くの?二人共、会話らしい会話もしていないのに

 首を傾げながらも斎藤に続こうとしたが、

「お前はここにいろ」

 小夜は腰を下ろしながら嫌な予感がした。

 まさか斎藤さん、私をここへ置き去りにするつもりじゃないか

 いや置き去りにされてるよ私

 しかも初めて会った人と二人きりなんていやだ

 まぁ、斎藤さんと二人きりも気まずかったけど

「あ、あのっ……」

 しかし斎藤は小夜の声に答えることなく行ってしまった。

「……」

「……」

 少し前まで“仕事”の“標的”以外の人間と二人きりでいるなんてことは無かったから、この状況を変える手立てなど全く浮かばない。

 沈黙が二人を包む。

 だけど、何故か気詰まりな感じはしなかった。さっき会ったばかりの、正体もわからない相手。本来なら警戒するはずなのに……

 不思議な女性(ひと)だな

 ふと、入隊した日の山崎の言葉を思い出した。

『ここにおるのは、みんな仲間や。せやから、ここの人を誰も殺しちゃあかんよ』

 つまり、この人は仲間じゃないってことか

―――ヒュンッ

 小夜の左手は空気を裂くように動いた。その手は時尾の首すれすれで止まる。

 この人は“仕事”の“標的”ではない。でも殺しちゃダメとは言われてない。

 誰を殺し、誰を生かすかの選択をしたことはない。あくまで人を殺すのは"仕事"だから。

 そう教え込まれてきた。

 新撰組の人達を殺さないのは、烝くんがダメって言ったから。

 じゃあ、この人は?

「……?」

 妙なことに、首筋に手を添えても時尾は悲鳴一つ上げなかった。

「どうして、叫ばない」

 小夜の仕事は“暗殺”。だから基本的には周りにも本人にすら気付かれないように事を運ぶ。

 だけど、たまに本人に見られてしまうこともある。人は、小夜が仕事で姿を現すと皆恐ろしい悲鳴を上げるのだ。

 悲鳴は嫌いだ。聞いたこっちが嫌になる。私だって仕事なのに。

「あんたは、悲しくないの」

「どうして?」

「僕が手を動かしたら、あんたは死ぬのに」

「他人に手をかける前にそんなことを聞くなんておかしいわ。それじゃあ、あなたは今悲しい?」

「……」

 人を殺す時、悲しいか

 そんなこと今まで考えたことなかった。仕事に関係ないから。

 数えきれないほどの命が私の手にかかって消えていった。それをいちいち嘆いていたら、私は狂ってしまう。

 農民の子が農民になり、薬屋の子が薬屋になるように、殺し屋に生まれた私は、殺し屋になるしかない。

 仕事だからと割り切るしかない。今までずっとそうしてきた。

 でも、仕事じゃなかったら?

 実家から離れた今、私が出せる答えは……


 そこで、はたと気が付いた。

 私、自分から人を殺したいって思ったこと、無いんだ。

 あの明るい青年の時も今も、実を言えば本気で殺す気なんて無かった。ただ、訳がわからなかっただけで。

 新撰組の人達を殺さないのは仲間だから。だけど、仲間じゃない人も、わざわざ殺す必要なんてない。理由が無いから。

 こんな単純なこと、どうして今まで考えたことがなかったんだろう。

「あなた、一さんが笑ったところ見たことある?」

「……無い」

「じゃ、今度見てご覧なさい。綺麗だから」

 笑顔に綺麗か汚いかなんてあるんだろうか。

 そもそも斎藤さんって笑うんだろうか。

「……」

 やっぱり不思議な女性(ひと)だな

 小夜はゆっくりと時尾の首から手を離した。

 それから二人はどちらからとも無くぽつぽつとお互いのことを話し出した。山崎以外でこんなに警戒心を持たずにいられる相手は初めてだった。彼女が纏う雰囲気のおかげだろうか。

