13 小雀、観念する


『小雀さんは、今までどんな恋愛をされてきたんですか?』


 このところ、やたらとそんな質問をされることが多くなった。

 年齢のせいなのか、あふれ出すモテ女オーラのせいかはわからないが、取材を受ける度そんな話題が出てくる。

 私にとっての恋と言えば小遊三師匠なのだが、それを言うと「真面目にやってください」と怒られるので、渋々二番目に好きになった藤先生の話を良くする。とはいえ、先輩の乳首の色が何色だったかについては、今も心に秘めたままだが。


「おい小雀、お前ファッション誌の取材なんて受けたんだな」


 師匠からそんな指摘をされたのは、彼が出演するテレビ番組の収録のため、某テレビ局におもむいていた時のことである。

 どうやら楽屋に、私がインタビューを受けた雑誌が置かれていたらしい。


「お前、こう見るとべっぴんだなぁ」

「褒めても、私のおっぱいは触らせませんよ」

「お前はほんとうに残念だな……。喋らなければこんなに可愛いのになぁ」


 私を煽っているのか、心の底から残念がっているのか分からない声で、師匠が何やらブツブツ溢している。


「まあ私も、花の27歳ですからね!」

「もう、お前がうちにきてから十年か」

「立派になったでしょう」

「なってなかったら困るし、正直予想よりは立派じゃねぇな」

「えー、めっちゃお金稼いでるじゃ無いですか」

「そういうところだぞ、駄目なところは」


 すぐ金の話をするんじゃねぇと怒られたが、お金は大事である。だって先立つものが無ければ、人間は暮らしていけないのだ。


「やっぱり、金より愛だよ愛」

「じじいが愛とか何言ってるんですか」

「お前こそ、師匠を指さしてじじいとか言ってんじゃねぇよ」

「だって柄にも無いこと言うから」

「俺が言わねぇと、お前がそういうこと忘れそうだから言ったんだよ。俺も最近聞かれるんだよ、お前の色恋沙汰について色々と」


 鼻を鳴らし、師匠が雑誌をペラペラとめくる音がする。

 紙がこすれる心地よい音に眠気を誘われ、そのままうつらうつらしていると、ページをめくる音が不意に止まった。


「小雀よぉ」

「何ですか?」

「……やっぱりお前、藤のことまだ好きなんじゃねぇか」


 投げかけられた質問に、私は師匠が読んでいる雑誌でも、恋について聞かれたことを思い出す。


「もう十年だし、そろそろ忘れちゃどうだ」

「もう十年って、それを言ったら師匠と奥さんは四十年も連れ添ってるじゃないですか」

「俺たちは結婚してんだから当たり前だろう。でも藤の野郎、お前の初天神も聞きに来なかったじゃねぇか」

「なんだ、師匠も藤先生のこと結構覚えてるんじゃ無いですか」


 この前は忘れたようなこと言っていた癖に、アレは何か、私から引き出した言葉があったからかもしれない。


「見えてねぇから自覚無いと思うが、お前最近すげぇ綺麗になってんだよ」

「師匠に褒められると、なんか怖い」

「良いからちょっとは真面目に聞け!」


 そこに正座しろといわれ、渋々と座り直す。


「お前に手を出そうってガキも増えたし、ファンの中にもちょっと危ない奴がいたりするんだよ」

「でも私、そういうお誘い無いですよ」

「やばい奴が寄らないように、五月蠅いハエは追っ払ってんだよ。お前を案じてる奴も多いから、みんなで牽制してんだよこうみえて」

「それは、なんというか……さすがに申し訳ない気持ちになってきました」

「だからもうちょい気をつけて欲しいし、いつまでも一人でフラフラしないで、頼れる男の一人でも見つけて欲しいいんだよじじいとしては」


 確かに、事情を知れば、小言の一つも言いたくなる気持ちは分かる。


「必要なら、合コンでも見合いでもセッティングしてやるから」

「師匠が設定すると、平均年齢高そうですね」

「ちゃんと若いのに頼むよそこは」

「生田斗真似のイケメン、集められますかね」

「それは、ちょっと、わからんけども」

「じゃあ小栗旬は?」

「お前結構無茶ぶるな」

「だって私綺麗なんでしょう? だったら高望みしたいじゃないですか」

「でも小栗旬はなぁ」

「あ、小遊三師匠でも良いです」

「あいつは駄目だ。本気で参加するっていいだすから絶対駄目だ」

「なら小栗旬。小栗旬が来るなら、考えても良いです」


 そういうと、師匠が少しほっとしたように息をこぼし、頭を掻く音が聞こえた。


「じゃあ、藤のことは忘れるな?」


 それとコレとは話が別だといいかけて、私は口をつぐんだ。


 小栗旬と付き合ってもきっと私は藤先生のことは忘れられない確信があったが、それも言えなかった。

 本当は合コンもお見合いもしたくなかったけど、恋愛事に疎い師匠がここまで言うくらいだから、きっと私は知らないところで人様に迷惑をかけているのだろう。

 だとしたら、嫌だ嫌だと駄々をこねるわけにはいかない。

 それくらいの常識は、私にもあるのである。

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