4-06 ★章ラスト

 レナリアが、じり、じり、とナクトに歩み寄る。装備中の《謎の光》も、混乱の影響か、何となくふにゃふにゃとし始めていた。がんばれ、もっとがんばれよ!


 もはや、逃げる事も叶わないのか、助けはないのか――と、その時――!


「――お待たせ致しました! 《水神の女教皇》にして、《全裸神》ナクト様の、第一位の信徒っ……リーン=セイント=アクエリア、推参ですわ――!」


「くそっ、状況は悪化するばかりか……自分で何とかするしかないか……!」

「ナクト様ー! リーンですわ、リーンがきましたわよー!」


 乱入してきたリーンが何か叫んでいるが、味方ではないのは間違いない。

 何しろ、彼女の今の〝装備〟は――〝水〟で創り出した水着なのだから――!


「あ~、う~……う? ……え、ええっ!? リーンさん、何ですか、その恰好!?」


 完全に〝おまえが言うな〟な姿のレナリアに、むむっ、とリーンが頬を膨らませる。


「もうっ、レナリアちゃんったら、ズルイですわっ。わたくしだって、ナクト様のお背中、お流ししたいのに……抜け駆けなんて、許せませんっ」

「だ、だからって、そんな……水で水着を作るなんて、いくらなんでもっ……!」


「水の水着ですか……何だか、ややこしいですわね……というかレナリアちゃんこそ、その……《謎の光》? 何だか凄いですわ……それに、エクリシアちゃんも」

「へ? え、エクリシアさんまで来ているのですか!? まあ確かに、あの鎧でお風呂は、凄そうですけど……へっ?」


 そういえばレナリアは、エクリシアの重装姿しか知らないのだった。鎧の下の可憐な真実を知れば、驚くのも当然だろう。

 ……ただ、時を巻き戻せるなら、紐のような水着ではない姿で、会ってほしかったが。


「え。……え、えええ!? あ、あなたがエクリシアさん……ですか? ……か、かわいい……って、そんな水着、いけませんよー! ね、猫耳だって……猫耳?」


 猫耳――それはナクトも、初めて見るエクリシアの〝装備〟。彼女の銀髪を、ちょこん、と装飾する愛らしい白猫耳と――すらっ、と伸びる白猫の尻尾が。

 そんな、エクリシアにはお似合いの猫耳と尻尾を見て――レナリアは、全てを悟る。


「そう……そうだったのですね……普段からの重装は、その猫耳と尻尾を隠すために……っ、エクリシアさんも、苦労なさって……!」


「レナリアちゃん、レナリアちゃん。あれ、付け耳なのですよ~」

「へ、リーンさん? 付け、耳……って、あれ? エクリシアさん、どこへ?」


 先程まで、確かにそこにいたはずのエクリシアは、いつの間にか消えていて――その桁外れの身体能力によって、ナクトの傍らに接近していた。


 もちろんナクトは気付いていたが、振り払う事など出来ないし……と動けないでいる間に、ふるふると身を震わせながら、エクリシアが発した一言は。


「な、ナクトさん、わたしっ……ナクトさんの、お背中、流します……にゃん♪」

「ぐ――ぐはっ」


 おまえもか――露出度の高い姿と、無下にできない小動物の眼差しで見上げられ、ナクトのハートに強烈な一撃をかまされる。

 するとレナリアが、エクリシアの抜け駆けに気付き、彼女へと詰め寄っていった。


「あっ……あーっ! エクリシアさん、ズルイですっ! わ、私だって、ナクト師匠のお背中、お流しするのですからぁーっ!」


「! ひっ……こ、こわい……」

「へ? え、エクリシアさん……戦いの時の勇猛さは? ……あっ、もしかして……」


 鎧を着こんでいた時とは全く違う、気弱で儚い様子のエクリシアに――レナリアもまた、〝偽りの希望〟として重圧に潰されかけていた己を重ね、優しく微笑んでいた。


「エクリシアさん……大丈夫ですっ」

「(何で光が差し込んで、身体を隠してるんだろう……こわい……)……って、えっ? れ、レナリアさん……?」


「鎧がない状態だと……きっと、緊張しちゃうのですよね? それで普段は、鎧を着こんでいるのですよね。……私も、実は臆病で、怖がりだから……気持ち、わかります」

「! それは……それは、はいっ……」


 意外と話が噛み合い、エクリシアが頷くと、リーンも暖かな笑みと共に口を開く。


「でも、レナリアちゃんの言う通り……大丈夫ですよ、エクリシアちゃん。怖がる必要なんてありません。だってわたくし達は……もう仲間で、お友達なのですから、ねっ♪」

「! リーンさん……レナリアさん……っ、はい……はいっ」


 少し前まで、エクリシアはずっと、一人で戦い続けてきた――けれど、レナリアとリーンは、仲間として、友として、受け入れてくれる。

 感極まって涙目で、何度も頷くエクリシアは、導いてくれたナクトに感謝を――!


(やっぱり、ナクトさんみたいに――脱いだから! 仲間が、できました……!)


 浴場という場所が生み出した、悲しき勘違いである。

 ちなみにナクトは、仲睦まじい三人を見つめながら、頷きつつ考えていた。


(本当に、よかった。よかった、けど……三人の装備が《謎の光》《水の水着》《ネコミミ紐水着》でなければ……もっと、よかったんだけどな)


 感動すれば良いのか、とりあえず目を逸らすべきなのか、悩むところである。

 ただ、尊ぶべき女子三人の内、レナリアが腕を振り上げ、仲間達に促したのは。


「では私達三人で、力を合わせて――ナクト師匠のお背中を、お流ししましょーっ♪」

「大賛成ですわーっ♪」「! お、お~~~っ……」


(あれ。俺って敵なのかな?)


 これが、仲間達の絆――!(違う)


 思わず呆けるナクトに、今しがた互いの絆を確かめた女子三人が、力を合わせて背中を流しに……いや、もはや明らかに背中だけではない。ナクトの体に群がっている。


「ま、待った! いや何で、向かってくるんだ……今の自分達の〝装備〟、ちゃんと理解して……って、コラ! さ、三人して、抱き着いてきちゃダメだって!」


 制止するナクトに、けれどレナリア、リーン、エクリシアは――三者三様、とんでもない〝装備〟を身に着けたまま、右腕に、左腕に、胸元に、抱き着いてきて。


「ナクト師匠っ……この、不肖の弟子レナリアに……お任せくださいっ♥」

「わたくし、全力で、ご奉仕いたしますわ……ナクト様っ♥」

「にゃん、にゃん……ナクト、さん……エクリシア……がんばり、ますっ♥」


(―――あ、これはヤバイ。ヤバイやつだ)


《神々の死境》を出てから――いや、《神々の死境》にいた時でさえ、これほどの苦戦を強いられた事はない。

 今この瞬間が、ナクトにとって――そう。


「さ、三人とも! いい加減、落ち着くん―――ぐわっ」


〝最強全裸〟ナクトにとってさえ、最大の戦いだった――

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