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 ――そして一晩がたった。




 今日も晴れやかで気持ちの良い朝だった。




 布団を片付けるのを“彼ら”に任せ、障子を開ける。朝の爽やかな風が部屋を吹き抜けた。


 

 俺はいつも通りに部屋を出て、洗面所で顔を洗い、そして歯を磨く。


 一晩中考え俺は結局…旅立つ決心をした。


 俺の中ではまだ踏ん切りがついていないところもたくさんあるし、会うことの怖さをぬぐい切れてもいない。だからって、立ち止まることは端からできないのだ。

 遥が“勇者”としてこの世界にやって来た以上、危険なことに巻き込まれるのは分かり切っている。半人前の自分じゃどこまで助けてやれるか分からないが、行かないという選択肢は初めから存在しなかったのだ。ホント、昔からグズグズと優柔不断な奴である。尻に火が付かないと動けないんだから…。


「立ち止まることはするな、…ね」


 鏡の前に立つ“キュウビ”――自分自身を見て皮肉げに呟く。生意気そうに吊り上がった目が俺を見て笑っているかように感じる。…まあ自分なんだけど。


 ふう。と息をつくと、俺は踵を返して洗面所から出ていく。


 行くとなれば善は急げだ。旅路にはいろいろと準備が必要である。さっさと身支度を整えなければ。


 そう意気揚々と部屋に戻り、タンスへ向かう――――よくあるスライド式の洋服タンス。その一段目を引いた。



「は…?」



 素頓狂な声が口から漏れる。


 タンスの中。あるはずのものがなかった。


 それは毎日着ている『巫女装束』がものの見事に消失していた。スペアも漏れなく。




『ユノォォ――――――――ッッ!!!!』




 ドタドタドタッ! スパーンッ!!!



 縁側を疾走し、居間の襖を勢いよく開ける。すると、そこには煎餅を頬張りながら固まっている彼女がいた。



「び、びっくりしたぁ。どうしたのさ。朝っぱらから血相変えて走ってきて」


「なに勝手に食べてるのよ!!――じゃなくてっ。わたしの装束どこやったのっ!!??」


「へ……? ……し、知らないなぁ」


 俺が怒鳴るとあからさまに視線を逸らす彼女。やはり犯人はこいつのようだ。分かりやすい。


「貴女しかこんなことしないでしょうがっ。早く返しなさいっ!!」


「ぐ、ぐわ~っ。脳が揺れる~ぅっ」


 イラついた俺は彼女の肩を持って勢いよく揺らす。ユノはされるがままだ。

 なぜこいつが服を隠したのか分からない。嫌がらせか?こんな時に?流石にここまで空気を読めないやつだとは思わなかった。ここまでやっても彼女は返そうとはしない。ならば…使だ。



「……出さないなら“桜”を使うわ」


「ま、ままままった! ちょっっと、まったっぁ!!!!」


 しびれを切らした俺は彼女をポイっと投げ捨てると、携帯していた“刀”に手を添える。まさしく今、鯉口を切る……直前に彼女は余裕そうな表情から一転、血相を変えて俺を宥め始めた。


「こ、ここにここにねっ!? 代わりのものがあるからっ。串刺しは勘弁してくださいっ!!」


「はぁ? 代わりのもの??」


 眉根を寄せ、彼女が指さしたものを見やる。確かにそこには白木で造られた高そうな木箱が鎮座していた。


「……なによその高そうなの」


「これはねぇ。旅立つキュウちゃんに“プレゼント”だよ!!!!」


 ワァーッ!!と、歓声が聞こえてきそうなほど彼女は高らかに宣言する。そういえばルージュがそんなことをちらっと言っていた気もする。


「ふーん」


「あれ……?」


 と、反応が薄いことに小首を傾げる彼女。


「驚かないの?」


「まあルージュが言ってたし」


「……」


 目を瞬かせフリーズする彼女。そして、我に返ったやつは俺から背を向けて――



『あのアホドラゴン――――ッッ! わたしのサプライズが台無しじゃなぁ————いっ!!!』



 と、ここにはいない人物に向かって怒声を上げた。意外に俺の反応を楽しみにしていたらしい。まあそんなことどうでもいいが。それよりも――


「ていうか、代わりのものってなによ。そもそも貴女が隠さなければそんなものは……」



 と、そこまで言って気がつく。こいつの魂胆に。



「もしかして貴女……これを着させるためにわざわざ隠したわけ?」


「そ、そそそそそそんなことないよっ????」


 声が裏返っている。図星らしい。分かりやすくて助かるな。


「と、言うことは……わたしが嫌がるものを持ってきたのね」


 じと〜、と半眼で睨みながら問い詰めるように口にすると、彼女はもはやこちらに顔を向けることすらしなくなった。


 はぁ……と大きめのため息をつく。


 仕方ないので俺は膝を折って畳に座り例の木箱に手を伸ばした。


 ――それは白木で造られた飾りっ気のないシンプルな箱。


 縛られていた帯を外し、パコッ、と軽快な音を鳴らして蓋が開く。


「これは……」


 果たして。中から現れたのは――新品の“巫女装束”だった。


 (????)