「……新撰組に来てから、今までは仕事の“標的”でしかなかった人間が自分の中で変わってきて。自分でもよくわからないんだけどなんか変な感じがする」

「変なんかじゃないわ。それがあなたの日常だったんだもの。でも変わり始めてる。私はそれ、素敵な変化だと思うけど」

 素敵な変化、かぁ……

―――ガラリ

「あ、斎藤さん」

 気付けば外はすっかり夕暮れになっていた。

「帰る」

「は、はい。あの……時尾さん。また、来てもいい?」

「もちろん」

 小夜の顔にパッと笑顔が浮かんだ。

「それにしても、新撰組に女の子がいるなんて知らなかったわ」

「え」

「ふふっ。女の勘よ」

 小夜は照れたように笑い返すと、斎藤の後を追って家を出た。

「随分と時尾に懐いたようだな」

 夕日に染まった帰り道、斎藤は自分のすぐ隣を歩く小夜に呟いた。彼女が自分から口を開いたのも、ましてや屈託のない笑顔も初めて見た。こちらが本来の彼女なのか

「斎藤さん。それって“やきもち”ですか?」

「…何だと?」

「時尾さんに色々教えてもらう約束したんです。次遊びに行ったら“こいなか”の意味も教えてくれるって」

「……」

 教える事柄の順番が違うのではと思ったが、口は挟まないでおいた。

 それよりも、時尾と話したことを楽しそうに話す彼女を見て、

(こいつを、時尾に会わせて良かった)

 不思議と満ち足りた気持ちになった。

「小夜」

「へ?」

 突然本名を呼ばれ、変な声で聞き返してしまった。

「何を驚いている。お前の名だろう。日が落ちきる前に屯所へ戻るぞ」

 慌てて頷くと斎藤は口元に弧を描いた。

(あ、笑った……!)

 時尾の言っていた意味がわかった。こちらの心にスッと染み入るような笑顔。

―――綺麗、かも

 そう思った。


 その日の夜。小夜はずっと考えていた。

 素敵な変化、かぁ

 ここに来て出会った人達を思い浮かべてみる。

 煙管を咥え不敵に笑う鬼の副長。

 厳しいのか優しいのかよくわからないけど色々と面倒をみてくれる沖田。

 食事のたびに大騒ぎする原田と藤堂。

 それを呆れ顔で制する永倉、山南。

 そして皆を眺めてにこにこと笑っている近藤。

 今日の時尾との出会い。

 初めて見た斎藤の笑顔。

 日は浅いけれど、ここの人達が私に何か影響をもたらしているのかな

 私の中で起きている変化が素敵なことなら、それに乗じてみても良いかもしれない。

 小夜は一つの決意を胸に秘め、眠りについた。


 翌日。朝稽古の後、探していた人影を見つけると、小夜は恐る恐る声をかけた。

「……あの」

「ん?」

 振り向いた橘は、自分に声をかけたのが小夜だとわかると、かなり驚いた顔をした。

「あれ?秋月じゃん。おはょ……ぐへ!」

 小夜は無言で橘の口をふさいだ。

「へ?はひ?」(え、なに?)

 いきなりの行動に驚いて問いかけても、小夜は不機嫌そうな顔でこちらを見ているだけで返事はない。

(ま、まさか)

 今日こそ殺されるんじゃないか??????!!?!??

(あああそんなぁやっぱり斎藤組長の言うこと聞いておけば良かった……オレはまだこれからの人生あんなことやこんなことしたかったのに~~~~~!!)

