第17日-1 再会
俺もまたそんな有象無象の一員となって、広場のベンチで、ワゴンから買ったアイスコーヒーなぞ啜っていた。正直チョイス失敗。氷の入ったコーヒーは薄い上に、この時期寒い。何故ホットにしなかったのか。風を防ぐ革のジャケットの中で身体冷やしてどーすんだ。
きゃっきゃとランチに盛り上がるお嬢さま方の声を聞きながら、周囲を観察する。捜しているのはビジネススーツの男。だがそんな人間、ここにはごまんと居る。むしろ俺みたいに私服を着ているほうが珍しい。こんなところでぼーっとしてたって仕方ねぇよなぁ、なんて考えてると。
「なにしてんの、おっさん」
背後から不躾な声がする。まだ二十九の色男捕まえておっさんとは何事だコノヤロー、と振り返ってみると、場違いなパーカー姿の少年が落ち着かなげに立っていた。
ちょっと驚いた。
「アスタ少年」
手入れされていないブロンドの髪。ラピスラズリの瞳。ちょっと不貞腐れた表情の少年は、間違いなくペッシェで会った少年少女たちのリーダーだ。
一週間捜して見つからなかった少年が、目の前に居る。
「……驚いた。一回しか会ってないのに、よく俺を見つけたな」
口から出た感想はまた違ったものだったけど。
「あんたこそ、よく俺だと判ったな」
「人の顔を覚えるのも、警察官に必要なスキルだからな」
頭の中に写真ファイルでも入ってんのかってくらい正確に覚えているリュウくんには負けるけど。警察官時代から、人の顔はきちんと特徴を捉えて覚えるようにしていたからな。何年も同じことをやっていれば、苦手だったスキルも少しは向上しますよ。
「何処にいったのかと思ったよ。みんな無事か?」
「無事。一応は」
無愛想に頷いて、アスタはベンチの後ろで突っ立ったまま動こうとしない。何しに来たのかな? 向こうから接触してきたってからには、なんかあるんだろうけど。
「メシ食った?」
「いや……」
「じゃあ、そこのホットドッグ食おうぜ。オニーサンが奢ってあげよう」
さっき買ったハンバーガー一個じゃ物足りなかったし、仕切り直しだ。
遠慮して断るアスタに親切心を発揮して、ホットドッグを三つと、ホットティー二つを購入。半分を押し付けてベンチに座らせる。
紅茶を啜りながら横を見ると、包み二つを前に困り顔で座る少年が目に入った。腹、減ってなかったかな? だが、遠慮がちに手を伸ばしたわりには、包みを開けたあとがつがつと食いはじめた。実は相当腹が減っていたみたいだな。場所移してからちゃんと食えてるんだろうか。心配になる。
しかし、こうして見るとただのガキだな。悪さしているわけではないとはいえ、行き場のない子供たちをまとめあげているリーダーとは思えない。
「……メイのこと」
ホットドッグ一つを食べ終えたアスタは、口の端についたマスタードを指で拭いながら、不意に喋りだした。
「助けてくれてありがとう。本人もすごく感謝してた」
「まあ、お仕事だからな。そんなに気にするな」
頷いて、ホットドックの包装紙を丸め、握りしめて黙り込む。視線は僅かに下向き。用件はそれか? まさかな。礼を言うだけのために、こんなところまでやってきたとは思えない。
紅茶を飲みながら、アスタのほうから口を開くのを待つ。
「オーパーツって、そんなに危険なものなのか?」
ぽつりと溢した一言。なるほどな。おおよそのことを察した。メイの件があって、オーパーツに関わることに改めて不安を覚えたってわけだ。
「そうだな……」
しばらく考えて、俺はホルスターから銃を抜いてみせた。周囲を脅かさないよう、脚の隣で掌の上において、アスタ少年にそれを見せる。
「例えばこれ、電気の弾を撃てる。電圧や電流はスタンガンとそう変わりなくて、心臓でも狙わない限りはそうそう死ぬことはないが……本当は電磁砲くらいの威力があるらしい」
「え……」
顔を上げたアスタの顔からは、血の気が引いていた。前に骨董品呼ばわりしていたもんな。ちょっと不思議で便利な道具、くらいにしか考えてなかったんだろう。
だが、実際は人を傷つけるような道具が大半だ。俺の銃然り、ワットのナックル然り。
「他にも氷の弾なんぞあるが、それは本来液体窒素ぶちまけるくらいの凍結能力があったな。凍らせたあと砕いてしまえば、容易に人間バラバラにできるし。どいつもこいつも危険極まりない」
実際のところ、オーパーツって兵器かなんかなんじゃねーのかっていうのが、俺の見識。だって、本当にそういう危険なものばかりだ。オーパーツを取り締まるオーパーツ監理局が捜査官にオーパーツの携帯を許しているのは、そういうものでもないと身を守ることが難しいから。〝毒を以て毒を制す〟発想だ。
「とまあ、例外もあるが、オーパーツなんてそんな危ないもんばかりだ。持っていたって碌なことにならない。関わらないほうが身のためだぜ?」
今からでも遅くない、と駄目押しの一言を付け加えると、アスタは難しい表情で押し黙った。
