第1日-3 後輩登場

 定時まであと四時間。あるようでないような中途半端な時間にとてもやる気が削がれているわけだが、お給料貰っている以上はしっかり働かなきゃいけない。とにかく報告書だな。今日は昨晩の事件に関わる雑務を片付けて、明日からの捜査に備えるとしよう。


 連絡通路を戻り、真っ直ぐ東側へ。建物北東部を大きく占めるのは、捜査課の居室だ。だだっ広い大広間の中央を横切る通路で北と南に二分割され、仕切り代わりの金属の棚に囲まれて、事務机をくっつけてできた〝島〟がいくつもできている。

 俺の島は北側の、中央よりちょっと東側にある。今日はほぼ無人島。一人寂しく席について、パソコンで書類作成。フォーマットが決まった一枚ものなので、三十分もあればできてしまう。

 印刷したそれを、島の向こうに席を置いている上長のところへ持っていく。


「しっかし、子どもがオーパーツを持ってるとはねぇ」


 短く刈り込んだ髪が頭頂部で少しだけ立っている、四十半ばの面長上長ミューリンズさん。俺が提出した報告書を指で摘み、ぴろぴろと振りながら、憂鬱そうにボヤいている。それ、正式書類に対する扱いじゃないんだけどさぁ。とは言えない、机を挟んで対面にいる私。背筋を伸ばし、しかし局長の前にいるときよりはずいぶんとリラックスして、報告書が承認されるのを待っている。


「存在そのものは知れ渡ってるとはいえ……政府で管理して一般には出回っていないはずのもの、そう易々と入手されちゃあなぁ。いったい何処から漏れてるのかね?」

「それを調べてこいって言われたんですよ。一人で」


 そう、〝一人で〟だ。局長の指令がなかったら、いつも通り先輩と組んで捜査できたってのに。


「御愁傷様だね。まあ、こっちは余ったシェパードをハニッシュたちのほうに回せるから、そう悪いことでもないんだけど……」


 なんて言ったって人手不足だし、とミューリンズさんは嘆きながら、背後の島に視線を飛ばす。八つの机が纏まった中で、在席しているのは現在俺だけ。昨晩一緒だったシェパード先輩は今日休みだが、他はみんな出払っている。オーパーツ出土のお膝元ってだけあってか、O監が出向かなきゃいけない事件はそれなりに多いんだよな。


「三日前の崩落の所為で警備課も忙しいみたいだし。どうにも最近不穏だよね」


 溜め息を吐くミューリンズさん。

 島の真ん中に聳えるシャル山、その麓にあるトロエフ遺跡。そこがオーパーツの発見された場所なんだが、そこから少し離れた山の斜面で崩落があったことは、O監内でもずいぶんと話題になっていた。俺もだいたいのことは耳にしている。


「新しく見つかった違法発掘の現場でしたっけ?」

「そう。とりあえず入口を封鎖しようと警備の連中が出張ったら、トンネルが崩れちゃったって。一人埋まったらしいよ。無事らしいけど」


 あー、となんとなく微妙な笑いを浮かべる俺。だが、ミューリンズさんはそんな俺の反応には構わず、やっぱり憂鬱そうに話を続けた。


「あまりにタイミングが良かったからさ、人為的じゃないかって話になってて」

「証拠隠滅のために誰かが潰したってんですか」

「そ。今はまだ警備課の領分だけど、そのうち捜査課こっちに回ってくるかもなぁ」


 警備課の仕事はあくまで警備。部外者がオーパーツに触れないようにするのが仕事。違法発掘者を突き止めるとなったら捜査課の出番になるわけだから、ミューリンズさんの言う通り、近々新しいお仕事が来る可能性があるわけだ。


「だから、早々に解決してくれることを願うよ」

「努力しまーす」


 つーか俺も早く終わらせたい。面倒事の予感がするから。

 ようやくミューリンズさんは提出した書類に目を通して、承認のサインをしてくれた。


 席に戻って、電話を取る。連絡先はシャルトルトの警察署。ワット少年から話を訊きたいから明日行くんでよろしくね、とアポイントメントを入れたあと、まだパソコン画面に残っていた自分の報告書を眺めた。