 様々な思いが走馬灯のように駆け巡る。

 小夜と橘の限りなく一方的なやりとりを知っているほかの隊士達も、何事かという顔をしていた。

「…………おはよ」

「…………え?」

「おはよう」

 それだけ言うと、小夜は橘の口から手を離しそっぽを向いた。

 ほかの隊士達が唖然とする中……


「ぁあ――き――づ――き――っ!!」


 橘は小夜の両肩をガッシリ掴み、物凄い勢いで前後に揺すった。

「やったぁぁ~!こんな日が来るとオレは信じてたよ!これでオレ達は本当の友達だぁぁぁぁ!」

「揺らさないで。あと、目と鼻から水垂らすのやめて。なんか汚い。特に鼻が」

「ひ、ひひひどい」

 ズズズと鼻をすすると、小夜に向かってにっこりと笑った。

「おはよう秋月」

「ん。おはよ」

 つられて小夜も少しだけ微笑む。すると今まで固唾を飲んで見守っていた隊士達が一斉に騒ぎ出した。

「良かったなぁサブ~」

「秋月って笑うんだな」

「冷たい奴だと思ってだけど、笑うと結構可愛……ぐぉッ!」

「おい、オレの秋月に手ぇ出したら承知せんからな!」

「まだ出してないし殴ることないだろ!」

「いい加減に肩の手、離して。それに僕はお前の所有物じゃない」

「秋月!オレを裏切るのか!?」

 いきなり複数の人達に囲まれて戸惑ったが、何故か悪い気分ではなかった。自分の周りで他愛ない会話がされている。ただそれだけなのに。

 ……変なの

 その時、少し年長の隊士に声をかけられた。

「サブだけじゃない。皆あんたと仲良くしたいと思ってたんだよ。よろしくな」

「……」

 気が付くと、ほかの隊士達はほとんど朝食をとりに広間へ向かっていた。

「オレ達も行こうぜ秋月」

「うん」

「……あのさ」

「なに」

「下の名前で呼んでもいい?」

 この人は私の性別と本名を知らない。つまり偽名の『彼方』を使うことになる。

「かまわない。けど、何で」

「その方が友達っぽいじゃん?オレのこともあだ名でいいから!」

 どうしてこの人はこんなに友達に拘るんだろう?

 偽名で呼ばれるのはかまわない。

 ただ、問題が一つ……

「もしかして、オレの名前覚えてない?」

「……」

 そう。小夜はあれだけ話しかけられていながら相手の名前を覚えていなかった。いや、覚える気が無かったと言う方が正確である。

「あはは!そんなとこだろうと思ったよ。

 じゃ、改めてオレは橘三郎!サブって呼んで。よろしくな、彼方!」

「よ、よろしく……サブ」

 サブの真似をしてまた笑ってみる。するとサブは何やら慌て出した。

「お、おう、よろしくな!あ!オレき、着替え……そう!着替えを、いいい井戸の所に置いてきちゃったから先行ってて!」

 サブはバタバタと井戸の方へ走り去って行った。

「?……サブ、着替え手に持ってるじゃん」


「はぁぁ~」

 雑念を払うように頭から井戸水を浴びた。

「何なんだよ今の……」

(笑顔可愛すぎるだろ!あいつは本当に男なのか!?)

 彼とは純粋に友達になりたかった。入隊試験で見た強さとかっこよさに惹かれたからだ。だが……

(さっきの笑顔、か、可愛かっ、た)

 無表情の時はただ整った顔してんな~としか思わなかったが、笑顔は一転して可愛らしかった。

「……」

 ふと疑問を感じた。実はさっきから気になっていたのだ。

 口をふさいできた手の柔らかさ。

 掴んだ肩の細さ。

 そしてあの笑顔。

 思い返せば思い返すほど違和感が募る。

「まさか……」

 あり得ないあり得ないと自分に言い聞かせた時……


「何が“まさか”なんです?橘くん」

「おわわっ!?」

 振り返ると、いつからいたのかそこには沖田と斎藤の姿があった。

「お、おはようございます」

「おはようございます♪で?何が“まさか”なんですか?」

「そ、それは……」

(……絶対言えない)

 まさか…いや、もしかして……なんてこと絶対に言えない!

「そういえばさっきの秋月くん、可愛かったですよねー。特に笑顔とか?」

「ぶわぁぁっ!!」

「あれぇ?どうかしました?」

 満面の笑みで聞き返される。

「お、オレ……」

「ん?」


「オレは!決して!男色ではありません―――っ!!」


 うぁぁぁぁと叫び声を上げながら駆けて行くサブの姿に沖田は腹を抱えて笑い転げた。

「総司。俺の部下を苛めるな」

 どこからか現れた斎藤に驚く様子も無く沖田は笑い続ける。

「ごめんごめん。だって橘くんあんなに焦ってて……ぷっあはははっ!」

 いつまでも笑い続ける沖田に、斎藤の機嫌は益々悪くなっていく。

「……ふぅ。秋月くん、やっと笑いましたね」

「そうだな」

 興味無さそうな斎藤の反応に、口を尖らせた。

「一くんだって秋月くんのこと、心配してたくせに」

「俺は別に何もしていない」

「今もここで見守っていたじゃないですか」

「……」

 何も言い返せない。事実、斎藤は、時尾と話した小夜に何か変化が有りはしないかと見ていたのだった。

(なんだかんだ一くんって、意外と面倒見は悪くないんですよね~)