 何故わざわざ同じものを用意してきたのだろう……と首をひねる。しかし、それを手にとって見てようやく理解できた。



 端的に言うと……それは巫女装束であって巫女装束ではないもの。

 それはデザインが異なるであった。



 染み一つないまっさらの“白衣”は、まさかのノースリーブ。しかし、ベルトで締めて留めるタイプの袖が両脇に安置されており、形は違うが巫女装束と似たシルエットになるように作成されているようだ。そして下着に当たる“襦袢じゅばん”も、言わずもがなノースリーブだった。

 まあ……これはこれでありだろうと思う。旅路にはいろいろあるだろうし、取り外しが出来るなら邪魔にならなし苦労はしない。さて問題は……。



 俺はそれを持ち上げてみせる。色鮮やかな赤色が眩しい。それは“緋袴”だ。巫女装束で一番映えるだろう一品。しかし――



??」



 それはやけに短かった。所謂ミニスカートというやつ。誰が履くのこれ。俺か?マジで言ってんの?いやいや、いつものやつと雲泥の差じゃん。恥ずかしすぎるだろ。何考えてんだ??いやいやないない。流石にこれはないわーコレ。いやいやいやないってこれは。マジで……


 俺は口角を引きつらせながら奴を見る。と、目が合った。


 その目がすっげぇキラキラしていた。期待を込めた視線。これを……着ろと……??




 ――――ふ・ざ・け・ん・な。




「却下」



「なんでよぅっっ!!!!!!!!!」



 かなり悲痛な叫び声が聞こえた。



「可愛いって!!! ぜぇったい可愛いってぇ!!!!!」


「うるさいわね。却下よ却下。こんなのパンツ丸見えじゃない」


「あ、パンツ見られるの恥ずかしいんだ」


「――違うわよっ!? 貴女が想像するようなことじゃないからね!! パンツ丸見えなんて誰だって恥ずかしいって言ってんのよっ!!」


「大丈夫だよ。スパッツもあるから。ほらっ」


 と、それをピラッと見せてくる彼女。


「そういう意味じゃないっ!!!!」


 ヒートアップする俺を尻目に彼女はニヤニヤが止まらない。これでは埒が明かないと思った俺は致し方なく武力を以ってこれに対応しようとした。しかし――


「貴女ねぇ。いい加減に――――ってあれ? 桜がないっ!!??」


 すぐ傍に置いてあった筈の俺の愛刀が影も形もなくなっていた。


「もしかしてぇ。捜し物はこれかな??」


「なっ! 貴女いつの間にっ!!」


 やつはいつの間にかそれを盗んでいた。そして――



「こんな邪魔なものは~? チェストォォォォォォ――――ッッ!!!!!!!!!!」



「ぎゃあぁぁぁ――――っっ!?!?!? 桜ぁぁぁ――――っ!!!!」



 投げられた。


 すさまじく綺麗なフォームで。



 投げ飛ばされた“刀”は、綺麗に貼られた障子なんてものともせず、赤子を小指で捻るように易々と突き破って吹っ飛んでいく。それが点になり見えなくなるのはほんの一瞬だった。


「ちょっとぉ!!!!! 桜に何してんのよっっ!!!! 桜には関係ないでしょ!?」


「関係ありありだよ!! いっつもグサグサ刺される身にもなってよっ!!」


「それは貴女が話聞かないからじゃないっ!!」


「うるさいうるさーいっ!!!! これでわたしの独壇場なんだからねっ。腹くくりなさいキュウちゃんっ!!」


 彼女の目がギラリと光る。それはまるで獲物を見つけた鷹のよう。


「――――っ!? ちょちょ、ちょっと待ってっ!!??」


「問答無用!! いざっまいるぅ!!!!」


「や、やぁ――――ッッ!!!!? ちょ!? なんで尻尾触っ――――ッッ。いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!!」







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