 手に入れたオーパーツで強盗を犯していたワット少年。事件そのものは珍しいものじゃない。違法オーパーツが見つかるのは、だいたい何かの犯罪があったとき。哀しいかな、オーパーツを一般の手から取り上げた本国の対応は正しかったってわけだ。

 気になるのは、なんでその〝珍しくもない事件〟に新型のオーパーツが出てきたかってことだ。偶然? その可能性ももちろん有り得る。だが、結晶なしなんて明確な特徴が出ているもの、密売人が気付かないはずがない。

 気づいていて子供に売ったか? それはとても考えにくいが……。


「ま、本人に訊けば分かるか」


 雑務をそこそこ片付けているうちに時間は良い感じに過ぎていって、定時を迎えた。机の上を片付け、パソコンを切って、ロッカールームへ。装備一式をロッカーにしまい、鍵を掛け、お気に入りのジャケットを引っ掻けてエントランスへ急ぐ。


 エレベーターを出て、広いエントランスに差し掛かったところで、珍しい影を見つけた。黒ずくしのストリートファッションの少年――と見間違える小柄な青年。真っ黒な髪の後頭部が、壁に掛かったゴシックな装飾の時計を見上げている。顔は見えないし見慣れない服装をしているが、こんな背格好の人間は局内広しといえどもただ一人。懐かしいその姿につい口元が緩んで……ちょっとした悪戯を思い付いた。

 背後から接近。床を強く蹴り、半ば抱きつくような感じで、少年の肩に腕を回そうとして――


「リューウくんっ」


 声をかけた途端、腕を引っ張られて身体が持ち上がる。視界がぐるんと縦回転し、内臓が浮く感覚を覚え、気がついたときには、エントランスの大理石調タイルの上で仰向けになっている俺がいた。


 驚いた表情でこちらを見下ろす黒い瞳。童顔な割にいつも涼し気な目元なのに、今は年相応(?)にまんまるに見開かれている。


「な、何やってるんですか、グラハムさんっ!」


 慌てて俺の腕から手を離し、後退するリュウくん。もとい、リュウライくん。めったに慌てたりしないから、狼狽うろたえている姿がちょっと新鮮。


「いきなり背後から飛び掛かるなんて……」


 慌てっぷりが面白くて、笑いながら身を起こす。


 リュウライ・リヒティカーズ。舌噛みそうな名前のこの少年もどきは、これでも警備課に属する立派なO監の局員だ。しかもなんと最年少、御年二十歳。

 O監に入局するための試験は、義務教育を終えた十五歳から受験資格が与えられるのだが、あまりにも専門的な試験内容とその難易度から大多数が高等教育を終え、更に大学での勉強を修めてから受験する。だが、リュウライは初等教育を終えて早々に受験し、合格してしまった強者なのです。


「……大丈夫ですか?」

「あ? ああ、大丈夫大丈夫。なんともありませんよ」


 こいつは武術の達人だ。いや、O監にそういう輩が多いのは確かだが、こいつはその中でも群を抜いている。学力面でもかなりの頭を持つリュウライだが、評価点はそっちよりもむしろ身体能力の面にあると俺は思っている。

 そんな奴に奇襲をかけるわけだから、どういう結果になるかなんて、予想がついている。受け身もばっちり。痛みなんぞ余裕です。

 ……いや、本音を言えば、あの特別製のブーツくらいは欲しかったけど、今ロッカーに入れてきたばっかだし。俺に支給されたオーパーツ、名前を《ムーンウォーク》。足の裏にちょっとした反重力作用を及ぼすあのブーツがあれば、足の痺れと背中の痛みは完全にシャットアウトできたのになー。


 ……いやいや、そんなことよりも。


「生き埋めになったって聞いたぜ」


 さっきミューリンズさんと話していた、崩落の件。そのとき生き埋めになったのがリュウライ・リヒティカーズであることは、事件の翌日から耳にしていた。果たして無事だろうか、とこれでも気を揉んだものなのだが――こうしてここに居るんだから、大丈夫そうね。


