第6話 国王と王子

 コホン……。


 俺の傍で咳払いする音が聞こえた。ルノアール女史に気を取られて気づかなかったのだが、そこには学生の正装をした若い男性が立っていた。王家の末っ子、オーガスト・サロメルデ王子だった。


「あら殿下。失礼しました」


 全く、王子の車両に同席していたとは思えない奔放な態度に驚いてしまう。これがアルス・フィア随一の天才科学者なのだから恐れ入る。


「葵・クルーガー大尉。王都メイディアへようこそ。堅苦しい挨拶は無しでお願いします」


 そう言って右手を差し出してくる。俺はその右手を握る。


「それと、今日からしばらくは王宮に滞在して下さい。王命で部屋は用意されております」

「私と相部屋よ」


 ブッ!

 王子の目の前で噴き出してしまった。


「ルノアール卿。冗談もほどほどに願います」

「失礼しました。ウソです」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべたマルスリーヌは悪びれる様子もない。

 

「さあ、早速王宮へ参りましょう。国王陛下がお待ちです」

「ありがとうございます。殿下」


 俺は王子と共に王族専用のリムジンに乗る。マルスリーヌは詞に用事があると言ってその場に残った。


 約15分後、リムジンは裏門から王宮へと入っていく。そして、王子の私室へと案内された。そこには何と、私服の国王がくつろいでいた。


 俺は咄嗟に跪いて最敬礼の姿勢を取る。


「堅苦しい挨拶は無しだ。そこに座りなさい」


 俺は国王の向いのソファーへと座った。王子は俺の隣へと腰かけた。


「久しぶりだな。葵・クルーガー大尉。元気にしておったか?」

「はい」

「暇だったであろう。あそこは少々暑いが、食べ物は旨いと聞く」

「そうでございます。特に果物類は甘みが強く大変美味でございました」

「うむ。それでは食したのか?」

と申しますと??」

「メイルの大サソリだ」


 それだったか。

 あの地方はサソリやクモ、ムカデ、昆虫類を食用とする風習がある。


 特に、メイル砦周辺で採集される大サソリは体長が数十センチもある個体が多く、大変美味であり、また、滋養強壮にも効果がある妙薬としても知られていた。


 俺は最初、詞に騙されて何気に口に入れた事があった。大きなハサミの部分を煮た料理で見た目はまるでロブスターのようだった。俺はエビの一種だと思ったし、味も食感もエビとよく似ていたのだが、正体が大サソリと聞き戻しそうになった経験がある。詞はどうやら強壮作用を期待していたらしいが、俺にとっては逆効果だった。


「それは思い出したくない経験でございます」

「おや。空軍のエースはサソリも食えぬ意気地無しとな」

「父上、そのようなお言葉は大尉に対して失礼です」


 国王が俺をからかっている。こんな程度で腹を立てたりするはずはなく、逆に親しくしてもらっているという満足感の方が強い。しかし、年若い王子は俺の事を本気で気遣ってくれていた。


「ははは。冗談だ冗談。余はな。あの大サソリを重宝しておってな。週に一度は食しておるのだ。おかげでこの年になっても夜は強いのだぞ。ははははは」

「承知しております」

「はははは。うむ。ところでアレの出来はどうかな?」

「アレと申しますと、新型の実験機でございますか?」


 俺が乗っていたアルガム・アレスの改造機。

 これは新型アドヴァンサー開発のための実験機でもあった。我が国のアドヴァンサー、アルガムシリーズはいわゆる第四世代機であり、新型の第五世代機を有する隣国との戦力格差はただならぬものがあった。その格差を埋めるべく次世代機の開発作業が進められていたのだが、それに俺も一枚噛んでいたという訳だ。


「速度、および戦闘機動においては帝国の第五世代機を凌駕する性能を発揮しております。防御力と火力に関しては私の担当ではありませんので何とも言えませんが、それが帝国機と同等であるならば……」

「総合力では上回るのだな」

「はい」


 国王は静かに頷く。

 アルガム改(クルーガー)とアルガム改二(ゼファー)の実験結果から導き出される答えはそれだ。後は、詞の言っていた新型の防御システムがいつ実装されるかであろう。


 俺と国王の話を目を輝かせて聞いていたのはオーガスト王子だった。


「父上、私からもよろしいでしょうか」

「何だ。言ってみろ」

「はい。あの、クルーガー大尉。一つお願いがあるのですが、その、実験機を拝見させていただけないでしょうか」


 俺は咄嗟に国王を見た。


「こいつは将来アドヴァンサーの技術者になりたいのだそうだ。もうすでに王立大の工学科へ進学しておるしな」


 オーガスト王子が優秀だとは知っていたが、もう飛び級をして大学に通っていたとは知らなかった。


「お願いします。クルーガー大尉」

「わかりました。では明朝、兵器工廠へご一緒しましょう」

「ありがとうございます!」


 俺の右手を両手でしっかりと握るオーガスト王子だった。彼は目に涙を浮かべ喜んでいた。

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