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『ハグしても……いいですかっ!?』





 目の前にいるのはクラス一の美少女と言われる少女。


 爽やかな風が吹く河川敷で俺は呆気にとられて立ち止まる。


「せめて……主語をつけてくれませんかね。立花さん」


「えっ?」


 可愛らしく小首を傾げる彼女。その仕草だけで俺の頬が熱くなる。皆から美少女と言われるだけはある。


 そんな二人を不思議そうに見上げる存在がある。痺れを切らしたのかそれは「わんっ」と鳴いた。



「ポチを触りたいならご自由にどうぞ……」



「いいの!? ありがとうっ!!」



 とても良い笑顔で彼女はハグをする。まあそれは俺ではなく、ポチという名の犬なのだけれど。



 この白いもふもふの犬は自分のペットではなく、実家で飼われている子だ。たまに頼まれて散歩に行かされるのだが……。


 まさかそんな時に“彼女”と出会うとは思っても見なかった。



「あぁ〜かわいいぃ〜。癒やされるぅ〜」



 自分の世界に入っている彼女を見ながらどうしたものかと頭を抱える。


 そろそろ帰りたいのだが……と思いながらなかなか切り出せずにいると。



「たしか……美凪彼方くんだったよね」



 名前を呼ばれたことに驚く。



「覚えて……いたんすね」



「もちろんっ。クラスメイトでしょ?」



 にっこり微笑む彼女にまたもや頬を染める。



「それに遥ちゃんとも仲良くさせてもらってるし。遥ちゃんお兄ちゃんのことすごくよく話すんだよ」



「そ、そうなんすか……」



 まさか妹が自分の話を人にしているとは思わなかった。なんだかすごく恥ずかしい。



「ははっ……バカな兄だと笑ってたんじゃないすか? まあアイツと俺とじゃ月とスッポンぐらい違いますけど」



 妹は才色兼備。当の俺は平々凡々。自慢できることもなく、妹からしたらバカ兄でしかない。



「ん〜? なにか誤解してる? 遥ちゃんはそんなこと一言も言ってなかったよ??」



「え?」



「いつも楽しそうに……一緒に勉強した〜とか、あのゲームが上手い〜だとか、ポチとすごく仲が良い〜とか――――」



 彼女は笑みを見せ言う。



「優しい‟お兄さん”なんだね。彼方くんは」



「そんなこと……ないすよ」



 首を横に振る。実際、そんな言葉を言われるような兄ではない。



「羨ましい〜。いいなぁ仲の良い兄妹がいて」



「そうすかね……」



「一つ、聞いてもいい?」



「……どうぞ」



「彼方くんはどうやって……仲良くなったの?」



「それって……どういう?」



 彼女は始めて顔をそむける。それは何かから逃げるように。


 夕日に照らされた横顔は美しく綺麗だったが……隠しきれない憂いはその顔に影を落とす――――





『私はどうしたら……認めてもらえるのかな』





 その言葉に俺は……なにも言えなかった。






 ………………………………………………………………



 …………………………



 …………



 ……




 ふと目を覚ます。




 木の葉の隙間から星空が見える。まだ日は昇っていない。静かな夜闇が当たりを覆っていた。


 一つため息をついて俺は上体を起こす。



「懐かしい夢を……見た気がするわね……」



 もう既にそれは朧げだ。記憶から薄れなんとも言えない哀愁だけが心に残っている。



『――――あれ……? 巫さま?』



 そのままの状態で固まっていると横から呼び声が聞こえた。



「ステラさん……」



「どうしましたか? まだ交代には早いと思いますけど……」



 寝ずの番をしてくれていた彼女は不思議そうに首を傾げる。



「も、もしかしてっ。その寝袋が寝苦しかったですか? ごめんなさい気が付かず……」



「そんなことはないですよっ。少し夢見が悪くて起きてしまっただけです。お気になさらないでください」



「そ、そうですか……」



 お互いに思い違いを解き、ほっと胸を撫で下ろす。が、そこから二人は押し黙ってしまう。

 お互いに口を開けないまま、奇妙な間が開く。


 (き、気まずい……。相変わらずこういう時にどうすればいいか分からんし……)