「怪我とかは?」


 一応尋ねるが、リュウライは何もなかったとでも言わんばかりに、表情を動かさずに答えた。


「《クレストフィスト》のおかげで、どこも。一応検査入院もしましたが、異常なしです」


《クレストフィスト》。確か、シールド系のオーパーツだったっけか。研修で相棒だったときは「オーパーツなんて必要ない」とか言ってたのに、本採用になって、いつの間にかそれだけは持つようになってたんだよな。警備の仕事上持たざるを得なかったんだろうが……。

 オーパーツを持ったと聴いたときはその経緯にちょっと不安を覚えていたんだが、結果こうやって無事なら、まあ良いか。


「今日は帰り?」

「もともと休みです。ここへは、備品管理課に寄っただけで」

「あーそうなの」


『備品管理課』。捜査員や警備員の装備品を扱う部署。リュウライはオーパーツよりもお気に入りの道具があるから、そいつの調整でも頼んだんだろうな。装備の問題は重要事項だとはいえ、わざわざ休みの日に来ることもないだろうに……。

 でも、道理でラフな格好をしてるわけだ。普段は、警備員用のお堅い制服か、拳法着のイメージだからな。いやホント、一瞬何処の子どもが紛れ込んだのかと思ったよ。


「じゃあ、この後暇だったり?」

「いえ、二時間後に予定があります」

「二時間か。んなら、ちょっとくらい大丈夫だな。一緒にメシ食おうぜ」


 なんて誘うと、喜びとか遠慮とかじゃなくて、何故か呆れ顔になるんだよな、こいつ。


「グラハムさんの〝ちょっと〟と僕の〝ちょっと〟は違う気もするんですが」

「何だよ、俺とメシ食うのは嫌だってか?」


 そんなー、俺嫌われてたの~? としくしく泣いてみせると、居心地悪そうな困り顔を見せた。


「そうは言ってませんが」

「だーいじょうぶ、すぐそこだし。行こうぜー」


 強引に腕を絡め、ずるずると引っ張っていく。「え、あ……」と呻きながらも大人しく従っているのは、満更でもない証拠だ。なんだかんだと俺に懐いてくれている、可愛い奴なのである。


「もしかして、イーネスさんたちの家ですか?」

「ああ。まあ、毎日邪魔しているからな」


 リュウライを引っ張って改札みたいなセキュリティ・ゲートを通り過ぎ、自動ドアの出入口の手前まで行くと、イーネスさんこと、アーシュラ&キアーラ姉妹が隅の方で待ちぼうけていた。いつもここで待ち合わせして一緒に二人の家に行くというのが、俺たち三人の毎日の決まりとなっている。


「お待たせー」


 二人に向かって手を振って気を引いた後、リュウライの腕を引っ張って俺の前に立たせた。


「じゃーん。リュウくんです」

「あら」


 後ろ手に鞄を持っていたアーシュラが、姿勢を正してふんわりと笑った。


「お久し振りね」

「お久し振りです」


 丁寧に挨拶するアーシュラとリュウライ。壁にもたれていたキアーラは、気恥ずかしいのか少しだけ身を起こして目礼だけした。

 そういやリュウライとはもう一年くらい会ってなかったんだなー、ていうことに気がついた。そりゃあ懐かしさを感じるわけだよな。


「夕飯、こいつも一緒にいいか」

「突然ね」


 キアーラが眉を顰める。


「簡単なものしかできないわ」

「充分。だろ?」


 リュウライがあまり時間ないらしいし。調理に時間かかるものは作れないから、むしろそのくらいのほうがいいだろう。

 あとは、こいつが招待されたからにはご馳走、とか思っていなきゃいいわけだが。そんな厚かましい奴ではないから、大丈夫だろう。


「はい。ご迷惑でなければ」

「だってさ」


 しかしそれでもキアーラは、はあ、と溜め息を吐いて不満そうだ。女ってのはあれだな、こういう時に見栄を張りたがるよな。

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