第30日-1〈輝石の家〉

 養護施設〈輝石の家〉は、一見すると山の斜面に建築された学校だ。白い四角い箱に、校庭のような広場。建物の入口は観音開きのガラスの扉が二つ並べられていて、その奥は下駄箱。なんと珍しく、ここは土足禁止らしい。集団生活で掃除が大変になるからということらしいが、慣れないスリッパが落ち着かない。


「しかし驚きました。まさかアスタがオーパーツに、ねぇ」


 俺たちを案内しながらそう話すのは、ダグザと名乗った俺と同じくらいの年齢の眼鏡の男。ここの職員らしい。細っこくてひょろ長い身体を自信なさげに丸めて、俺とレインリットさんのほうを振り返る。


〈輝石の家〉が怪しいと睨んだ俺たち。ではどうやって調べようか、という問題に行き当たった俺たちは、一芝居打つことにした。

 設定としてはこうだ。オーパーツに関わる事件に巻き込まれ、保護していたアスタ少年が行方不明になった。手掛かりが一向にないため、彼がいた孤児院に一縷の望みを掛けて話を聴きに来た、というもの。アスタがカミロに会うために脱走したのを、まだ帰ってきていないことにしてそのまま利用したってわけだ。

 このお芝居に当たり、レインリットさんには極秘事項を除いたすべてを話して協力してもらうことにした。俺一人で行くには支障があったし、アスタの面倒を見ていた少年課の警察官がいれば説得力が出るしな。

 そうして俺は、レインリットさんと一緒にこの養護施設を訪れたってわけだ。


「昔っから素直な良い子で、ここを家出したときはまあ驚いたものですが……まさかそんなものにまで関わってしまうようになるとは」

「いやあ、そっちはたまたま巻き込まれただけですよ。悪さをしたわけじゃありません」


 それならいいんですが、とダグザさんはインテリ特有の動作で眼鏡を持ち上げる。


「捜索依頼は出さなかったのですね」

「初等教育は終わらせていましたから。黙って出ていったとはいえ、独り立ちしたようなものかと思っていました」


 ようするにこれ、脱走者のことはどうでも良かったって受け取れるんだが……まあ、突っ込んでは訊けないなぁ。


 通された応接室は、合皮ソファーとローテーブル、そして造花の観葉植物があるだけの簡素な部屋だった。たいした調度品がないのに、如何にも学校にありそうなお堅い印象を持つのは、ここがそういう場所だからだろうか。


「それで、話を伺いたいとのことですが」


 若干面倒臭そうな雰囲気を醸し出したダグザさんが切り出した。俺はここで気配を殺し、代わりにレインリットさんが身を乗り出した。


「ええ。この施設での生活実態を、職員の方からお話しいただきたいと思いまして」

「なんか怖いですね。うちは普通の養護施設ですよ?」

「形式的なものです。書類作成に必要なもので。どうぞ気楽になさってください」


 それから、レインリットさんによって、訥々と質問がされていく。横で聞いている分には、何の変哲もない生活のようだった。

 だが、アスタの言う〝特別授業〟の話は出てこない。本当に誇れるようなものなら、自慢げに語ったっていいのにな。それをしないってことは……後ろめたい何かがあるってことだ。


「ありがとうございました。それから、一応施設内を見せていただきたいのですが、よろしいですか?」

「はぁ……」


 レインリットさんのお願いに、ダグザさんは嫌そうな顔をした。ここでちょっと俺が矢面に立つ。


「すみませんね。でも、何かちょっとでも手掛かりが欲しいんです。知らないうちに、この施設の誰かがアスタくんに接触しているかもしれないですし」


 まあ、ないけどな。アスタはここを飛び出してから、戻ってきていないって言っていたし。


「……分かりました。しかし、自由に歩き回られても困りますので、私も同行させていただきます」


 レインリットさんに目配せをする。面倒ではあるが、想定内だった。こういうときの為に、レインリットさんにわざわざ付いてきてもらったのだ。


 ダグザの案内を受けて、施設内を回る。レインリットさんは暇があれば、ダグザにいろいろと話しかけた。対して俺は、いつものお喋りはお休み。きょろきょろと周囲を見回して落ち着きのない様子を見せつつも、相手の意識がレインリットさんばかりに向かうように仕向ける。

 そして、人目が少なく、障害物が多いところでタイミングを見計らってフェードアウトした。

 アスタから聞いた話を思い出しながら、外に出られる場所を探す。建物と建物を繋ぐ渡り廊下があったのでそこに出た――のは良いが、困った。俺は今、ブーツを預けてスリッパなんだよな。