でも、まだ決断するには足りないか。こればかりはしょうがないな。俺はまだたった二回顔を合わせただけの知らない大人だし、アスタたちを捕まえに来た立場でもある。信じて頼る関係性が築けているわけじゃないんだから。
仕方ない。ここは待つか。
ふと、さっきホットドッグを買ったキッチンカーに目を向ける。お昼どきも終わり、そろそろ暇になってきた様子。売店の前には誰もいない。
「……結構余ってそうだな」
窓の横に置かれている保温器に、遠目から見ても分かるくらいにパンが入っている。
「お前らんとこ、何人いたっけ?」
「え?」
ふと質問すると、アスタは、なんで? って顔でこちらを見上げた。
「お見舞いにあれ買ってこうと思ってさ。足りなかったら困るだろ?」
「見舞いって……」
何を言ってんだこいつ、とでも言う風に呆れた様子を見せる。
「まあ、あれだ。大人を信用できないのもわかるけどさ、雲隠れされるとこっちも心配になるわけよ。せめて今の居場所くらい教えてくんない? こちとらまがりなりにも警察だからさ、暴漢から守ってやるくらいのことはしてやれるのよ」
居場所を知るのが目的と分かると、途端にアスタは複雑そうな表情を浮かべた。でも、怒ったり拒絶したりしないのは、やっぱり自分や仲間の安全に不安があるからで――心がぐらついている様子が、手を取るように分かる。
「なんなら、レインリットさんにしか伝えない。……どうだ?」
目線を彷徨わせていたアスタは、一分くらいしてようやく頷いてくれた。
「……わかった。教える」
レインリットさん以外、ということなので、俺は無線のスイッチを切ってアスタに見せた。あとでミツルにどやされそうだが、アスタの信用を得るためだ、仕方ない。
アスタはなんだか複雑そうな顔をしていた。そんなにすまなく思う必要はないのにな。
たくさんのホットドックが入った袋を携えて、アスタに従い北上する。ビジネス街を出て、ちょっとした商店が立ち並ぶところを通り過ぎ、辿り着いたのはバルト区とセントラルの境目付近。バシュ商店街。かつて繁華街だったところで、色褪せた看板が立ち並ぶ場所だった。
「驚いた。セントラルの近くにこんなところがあったんだな」
「近すぎて、かえって寂れたんだよ。ここに来るくらいなら、セントラルのほうがもっといろんなもんがある」
「確かにな」
そこでふとアスタは停止した。
「……不法侵入って、どんくらいの罪になるの?」
「なんだよ。今さら気にするのか?」
「いや、まあそうなんだけどさ」
気まずそうに顔を背けながら、頭を掻く。
「……でも、俺ら、本当はこういうことがしたいわけじゃないんだよ」
うつむいた少年の肩が小さく見えた。彼は守るものがあるからなんだろうか、これでも精一杯肩肘を張って生きているんだろう。でも、それでもまだ子どもに過ぎない。質の悪い大人を相手にするには、まだ負担も不安も大きいはずだ。
まして、今回みたいに妙なものに関わっちまうとな……。
なんだかこいつらを見ていると、アーシュラとキアーラの二人の姿が頭を過ぎってしまう。出逢ったばかりのあの二人も、こいつらみたいにぎりぎりのところで暮らしていた。
なんとなく気にかけてしまうのは、だからなんだろう。
「口にできただけ、
ぽんぽんとアスタの頭を叩く。
「身の振り方はゆっくり考えるとしてさ、今は仲間にうまいもん食わせてやれよ。どーせまともにメシ食ってないんだろ?」
バレていたとは思わなかったのか、アスタは目を見開いて驚いた。
「なんで……」
「ホットドッグ、はじめは遠慮してたくせにガツガツ食いやがって。腹ペコだったんなら最初に言えってんだよなー」
恥ずかしかったんだろう、顔を赤らめて顔を背けた。その様子が可愛らしくて、にまにまと口元を歪めたそのとき。
曲がり角のところで、焦った様子の小さな少年とぶつかりそうになった。
「アスタ!?」
俺のインディゴジーンズの脚にぶつかる手前で踏みとどまった少年が、アスタを見て声を上げる。なるほど、アスタんところの子か。年齢は十二歳くらい。アスタを頼る奴にはそんな年齢の子もいるんだな、としみじみ生きにくそうな子どもたちが哀れに思う。
で、その少年は焦っている様子だった。走っていた所為か息が上がって、アスタを見つけた今も落ち着きがない。
「マーク? どうした」
「ワットが来て……っ。皆が!」
マーク少年の言葉はあまりに短かったが、すぐに事態を察したアスタは血相を変えてすぐさま駆け出した。
「アスタ!」
慌てて引き留めるが、その甲斐なく古いビルの間、路地の奥へと入っていく。
「ったく、世話が焼ける。……少年!」
マークという少年に、ホットドッグの入った袋を押し付けた。
「これ持って、大通りにでも行ってろ。危ないと思ったら、とにかく人目のつくところに行って、最悪警察にでも駆け込め」
いいな、と言い聞かせ、少年が納得したかどうかも確認しないまま、アスタの後を追った。
走りながら、無線のスイッチを入れる。
「ミツル!」
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