第11話 クロワッサン

 約束の11時に、大学の図書館の1階にある談話スペースに行くと、商品開発学のグループのうち女子2人が来ていた。


「ああ、芽吹子、おはよう。」

「おはよう。」

「それでさ、彼氏がさ…」

 パソコンの電源を入れる。マネジメント基礎の授業プリントPDFを開く。来週提出の課題をしなければ、私は忙しいから今、課題をしなければ、そう自分に言い聞かせてキーボードを打つ。


「芽吹子は彼氏とかおらんの?」

「たしかに!たしかに!」

 さっきまで話していた2人が長いまつげの間からこっちをじっと見つめている。


「え、私は最近はあんまりそういうのないかな。」

 私がそういうと、2人は申し訳なさそうな顔をした。

「でも、芽吹子はなんていうか、包容力あるし、そういうの好きな男子いそう!」

「うん、なんていうかお母さんって感じ!」

「母性本能すごそうっていうか。」

「すごそうって!ちょっと!」

 2人はひとしきり笑ったあと、また最近行ったデートの話をしていた。


 それから男子3人が来た。企画した商品のプロモーションをグループで考えるのが課題だったが、気が付くと大学の真ん中に立っている木の下で動画撮影が始まっていた。

「このアングルからよくない?」

「ちょっと俊、優香に近すぎ!」

「もー、あ、めぶもこっちおいで!」

 後ろを向いて一列に並んで空を見上げる。つまらない。太陽の眩しさに目をつぶると曽田の顔が浮かんだ。



「じゃあ、これで大学でのカットは終りね。」

「なんか、海でのシーンとかよくない?」

「たしかに!海行きたーい!」

「実は俺、今日車で来てるんだよね。」

「ごめん、私今日午後約束あるんだよね。」

「そっか、じゃあ、残念だけどめぶ以外のメンバーでシーン撮ってくるね。」

「えー、残念。めぶも行けるときにする?」

「ううん、今日は天気もいいし、申し訳ないけどみんなで行ってきてくれる?」

「わかった!」

「じゃあ、すぐ出る?」


 サンドイッチをかじる私の頭に、荷物を抱えて駐車場に走って行ったあの人たちの後ろ姿が何度も何度も再生されていた。

 私の目の前には二重あごでむくみきった顔の私がいる。その向こうには3限へと急ぐ人の群れが見えた。昼休みの終わるこの時間には、大学構内のカフェにも人はまばらだ。外の見えるカウンター席の前にはカレーパンとクリームデニッシュと水滴の浮き出たカフェラテ、持ち帰り用だと告げたドーナツとクロワッサン、ハンバーガーの入った紙袋が並んでいた。


 エビカツサンドは口の中で咀嚼され、体の中に消えていった。次の一口も次の一口も消えていく。

 紙袋からクロワッサンをつかんだ。一口かじると、中は空洞だった。


 あの人たちはいい人だよ。ちゃんと話したらきっと面白いよ。勇気を出して混ぜてもらえばよかったのに。


 ガラスに映った自分と目が合った。だけど体中に薄い膜のようなものが絡みついて離れない、あの感覚を思い出す。私は変われない、そう思うとクロワッサンが少ししょっぱくなった。

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