エピローグ

E-01

《終わりの地》を去り、《全裸神丘陵ナクト・ゴッドヒルズ》(ナクトはこの名をまだ知らない)の頂上で。

 人類を――そして《世界》を救った四人の英雄は、まだ遠い人の住む地を眺めていた。周囲にひと気のないこの時は、エクリシアも重装を脱ぎ、可憐な姿を見せている。


 戦いは、終わった。同時に、旅も終わりを迎えたという事になり。


(これで皆とも、お別れか。長かったような、短かったような。………)


 ナクトの胸中に、彼女達と出会って初めて知った、〝寂しい〟という感情が横切り――ふと、尋ねていた。


「皆は、これからどうするんだ? やっぱり元いた、自分の街や城に帰るのか?」


 その問いに、まず初めに答えたのは、レナリア。


「そうですね……とりあえず報告のために、お城には寄りたいと思います。その後は……どうしましょう、ナクト師匠?」

「え? ああ、その後のコトは、まだ決めてないのか。まあ、焦る必要はないと思うけど……ん? でも、なんで俺に聞くんだ? ……えーと、リーンは?」


 次にナクトが尋ねると、リーンはいつもの穏やかな笑顔を見せつつ返事した。


「わたくしですか? わたくしは、そうですわね~、《全裸神》の教義を布教したいところですけれど……布教コースは、ナクト様にお任せしますわ♪」

「なんで俺? ……? えーと、エクリシアは?」


 ナクトが目線を落として尋ねると、エクリシアは後ろ手を組んで、もじもじとしながら小さな口を開く。


「……な、ナクトさんは……どこへ、行きたいですか……?」

「…………??」


 あれ、何だかおかしいぞ、とナクトが首を傾げる。


 彼女達も、何か違和感を察したのか――レナリア、リーン、エクリシアと、順番に自身の行き先を発表して。


「レナリアは、ナクト師匠と――生涯の伴侶として、ずっと一緒にいますよ?」

「わたくしとナクト様は、生涯を共にする二人ですもの。絶対に離れませんわっ♪」

「わたしと、ナクトさん、行くところ、同じです……め、夫婦、ですからっ……♥」


「「「……………はい?」」」

「俺の台詞では?」


 どうやら全員、ナクトに付いていく気満々らしい――しかも伴侶だとか夫婦だとか、聞き捨てならない言葉満載だ。


 しかし聞き捨てならないのは、女性陣三人も同じ。せっかく戦いが終わったというのに、何やら互いに火花を散らし始め、まずはレナリアが口火を切った。


「ど、どういう事ですかあっ! ナクト師匠とは、私が初めて出会ったのですからねっ! だから私が一番ですっ……何と何と、親への挨拶も済ませているのですよっ!」


 だが、即座に反論をしたのは、微笑むリーン――ちょっぴり珍しい威圧感を添えて。


「あらあら、出会った時なんて、関係ありませんわ~……ナクト様とわたくしは、遥か昔の大予言から定められた、運命という絆で繋がっていますもの。……まあ、そんなものなくても、わたしとナクト様は一緒ですけれど~♪」


 いつもの茫洋とした笑顔なのに、何やら怖い――が、内気なエクリシアでさえ、負けじと口を挟んでいく。


「わ、わたしだって……ナクトさんへの、想いなら……負けませんっ。だ、だからっ……ゆ、譲ったりなんて、しないんですからっ」


 むんっ、と両手に力を籠めているが、可愛い。小動物感が過ぎる。

 だが、三者三様、各々ナクトへの想いを口にして――レナリアが確認したのは。


「手を引く気はない……という事ですね?」


 問われ、リーンとエクリシアは、こくり、同時に頷く。

 ならば、もはや――実力行使、あるのみか――!


「―――止めてくれ、三人とも!」


 と、その刹那、三人の間に割って入ったのは、当事者たるナクトだった。


「色々、言いたいコトはあるけど……まず、何よりも! 三人が争うのなんて、俺は見たくない! 皆が俺のコトを大切に想ってくれている、というのは……正直に言うと、嬉しい。……だけど、俺のコトを、本当に想ってくれるのなら……!」


 取り繕う事など知らない、それはナクトの、裸の言葉――!


「三人とも、喧嘩なんてしないで、仲良くしてくれ! 多分、皆が思っている以上に、俺だって――レナリアと、リーンと、エクリシアのコトが――大切なんだ!」

「「「――――!」」」


 ナクトの言葉を受けて、三人は沈黙をした。争おうという気配は、もう……ない。

 ほっ、とナクトが安心している、と――不意にレナリアが、口を開いた。


「……《世界》は、もっと、素直で……自由。……自由……」

「? ……レナリア?」


「自由……そう、そうだったのですね……そうですよ、自由なのですっ!」


 何かを悟ったのか、レナリアが興奮気味に、丘の頂上で叫んだのは。


「誰か一人なんて言わず――全員、ナクト師匠に、娶って頂けば良いのです――♪」

「――――――」


 それは、爆弾発言に他ならないだろう。ナクトは呆気にとられるが、しょっちゅう色んな相手を呆然とさせている男なので、たまには良い薬だ。


 とはいえ、そんなとんでもないレナリアの提案に、清楚で清廉な事に定評のあるリーンがどんな答えを返すのか、聞かずとも分かり切っている事だった。


「なるほど……《世界》を装備し、《世界》そのものと呼んで過言でない、《全裸神》ナクト様の前では……法や倫理という概念でさえ、丸裸という訳ですわね。そもそも一夫多妻が禁じられている訳でもありませんし……そこに気付くとは、さすがレナリアちゃん……〝真実の希望〟に恥じない成長を果たした、《姫騎士》ですわ……!」


《姫騎士》の称号、変な名誉が塗りたくられている気がする。

 更に、内気なエクリシアもまた、おどおどとしながらも発言する。


「わたしも……こうして、自分の顔、見せられるの……ここにいる、みんなだけだし……一緒なら、心強い、です。それに、わたしだけじゃ、ダメでも……みんなと一緒なら……ナクトさんを、満足させて、あげられるかみょっ。……か、かんじゃいましたぁ……」


 何やらとんでもない事を口にしかけていたし、噛んで正解だったのでは。


 結局、三人の結論はナクトの思いもよらない形に、けれど『喧嘩なんてしないで、仲良くしてくれ』という言葉通りに、収まった。

 レナリア、リーン、エクリシア――誰もが絶世の美少女にして、人類最高峰の存在と知られる三人が、顔を見合わせて同時に頷き。


 ナクトの方へ、輝かんばかりの笑顔を向けた。


「ナクト師匠っ♪ これからも、ず~っと……よろしくお願いします、ねっ♥」

「生涯、ず~っと、共に致しましょうねっ……ナクト様っ♥」

「ふ、不束者ですが、わたしと、一緒にいてください……ね、ナクト、さんっ♥」


 ――結局のところは、だ。


《世界》を装備しているのに、〝全裸〟だ何だと囁かれようと。

 魔物や《神》を倒して、〝最強〟だと言われようと。

《全裸王》・《全裸神》・《全裸の覇者》と――そんな、とんでもない肩書が付こうと。


 どんな揶揄や、称賛を受けようと――こうして慕ってくれる、彼女達を前にしては。


「ああ、もう……分かった! ……分かったよ。それが皆の幸せだって、そう言うのなら。俺の装備――《世界》にかけて、ずっと一緒にいよう!」

「「「―――はいっ♥」」」


〝最強全裸〟も、形無しになるのは、望むところなのだ。


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