06 小雀、人間国宝と御曹司について語る


「今日もきてたぞ、あのイケメン」


 帰り際、タクシーの中で師匠がぽつりとつぶやいた。


「なんとかフジオカですね」

「あー、言われてみると似てるな。でもあれだ、あいつに似てる」

「あいつ?」

「大昔うちに出入りしてた学生がいたろ。お前も世話になった」

「ああ、藤先生ですね。あれですか、フジって付く人はみんな顔が似るんですかね」

「あいつもいい男だったなぁ。来る日はいつも、かみさんがはしゃいでた」

「それで嫉妬したんですか?」

「してねぇよ。むしろお前よりあいつを弟子にしたかったよ俺は」


 しみじみと言われると、正直少し複雑な気分である。


「でもまあ、あいつは顔が良すぎたよなぁ、何度か高座に上がってたけど、男の客がさ、少し引いちゃうんだよな」

「逆に女性客がきゃーってなるんですよね」

「そうなんだよ、寄席の雰囲気があっという間にアイドルのコンサート会場になっちまうんだよ。その中で喋るのはやりづらそうだったなぁ」


 だがそれでも、話しはじめると客は皆、彼の語りに引き込まれていたのを覚えている。


「そういえばあいつ、なんで来なくなったか知ってるか」

「家業を継いだんですよ。あれですよ、藤先生、財閥の御曹司だったんですよ」

「財閥の御曹司って、なんか現実味がねぇ言葉だよな」

「その台詞、人間国宝が言うとめっちゃ面白いですね」

「人間国宝のほうがまだ現実味があるだろう」

「まあそうですね。御曹司と違って、国宝の方が会おうと思ったら会えますしね」

「会いたいって、思った事あるのか」


 師匠の説明に一瞬返事を迷ったが、結局私は頷いた。


「まあ昔は思った事もありました。好きだったんです、イケメンだったし」

「ああ……イケメンだったな」

「でも藤先生は、人間国宝の師匠以上に遠い存在だったんですよね」

「だから、諦めたって事か?」

「諦めたって言うか、凄すぎてちょっと引いた感じです。だってあれですよ、実家が金持ちすぎて、韓国ドラマ並みにドロドロで悲惨な生い立ちと人生送ってたような人ですよ」

「人様の生い立ちをドラマに例えるなよ……」

「だって、そう言いたくなるほどすごかったんですもん」

「お前、あいつが今何やってるかは知ってるのか?」

「父親の会社を継いで、お金稼ぎまくってるっぽいですよ。師匠以上にテレビとか出てましたよ、イケメンですし」

「一応、情報は仕入れてるんだな」

「先生が急に消えて、まあ私も色々心配したので、あれこれ調べたんでですよ」

「まさかとは思うがお前、ストーカーしてたんじゃ……」

「藤先生のことはつけ回してないですよ。姿を消して以来会えずじまいでしたし」


 でも藤先生の友人には会えたので、彼を大学まで尾行し、最後は泣き落としで情報を吐かせたのである。


「お前の執念がちょっと怖いぞ俺は」

「だって、好きだったんですもん」

「好きだとしても、普通そこまでしねぇよ」

「私は、愛情深い人間なんです」

「じゃあ今も好きか?」


 質問に、私は小さく笑って、首を横に振った。


「いえ、今は生田斗真一筋です」

「そうか」

「あ、でも、小栗旬も良いな」

「全然一筋じゃねぇな」

「あと小遊三師匠もまだ好きです」


 私の言葉に呆れたのか、師匠はそれ以上追及しなかった。

 それにほっとして、私は見えもしないくせに、タクシーの窓へと顔を向けた。

 たぶん私はまだ、藤先生とのことを惨めったらしく引きずっている。けれどそれを悟られるのは何となく気まずかったので、私は先生のことを頭から追い出し、小遊三師匠のニヤリ顔を思い浮かべたのだった。

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