第18日-3 困った後輩
「大学院生……」
ぼんやりと局長の言葉を繰り返す。そういえば、リュウライがそんなこと言ってたっけか。在学中の学生を引き抜いたっていうO研の特別研究員。そのときは何も思わなかったが、今思い返してみると……
「なんつーか、そういうことって、あるんですか?」
インターンに近いものかなとは思うが、発見から十五年に至っても、オーパーツは一般人使用禁止扱いだ。なのに、そんな積極的に市民に触らせるようなやり方、普通しないと思うんだけど。
「当時、まだ研究者が少なかったからな。優秀な人材をできるだけ集めたかったのだろう」
「へぇ、大陸から呼び寄せる、じゃないんですね」
「何人かは招いたが……なにぶん金が掛かるからな。学生を育てたほうが良いと考えたんだろう」
すでに就職した研究者は、生活基盤を確立させている。家庭を持っている可能性だってあるのだ。それを一度崩させて、この地で成立させるのは、どうしても負担が大きくなってしまう。
その点、学生は学校生活が期限付きのものであるから、家もまだ仮住まいに過ぎずフットワークが軽い。引っ張り込むにはそちらのほうが楽……ってことらしい。
最も、問題となった事故とマーティアス・ロッシの乱心の所為で、その施策は廃止されたようだが。
ふと隣に意識を向ける。なんだかリュウライの様子がおかしいな。心ここにあらずって感じ。
「……話が逸れたな。
とにかく、カミロとサルブレアだ。人体実験をしていることから、犠牲者が出ることが予想される。その前に、早急に突き止める必要があるだろう」
「了解です。無駄骨になる気はしますが、オーラス社を訪ねてみます」
リュウライは? って声を掛けてみたが、反応がない。試しに肩を掴んでみたが、何も起こらなかった。いつもなら腕捻り上げられていてもおかしくないっていうのに。
「リュウ?」
「あ、はい。僕は……」
呆けていたリュウライの眉根がぎゅっと寄る。頭の中から言葉を絞り出そうとしているみたいだ。
「サルブレアの建物内部に忍び込んでみようかと思っていまして。実は、その許可をいただきに来ました」
「忍び込むって……」
心配しているところに聞き捨てならない台詞が飛び込んで、俺の思考がトんだんですが。
「状況を考えると、多少強引な手段もやむを得ないか……。良いだろう」
「ちょ、ちょーっと待ったぁ!」
いやいや『良いだろう』じゃないよね!? あっさり許可しちゃったけどさぁ、局長!
「一応言わせてもらいますけどね? 駄目でしょう、それ! 入った奴が危ないし、バレたときO監が危ういし、なにか見っけても正式な証拠にはならないし! リスクが大きすぎますよ!」
横で、なんでこんなに騒いでるんだろう、って顔でリュウライとミツルが見ていますけれども! 感覚バグってんだな、こいつら!
「だが、確証は得られる。現在、あらゆる仮説ばかりが宙に浮いている状態だ。これをどうにかしなければ、我々は前に進むことができない。実際、手詰まりに近いだろう」
「でも――」
「君の掴んだカミロという男の存在も、まだ具体的なことは何もわかってはいない」
あ、ヤバい。図星突かれた。胸を押さえ、ぐらりとよろめく。心の中でのことだけど。
「そちらを突き止めるのは良い。それは君に任せる。だが、先程も言ったように、あまり猶予はない状況だ。こちらはこちらでやらせてもらう」
リュウライが、ミツルが、こちらを見つめる。意思は固そうだ。こっちが折れるしかなさそうだ。
「……分かりました」
リュウライがほっとした様子を見せる。しかーし、これで終わったと思うなよ。
「だったら、そのとき俺も行きます」
「えっ、グラハムさんも!?」
「……違法だぞ?」
眉を顰めて局長は言った。まあ、俺にしちゃあ珍しい発言だから無理もないだろう。
「そうですね。でも、俺だって情報が欲しいのは変わりません」
かといって、リュウライが持ってくるのを、ただ口を開けて待っているってのも性に合わないしな。見逃すしかないっていうんだったら、こっちも腹括らにゃならんでしょう。
主に、リュウくんの暴走を防ぐためだけど。
「でも、今晩にもってわけじゃないんですよね?」
「……そうですね。さすがに今すぐには難しいです」
やれと言われりゃやりますけど、って顔してるがな。できないって言わない辺りがもう無茶無謀で目が離せん。
「だったら、それまでの間に俺がカミロの正体を掴んだら――中止してもらう」
またもやぎょっとして、リュウライとミツルがこちらを見た。何か言いたそうなのを無視して、面白がっている局長を見る。
「確証が得られれば、その必要もない。違いますか?」
「……ふん。素直に言えばいいものを」
はいはい。全てはリュウライを危ない目に遭わせないためですとも。お見通しですか、そうですか。だからって本当に素直に言ったら、お隣が騒がしいんですけどねぇ。
「良いだろう。その条件、飲もうじゃないか。こちらにはなんの不都合もない」
「局長!」
信じられない、って顔でリュウライが局長を見つめている。言わせてもらいますけどね、俺がいつもしている心配ってそれなのよ?