 この日を境に、小夜はサブを通じて少しずつほかの隊士達とも馴染めるようになったのだった。


――――――…


 それからしばらく経ち、小夜が新撰組での生活に慣れ始めたある日。

「あ、烝くん」

 小夜は廊下で見かけた山崎に声をかけた。

「どこか行くの?」

「隊務で町にな」

「ふーん。あのさ、烝くんって非番の日とか無いの?」

「非番、というか監察は必要に応じて動くからなぁ」

「そっかぁ」

 下を向いて口を尖らせる小夜の姿に、山崎は申し訳なさそうな顔をした。

「堪忍な。俺も、小夜ちゃんをまた甘味食べにでも連れて行ってあげたいんやけど」

「え?何で私が烝くんと遊びに行きたいってわかったの?」

 目を丸くした小夜の頭をぽんぽんと撫でた。

「俺を誰やと思うとる。ほな、またな」

 山崎は笑いながらヒラヒラと手を振り行ってしまった。


「む~」

 それを見送る小夜は頬を膨らませている。新撰組にいれば毎日烝くんに会えると思ってたのに、実際は食事の時間でさえあまり顔を見ない。

 忙しいのはわかるけど、たまには遊んでほしいなぁ

「はぁ」

 思わずため息をついた時、前方から危険人物がやってきた。

「どうかしましたか?ため息なんてついて」

「……」

 どう出るべきか。下手をすればまた縛られかねない。

 この前は猫に気を取られて忘れてたけど、小夜の中で沖田は新撰組の危険人物第一位なのだ。

 でも今は稽古じゃないし、大丈夫かもしれない

「烝くんと遊びたかったけど断られました」

「山崎くんと、って……あの人と一体何をして遊ぶんです?」

「小さい頃よく甘いもの食べに連れて行ってくれたから」

 小夜の言葉に沖田は不思議そうな顔をした。

「変だなぁ。山崎くんって、甘いの苦手なはずなんですけど」

「え?だって何回も一緒に行ったのに「沖田さん」

 さっき反対方向へ歩いて行ったはずの山崎が、一瞬でその場に現れた。

 う、うそ。今どっから来たの?!

「俺は監察方や」

 烝くん、答えになってないよ

「沖田さん。こいつに余計なことを言わないでください」

「あれれ。私は本当のことしか言ってないんだけどなぁ~」

 何故か空中に火花が見える。

「ねぇ、烝くんって甘いもの嫌いなの?」

 小夜の言葉に、山崎は痛いところを突かれたような顔をした。

 それは肯定したのと同じである。

「どうして言わなかったの!?嫌いなら嫌いって言ってよ!」

「だって小夜ちゃんが喜ぶやん」

「それじゃ烝くんが楽しくないでしょ!まったくもう!」

 小夜は、山崎がいればちゃんと笑うし怒るのだ。

 ここまで感情をあけっぴろげにしている小夜を初めて見た。しかもいつも冷静な山崎がしどろもどろになって押されている。

 沖田は変わった出し物を見ている様な気分で、楽しそうに笑いながら眺めていた。

「と、とにかく、これは沖田さんが余計なことを言わなければ済んだ話で」

「おっと。聞き捨てならないですね今の言葉は」

 その途端、小夜にとっては幼い頃から馴染み深い気迫が周りに満ちた。

 あ、殺気だ

 二人は既にそれぞれ刀の鯉口を切っている。

 おかしいなぁ。仲間は殺しちゃダメって、烝くんが言ったのに……

 双方まさに一発触発の事態。その時……

「総司ー!山崎くーん!あれ?何してんの?」

 邪気の無い声が響き、張り詰めた空気が自然と和らいだ。

 パタパタと駆けて来たのは藤堂。

「残念だなぁ。もう少しだったのに」

 沖田がボソッと呟いた。

 何が残念で、何がもう少しだったのか

「……俺は、隊務がありますので」

 山崎は表情を消し、今度こそ行ってしまった。藤堂は状況が飲み込めずキョロキョロしている。

「えーと、何か知らないけど早く行こうよ。今日は総司が奢る番でしょ?」

「そうですね。それじゃ、」

 小夜の肩に、ぽんと手を乗せた。

「この子も連れて行きましょうか」

「え?」

 私が?何で?何処に?

