第38話 私は自分が好きだ
目の前には卒業という文字が嫌というほどちらつくのは2月になったからだろうか。窓の外には乾いた風がひょうひょうと吹いている。
3月には卒業式がある。あれほど引きこもっていた私が卒業論文を提出できたことは奇跡に近かったし、もうすぐ卒業、ということを期に、南と仲直りできたことも奇跡かもしれない。卒業後のことに焦らないでもないが、今はただ、無事卒業できそうなことが嬉しかった。
私は、ショートカットになってから、おしゃれな喫茶店でバイトをして、そのお金でエステや英会話に行ったり、複数のサークルを掛け持ちした。お笑いサークルにも久々に顔を出すようになっていた。順調に生活が回っている。私にはたくさんの好きなところがある。私は自分を好きでいれている、そう思えているはずだ。
けれども、箕輪にあの返事をできていないのはなぜだろう。お腹の奥にすき間風が入るのはなぜだろう、急にそう不安になることがある。
不安感に押しつぶされそうになって鏡の前に立った。鏡を見れば、たくさんの好きなところが見つかると思ったからだ。
「きれいな肌」「サラサラの髪」「細い腰」…私はたくさんの「好きなところ」で出来ている。鏡に映らないところにだって、「英会話ができる」「人と笑顔で話せる」「努力できる」…私にはたくさんの「好きなところ」がある、はずだ。
鏡の前に立つのをやめて、ベッドに寝転んだ。
私は自分を好きだ。天井を見て、何度もそれを繰り返す。私は自分の「好きなところ」がいくつもある。私は私を好きなんだ。
「きれいな肌」「サラサラの髪」「細い腰」「英会話ができる」「人と笑顔で話せる」「努力できる」…
それなのに、私はなんでこんなに切なくて、悲しくて、腹が減っているんだろう。私は、自分が自分であることを確認するために、何度も、自分の「好きなところ」を繰り返している。
もっとスケジュールを詰めれば、もっと努力をすれば、もっと好きなところを増やせば、この空腹感からは逃れられるのかもしれない。自分を好きになるということは、前とは違って、今ではこんなにすぐそばにあるのだから、大丈夫だ。
「きれいな肌」「サラサラの髪」「細い腰」「英会話ができる」「人と笑顔で話せる」「努力できる」…
全部、自分の大好きなところだ。このショートカットだって、このワンピースも、できるようになったことも、全部本心から自分の好きなところだ。そうだ、これからもっともっと好きなところを増やせばいいのだ。
それは分かっているはずなのに、それなのに、何でこんなに苦しいのか、私には分からなかった。
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