第4話 タイマー


「へんしーん」


 左右の安全確認をしてから公道に出て俺は変身した。


 この前からベスパに乗りながら変身するようになった俺なんだが、お気付きだろうか諸君?そうとも、俺は公然と公道に出ている。


 そうだ、たった3回受験するだけで憧れの原付免許が取れたのだ。


 自慢たらしくなるからあまり言いたくは無いんだが、あの超難関試験をわずか3回で合格だ。凄いだろう。


 免許を取った以上、この前のように駅前広場を走りながら変身したりしないぞ。フルフェイスのヘルメットを被って法定速度を守り、公道を走って変身だ。


「なにをごちゃごちゃ言ってるんだい、坊や」


 今回、悪の秘密結社「優しくしてね」が送り込んで来た怪人は、割烹着かっぽうぎを着て右手に菜箸、左手にお玉を持っている。


 あれで突つかれたり叩かれたりしたら痛そうだが、でも大丈夫だ。戦うときはヘルメットが俺の防御力をアップしてくれる。


「カップうどんを作るときはごちゃごちゃ言わずに真剣に作りなさい、坊や」


 あ、はい、すんません…いや、そんなに真剣に作らなくても出来上がるぞ。


 俺は戦い終わった後に食べるつもりのカップうどんの内側の線まで慎重にお湯を入れて、そっと蓋を閉じ、お箸を重し替わりに載せた。


 さあ、変身だ。俺はヘルメットをかぶりベスパを停めてある駅前駐輪場に行こうとした。その時…


「お待ちなさい、お湯入れ5分よ。キッチンタイマーで正確に計りなさい、坊や」


 そう言うと怪人はキッチンタイマーを俺に投げて寄越よこした。


「お、おお…これはすまない」


 ピッ、俺は5分に設定したキッチンタイマーをスタートさせてカップうどんの横に置いた。5分以上経っても美味しく食べられるが、5分未満だと美味しく無いかも知れない。そう考えると5分を計るのは必要だ。


 チッ チッ チッ チッ チッ


「はっ、こ、これは」


 俺は驚愕した。キッチンタイマーと見せかけた爆弾を作るとは、悪の秘密結社「優しくしてね」恐るべし。


 ここは天下の駅前広場、爆心地に穴があいたら役所から高額な補修費用を請求される。


 俺はキッチンタイマーを持ち、駐輪場からベスパを出し、左右の安全確認をしてから公道に出て変身した。


「どこ行くの、坊や~」


 怪人の叫ぶ声が聞こえたが、相手をしている暇は無い。


 俺が変身していられる時間は5分。キッチンタイマーの残り時間は4分。

 つまり爆発するとき、俺は変身中だ。タイマーを遠くに放り投げたらきっと爆風にも耐えられるし大丈夫だ。


 ウー ウー 


 後方からパトカーが近付いてきた。こういう時は端に寄って進路を譲るんだ、免許を持っているから知っているぞ。


 俺は路肩にベスパを止めてパトカーをやり過ごそうとした。が、しかし、パトカーは俺の前に進路を塞ぐように止まり、お巡りさんが降りてきた。


「何事ですか?お巡りさん」


「君には窃盗の容疑がかかっている。割烹着姿のおばちゃんからキッチンタイマーを奪ってバイクで逃走したと善良な市民から通報があった」


 通報からパトカー到着まで早すぎないか?いや、今はそんな事を考えてる暇は無い。


「違いますよっ、これは爆弾です!」


 お巡りさんは俺からキッチンタイマーを取り上げると電池を外した。キッチンタイマーは停止した。


「こんな小さな爆弾が有るわけ無いだろう来たまえ」


 俺は今回もパトカーの後部座席に乗せられて事情聴取を受けることになった。


 その時だ。


 コンコンと窓をノックする音がした。割烹着姿の怪人だ。


「そのキッチンタイマーは坊やにあげたのよ。勘違いした人が通報したみたいだけど、盗んだわけじゃないわよね?坊や」


 な、なんだこの怪人は。俺は悪の秘密結社「優しくしてね」の怪人に優しくしてもらってばかりだ。くそお。俺の自尊心を傷付けてメンタルを壊す作戦なのか?


 その時、ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえた。


 遠くから軽トラがゆっくりと近づいてきてパトカーの前で止まった。


 車の中から全身黒タイツ姿の人型ひとがたが早く早くと怪人を手招きしている。


「じゃあまたね、坊や」


 怪人は荷台に乗って去っていった。人ではなく怪人だから道交法は適用されず、お巡りさんは何もしない。


 とぼとぼとカップうどんのある場所に戻るとお湯を入れたカップうどんは無くなって、変わりに新しい未開封のカップうどんが置かれていた。メモ書きと共に。


「5分以上経っておうどんが伸びるから私がいただきました。変わりに新しいの置いとくね、坊や」


 引き分けとはいえ戦いが終わってカップうどんを食べないわけにはいかない。俺はたちばなのおやっさんのスナックでカップうどんを開封してお湯を注ぎタイマーをセットしてつぶやいた。


「怪人の奴め…」



 俺は今でもおやっさんのスナックであの怪人に貰ったタイマーをセットすると、あの時の事を思い出して暖かい気分になることがある。田舎に居る母親に久々に会ったような感覚。


 でも今度会ったときにはキツく言わなければならないことが有る。


 カップうどんは10分経っても美味いんだということを。


 そしてその時は「一緒に10分経ったカップうどんを食べよう」と言うつもりだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る