「あ、いいじゃん。行こ行こ!あの茶屋の団子ほんと美味しいから!」

「お団子ですか」

 沖田は、小夜の目が一瞬きらっと光ったのを見逃さなかった。

 何を隠そう小夜は甘いものが大好きなのだ。

「これから茶屋に行くんです。山崎くんと行き損ねたなら、代わりに私達と行きませんか?」

 甘いもの好きの小夜には断り難いお誘い。

「……行きたいです」

 その後なんだかんだで原田と永倉、斎藤まで行くことになった。

「何故俺まで行かねばならんのだ」

「細かいこと気にしちゃダメですよ~」

「そうだぜ斎藤!しかも総司の奢りなんだろ?」

「あれ?こういう時は年長者が出してくれるんじゃ?」

「最初からそれが狙いで俺に声かけたな」

 この中では一番年長らしい永倉がため息をついた。

「ま、まぁいいじゃん!秋月も来るんだしさ!」

 私が行くのと、永倉さんがお金払うのとは関係無い気がするんだけど……

 そんな感じで賑やかに一行は茶屋へやってきた。人数分の団子と茶を頼むと、皆はまたガヤガヤと話しだす。

 仲が良いんだなぁ

「さっきから黙り込んでいるが、どうかしたか」

 いやいや、あなたもさっきから何も喋ってないじゃないですか、斎藤さん

 なんて言えるはずもなく、

「新撰組へ来る前に町で聞いた評判と、ここの人達の印象が結びつかなくて。

 僕は、新撰組は人斬りの集まりだって聞いたんですけど、あんまりそんな感じしないなと思ったんです」

 屯所を訪れた日、町の人には辻斬りと混同されていたくらいだし、小夜は彼らが人斬り集団であることを想定して新撰組を訪ねたのだ。

「オレ達の評判は町じゃ散々だからなー」

「むしろよく新撰組(うち)に来る気になりましたねって感じです」

「俺達だって必要が無ければ無闇に斬ったりしねぇよ。もちろん必要があれば躊躇い無く斬るけどな」

「……」

 ふと、時尾と会った時に考えたことを思い出した。

 この人達の仕事は、私の仕事に少し似ているのかもしれない。ここがなんとなく居心地良く感じるのも、そのせいなのかな。

 彼らは京の平和のため、私は生きるため、誰かに手をかける。

 理由は少し違うけど。


 小夜の、“人の死”に対する意識が変わるのは、もう少し先の話。


「団子と茶、おまちどおさんどす」

 ここで小夜の思考は仕事から逸れた。

「ね、美味しいでしょ?」

 藤堂の言葉に頷いた。みたらしのタレがたっぷりとかかった団子を口へ運ぶと、ふわっと広がる優しい甘味に自然と頬が緩む。

 甘いものはやっぱりおいしい。うん。

 場の賑やかな空気と団子の甘味に誘われて、思わず小夜は口を開いた。

「そういえば、ここにいる人ってみんな非番なんですか?」

 新撰組は十の隊に別れている。その内五人もの組長が茶屋に来ているなんて随分多い気がする、とさっきから疑問に思っていたのだ。

 小夜の素朴な質問に、永倉と原田が硬直した。

「秋月」

 永倉が小夜の肩を掴む。

「世の中には知らなくていいこともある」

「は?」

 唐突に何を言っているんだろう。だが永倉は至って真面目な顔をしている。

「本当はお二人とも隊務があるんでしょう?土方さんに知れたら大目玉ですよ」

 沖田が、あっさりと暴露してしまった。

「知ってたならオレ達に声かけるなよ!行きたくなっちまうだろーが!」

「大丈夫ですよ~。私も非番じゃありませんから」

「それ何も大丈夫じゃねーだろ!なぁ斎藤!」

「俺は正真正銘の非番だが」

「ふ、くくっ……ふふっ」

 会話を聞いて堪えきれなくなった小夜が、小さく吹き出した。

「あぁ~っ!秋月が笑ったぁ!」

 藤堂が目を丸くして叫んだ。今まで無表情だった分、驚きが大きかったらしい。

「へ?す、すいません……?」

 自分が笑ったことに対して過剰な反応をされた小夜は、わけもわからず頭を下げる。

「いっいや責めてないよ!なんて言うか……」

 焦る藤堂に全員が笑い出した。