 と、眠気も吹っ飛んでしまい、自分の口下手さを悔やんでいると。



「……あの。一つ、お聞きしてもいいですか?」



 沈黙を破ったのは彼女だった。

 ステラさんは胸に手を置き何かをぎゅっと握り締めていた。その表情にはどこか焦りが混じっている気もする。



「巫さまは……あの時、どうやって傷を癒したんですか?」



「……あの時ですか」



 言いたいことは分かる。彼女はあの重篤な状態のセーラさんを治癒したことを聞きたいのであろう。



「特別なことはしていません。ステラさんの魔力にわたしの魔力を流しただけです」



 意地悪なことを言う。当然彼女はそんな簡単なことには気づいているだろう。恐らく彼女が聞きたかったのはもっとその先――――どうやって他人の魔術に干渉したのか。



「……教えて……くれないんですね」



 目を伏せ、消沈したように彼女は言う。

 その様子に少し罪悪感を抱く。教えることは簡単なのだが、これは決して軽々しく教えられることではないのだ。



「なぜ……聞きたいんですか?」



 俺は尋ねる。が、その言葉に彼女はなにも反応を見せなかった。しかし――――




「“私はどうしたら……認めてもらえるのかな……”」




 ポツリと呟く。その言葉が、光景が、重なる。




「……ごめんなさい巫さま。そう安々と人に教えられませんよね。私達はさっき出会った赤の他人ですし……」



 (ああ……。ホント嫌になる……)


 これでは前と同じではないか。



「この話はなかったことに――――」



「なら、になりませんか?」



 彼女は目を丸くする。



「確かにこれは赤の他人に教えられることではありません。ですが、友人になら……教えられます」



 ……ただの屁理屈だ。が、まあいいだろう。これはただの自己満足にすぎない。


 彼女は過去の‟あの人”ではないし、ここで見て見ぬ振りをしても結果は同じかもしれない。当然、あの過去も変えられない。だけど……。



 (変えたいんだ俺は……)



 足踏みする性格から。少しでも――――



「いいん……ですか?」



 顔色を窺い、聞く彼女にしっかりと頷く。



「はい。――――では、これからは友人として接するわね。ステラ」



「えっ!いきなり呼び捨てっ!?」



「ええ。当然」



 正直、恐る恐るといった彼女の反応は気になっていたのだ。これを矯正できるならこれでいい。



「えぇ……。でも、まだ私、あなたの名前も聞いてないけど……」



 ありゃ?そういえば……忘れてた。



「これは失敬。わたしの名前は――――というのはウソ」



 ポカン……とした表情を浮かべるステラ。うん、そうなるよね無理もないよね。

 普通に間違えたわバカたれ。そりゃそんな名前を出されちゃ驚くよね!というか、そもそも名前すら考えていなかったのだが??なにしてるの俺?バカなの?死ぬの?


 (が、がんばれ俺!どうにかひねり出せ!!)


 と、自分に檄を飛ばし、どうにか口に出した名前は……。



「――――キュレアよ」



 なんの捻りもない名前だった。



「キュレアさん……?」



 これからこの名前を使っていくのか……と、釈然としない俺だったが生まれてしまったものはどうしようもない。ええぃ!どうとでもなれ!



「敬称はなし。言ったでしょ?わたしもこれからは付けないから」



「え、えぇ……そんな……。せ、せめて“キュレアちゃん”はどうかな?? 私の方が年上だし? ね?」



「むぅ。仕方ないわね……」



 渋々了承すると彼女はほっとした表情を浮かべる。少し強引すぎた気もしたが、もう今更である。開き直った俺は無敵なのだ。



「では、改めて――――よろしくね。ステラ」



「う、うん! よろしくっ。キュレアちゃん」



 こうして俺はこの世界で初めて友達ができたのであった。





 

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