「足手まといにはなるまいよ」
しれっと応えるラキ局長。お褒めいただいてるけど、嬉しくはねぇな。リュウライ黙らせるのに都合が良いから黙ってるけど。
「それじゃあ、そういうことで。リュウライ、下調べにどのくらい掛かる?」
「今日を入れて……三日。明後日の夜には、実行に移したいところです」
「……分かった。その間に、俺はカミロとサルブレアのことを調べます」
そうしろ、と局長は手を振った。
『局長室』のプレートが取り付けられた、質の良さそうな木材の扉を前に、溜め息を吐く。それから背後を振り返ると、向かいに並ぶ来賓室の扉をリュウライがぼーっと見上げていた。心ここにあらず。かつてないほどの緩みきった様子があまりにも気になる。
「リュウくん、さっきからボーッとしているけど、どうかした?」
「いえ、別に、何も……」
リュウライは視線を逸らす。誤魔化そうとしている風だけど、ここまで様子がおかしいんじゃ見過ごすことはできないな。じーっとリュウライを見る。
話せ話せと圧を掛けたら、観念したとばかりにしぶしぶ口を開いた。
「僕の実家が定食屋を営んでいることはご存知ですよね」
「ああ。今でもたまーに行くし」
「えっ!?」
びっくり、って顔が語る。
リュウライの実家は、
あそこはバルトやセントラルと違って、住宅と学校・研究施設しかないから、新しい店を開拓するのも大変で。だから一回都合の良い店を見つけると、ついそこばかり行っちまうんだよな。って言っても、ディタ区なんてそう滅多に行かないから、本当にごくたまに、だ。あちらさんも、俺のことなんてただの一客としか認識していないんじゃないか?
「それで?」
逸れかけた話を軌道修正。リュウライはやっぱり気が進まない、って調子で口を開く。
「さっき局長からマーティアス・ロッシが大学院生だったって話を聞いて……もしかして、僕はその人を知っているのではないかな、と思っただけです」
「ふぅん……」
そう受け答えつつ、顎の髭の剃り残しを触りながら、リュウライをじっと見た。そのわりにはずいぶんと感傷的だ。ただ知ってるかもってだけなら、こいつはこんな風にはならない。きっと他にまだなにかあるんだろうな、そのマーティアス・ロッシかもしれない人に。
「……それはともかく、本当に良いんですか? グラハムさん」
あんまり触れられたくないんだろうか。話を逸らすかのように、さっきの話を蒸し返す。
「はっきり言って、危険ですよ?」
やめとけよ、と言外に告げている。だからそれ、いつも俺が言っていることなんだけどな。
「だから行くんだよ、お馬鹿さん。お前さんばっかりに無茶させられるか。……おっと、『僕は慣れてます』はなしだぜ。そういう問題じゃないんだよ」
む、と押し黙ったリュウライに、さらに念押しの一言を加えた。
「リュウ。前に俺がお前に言ったこと、ちゃんと覚えているか」
『
前、リュウライが研修生の立場だった頃。実地研修なのに無茶して怪我したことがある。そのときに、そう説教をかましたことがあった。
こいつは本当に自分の身の危険には無頓着だった。結果を得るためには手段を選ばない。非道・外道ってことじゃなくって、自分を手段としか見做していないようなところがあるのだ。自分を使うことで結果を得られればそれで良しとする気質。
局長が抜擢したように、確かにスパイみたいな仕事に向いているかもしれない。でも、人間としちゃあ、間違っているやり方だ。
だから、面倒を見ていたとき、さんざんああいうようなことを言い聞かせてやった。できるだけ〝真っ当〟に生きてくれよ、とそんな願いを篭めて。
「ちゃんと守れよ。直接だろうが、間接だろうが、俺ら警察は守るお仕事だ。O監だって変わらねぇ」
果たして、本当に俺の心まで理解してくれているんだろうか。
正直に言って怪しいところだが、いい加減リュウライも子どもじゃないんだし、いつまでもくどくど言っても仕方がない。ちったぁ信用してやらなきゃな。
ということで、仕事もあることだし、ここらで解散することにした。
心配心配言うんだったら、まず俺が結果を出せばいいだけのこと。そうしたら少なくとも今回の潜入はなくなるんだから。
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