「平助はこの中じゃ弟分だったからな。自分より年下の奴が入って世話焼きたいんだろ?」

「何だよ弟分って!?僕は立派な侍だから!」

 藤堂がぎゃんぎゃん周りに抗議していると、原田が妙なことを言い出した。

「お、そうだ。秋月、せっかくだから“お口にあーん”とかしてくれてもいいんだぜ?」

「左之。自重しろ。変態丸出しだ」

「断る。絶対いやだ」

 永倉と小夜に速攻反撃を食らった原田はがっくりとうなだれた。

「何だよ何だよ何だよぅ」

 その後結局、会計は永倉が持ち、それからみんなで町をぶらぶらと歩いてから帰ることになった。

 小夜は、小間物屋の前でふと足を止める。店先に簪が飾られており、その中で桜の花の飾りがついている物があった。

 可愛いな、あれ

 しばらく見ていると、店のおじさんに声をかけられた。

「坊っちゃん。誰かに贈り物どすか?」

「……」

 あ、そうか。私は今、男の子なんだった。

 男の子が熱心に簪を見ていたら、誰かに贈るのかなって思うに決まっている。

 暗殺という仕事柄、変装は得手だった。男装も初めてじゃない。

 それに新撰組は本来女人禁制。私は幹部の好意で入隊させてもらっている身だ。

 けど、こんなに長い時間、男装したままってのはなぁ

 元殺し屋とはいえ小夜は女の子だ。

 仕方ないけど、ちょっとつまんないかも

「はぁ」

「あ、いたいた」

 そこへ、ひょいっと顔を覗かせたのは沖田と藤堂だった。

「急に立ち止まったから、どうしたのかと思ったよー。そろそろ帰るってさ」

「は、はい」

 慌てて簪から目を逸らす。

「何か、気に入った物でもありましたか?」

「いいえ。今は男の子ですから、僕は」

 屯所への帰り道。赤く染まった夕日がみんなの影を繋いでいた。

「秋月くん。今日は楽しかったですか?」

「楽しかった、です」

 こんな風に大勢でお出かけしたことなんてなかったから、今日は本当に楽しかった。

 沖田さんも、稽古の時以外はいい人みたいだし

「あと、烝くん以外の人と遊びに行ったの初めてだなって思っ」

むにぃ~っ

「……はひふぅんれふか、ほひひゃひゃん(何するんですか、沖田さん)」

 山崎の名前を出した途端、何故か頬を思い切り引き伸ばされた。

「あ、ごめんね。手が滑っちゃいました」

「どんな滑り方したらこうなるんですか」

 赤くなった頬をさすりながら睨み上げてくる小夜に、沖田はクスクス笑いを漏らした。

「秋月くん中々よく伸びますね~。クセになりそうです」

「なっ、ならないでください!」

 前言撤回。やっぱり沖田さんは意地悪だ!

「総司。何度言えばわかる。俺の部下を苛めるな。……大丈夫か、小夜」

「はい」

 まぁ、痛いけど

 そこへ藤堂と原田が寄ってきた。

「あれ?斎藤くんって秋月のこと下の名前で呼んでんだ?」

「いいなーオレも名前で呼びてぇなー」

「原田さんは何も考えずに呼びそうだから、いやだ」

 事情を知らない隊士の前で本名を使えば、性別がわかってしまう。

「そういやぁ、ずっと疑問だったんだが、何でお前オレにだけタメ口きいてんだ?」

 ほかの組長には敬語を使っているのに、これはナメられているのではと自分なりに凄みの利かせた表情を作ってみる。

「だって原田さん、前に僕のこと吊った」

「!!ご、誤解だ!だってよぅ、あれは総司が……」

 拗ねるように横を向いた小夜に、慌てて弁解する原田。凄んだ効果は皆無である。

「「あはははは!」」

 夕焼け空にみんなの笑い声が響く。小夜の口元にも、柔らかい笑みが浮かんでいた。

 そして屯所に着いてからは、

「てめぇらは隊務を放って何やってんだぁぁぁぁあ!!」

「「ぎゃああああ!!……ってあれ?総司は何処行っただよ?あいつもサボりなんだろ!?

 なんでだぁあああああ!?!」」

幹部二名の悲鳴と土方の怒声が響いたのだった。

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