「グラハムさん」


 声を潜めた呼びかけに辺りを見回すと、近くの木の陰にアスタがいた。

 実は、ここに来たのは、俺とレインリットさんだけじゃない。こっそりとアスタも連れてきていた。ここまで来るのに使った車(注:社用車)の後部座席に乗せて。

 でも、じゃあなんで気付かれなかったのかというと――。

 アスタは小走りに傍によると、俺の前に何かを置いた。俺のブーツ――《ムーンウォーク》だ。


「気が利くねぇ」


 いそいそと、でも急ぎながらブーツを履く。準備が終わると、アスタはパーカーの袖口をぐっと押さえてオーパーツを起動させた。

 そう、アスタがここの職員に見つからなかったのは、このパーカー型のオーパーツのお陰だ。《カメレオン》――周囲の景色と同化して姿を消せるオーパーツ。もともと、アスタがカミロからもらったオーパーツだ。〈クリスタレス〉だったのをアーシュラが改造して、オープライトを嵌めこめるようにした。まさにスパイ活動にうってつけなこれをラキ局長は気に入って、一応手続きを終えたうえで、アーシュラたちに改造を依頼していたのだ。

 そして、リュウライに与えられようとしていたところを、今回無理を言って貸してもらった。アスタはもともとこれを持っていたわけだから、細かく操作方法を指示しなくていいし。……まあ、O監捜査官の監督の下とはいえ、一般人にオーパーツを貸し与えるのはどうかと思わなくもないけれども。

 ……俺もだんだんと特捜のやり方に染まってきたな。

 アスタの姿が見えなくなると、早速、特別授業が行われたという坑道へ向かう。この渡り廊下は山の斜面に面していて、少し離れた茂みの向こうに山肌が見えた。一度その傍まで寄って、斜面を回るようにしてちょっと歩く。


「うわぉ、ホントにこんなものがあるんだ」


 山の斜面にぽっかりと穴が空いている。洞窟だ。子どもだったら間違いなく冒険心をくすぐられる。

 中に入って、レーダーを付ける。灰色の四角いそれは、従来からある、O監のオープライト用のレーダーだ。

 入口は……反応なし。まあ、そうだろうな。慎重に奥に向かう。

 坑道は、電灯なんかは設置していないようで、奥のほうでは闇が滞っていた。隠し持っていた小型の懐中電灯を取り出して点ける。荒く削られた壁が見えた。これを、子どもがやったのか? さすがに信じることができない。


「洞窟自体は、たぶん前から掘ってあったんだと思う」


 俺の疑問を察したのか、アスタが教えてくれた。


「俺たちは、洞窟の壁を削って石を掘り出してたんだ」

「なるほどな」

「あと、大人の職員もよくここに入ってたから……授業のとき以外も掘り出してたんだと思う」


 懐中電灯の明かりで洞窟の壁の凹凸が強調された坑道の中。普通、オーパーツっていうのは遺跡の建物の中から発見されるらしいが、その一方で、オープライトは地中から――それこそ鉱石のように発掘されるらしい。奇妙な話だと思う。オーパーツが建物の中から出てくるのなら、オープライトだってそれでもいいだろうに。まるで、元々そこに存在していたかのように埋まっているなんて、一体どういうことなんだか。


「今にしてみると、変だよな。ここにいるときはそれが当たり前で、なんとも思わなかったけど」


 ふと、アスタが自嘲した。街暮らしが長かったからだろうか。洞窟に潜るという非日常が、アスタの中で形作られた常識に触れたらしい。


「でも、それが変だと思ったから、飛び出したんじゃないのか?」


 こいつは、あのペッシェで子どもたちを纏め、まっとうに暮らしてきただけあって、ずいぶんと賢い。きっとその思慮深さと勘の良さがここを脱走するという選択を与えたんだろう。ここに居たら、今後どうなっていたか分からない。もしかしたら、リュウくんが今行ってる工場とかで良いように使われていた可能性もあるわけだ。


「……うん、まあそうだな」


 そのままどんどん奥に進んでいく。だんだん道の上に小石が多くなって、じゃりじゃりと足音が響いていた。こういう小さい屑石は運び出されていないんだな。まあ、手間だし分かるけど。

 と、手の中のレーダーのランプが緑から赤に色を変えた。


「……あるな。オープライト」


 点滅を繰り返すそれを、妙に落ち着いた気分で眺めた。カミロのあの数字がオープライトの数である可能性がぐっと高まったわけだ。

 本当は証拠に一個くらい掘り出していきたかったが、窃盗になりかねないので、確認できたことに満足して引き返すことにした。

 素早く渡り廊下まで戻って、スリッパに履き替える。それから迷子になった振りをして、ダグザやレインリットさんと合流した。

 当然といえば当然だが、ダグザはすごーく嫌そうな顔をしていた。


「勝手をされては困りますっ!」

「すんません。ちょっと別のもんに気を取られている間にはぐれちゃって」


 すぐに気を散らす落ち着きのない人間に見せかけるために、これみよがしにきょろきょろしていたんだ。ダグザは、こんな奴がエリートなのか、と胡乱な目で見ていたが、俺が目的があってそうしたんじゃないかとまでは思っていないらしい。


「いったい何に気を取られていたんですか」

「うーん、子どもの工作だったんですかね? よくできたロボットがあって」


 演技と分かっているだろうに、レインリットさんは呆れ顔をした。

 因みに、よくできたロボットがあったのは本当だ。じゃないと、すぐに嘘だとばれるからな。気にはなったんだけど、急がなきゃならんかったし、残念なことにじっくりと眺めることはできなかったなぁ。

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