4-2 これは設定です、設定!

 間が持たないと思い始めた狩科の脳裏に、別の風景が浮かんだ。

 

 場所はテーマパークの屋内アトラクション。二人は並んで椅子に座り、前の席の背もたれにかけられたVRゴーグルを手に取る。そしてケーブルで繋がったオモチャの銃が目の前にある。両手に持って上方に向けた。

 アトラクションのテーマは襲いかかる怪物を銃で撃退するというもの。VRゴーグルが映し出す怪物は迫力満点だ。隣の佐上は引き金を引く度に「えいっ」「えいっ」「あれっ?」とかわいらしく声を上げる。

 アトラクションが終わるとVRに各人の成績が表示される。千波伊里弥は三段階評価でBと表示された。隣の佐上が悔しいながらもかわいらしく声を上げる。

「Cかぁ。当たらないなぁ」

「どんくさいんじゃないの?」

「それ、私のこと馬鹿にしてるでしょ」

「そんな抜けてるところが好きだけど」

「もう」

 ふくれ面の佐上も、もとが美人なだけにかわいらしい。

 

 楽しい記憶を思い起こしたところで机の上のスピーカから声がする。

「Aさん、二人はなにをしていましたか?」

 深津はなにか納得いかない様子だ。

「テーマパークでアトラクションを遊んでいました……」

 狩科には、二人が楽しく遊んでいるのが深津には気に入らないのだろうと思われた。と同時に、次は自分に質問が飛ぶのが分かっているので、スピーカからの声に身構える。

「Bさん、どんなアトラクションでしたか?」

「銃で怪物を倒すアトラクションです。VRゴーグルを付けて、ゴーグルに映し出された怪物に向けて銃を撃っていました」

「Bさん、アトラクション終了後、表示された成績は三段階評価でなんでしたか?」

「Bです」

 そう言ったとき、深津がほぞを噛むのが見えた。

 もしかして、ゲームで負けたのが悔しかった?

 狩科は深津の容姿から戦闘的な様子は見いだせず意外に思った。でも目の前の彼女は負けて悔しがっている人間のそれ。

「Aさん、アトラクション終了後、表示された成績は三段階評価でなんでしたか?」

「……C……でした……」

 深津は小声で言うと口ごもった。実に悔しそう。

 深津さん、張り合う人だったんですね。狩科は深津の一面を知った。

 負けて悔しい人間と黙って向かい合うのは心臓に悪い。そう思いながら待っていると次の記憶が脳裏に浮かぶ。

 

 場所は同じくテーマパークで、二人が乗っているのは観覧車。時刻は夜。都心だから窓の外には街の灯りがきらめいている。

「大学はどっちでしたっけ?」

 佐上が三百六十度見渡して千波に聞く。

「西の方だから、優希の座ってる方かな」

 千波が深津の座る席の方に歩き、外を眺める。

 二人並んで夜の都心を見る。肩が触れそうに近い。

「観覧車って、外から見ていると観覧車ばかり目立って、中の人は見えないんですけど、ゴンドラの中はいろんな人間関係があるんですよね」

 言葉だけ聞けば悪い意味にも取れるが、そういう佐上は上気している。

「俺たちの人間関係は?」

 千波は佐上の気持ちを分かっていながら問う。

「楽しいです!」

 佐上は明るく言い切った。

 千波はいたずらっぽく笑う。

「そこは『幸せです』とか言うところじゃないの?(笑)」

「楽しい、で、いいんです!」

 佐上は屈託なく答えた。

 絵に描いたように幸せな二人。


 それを見ている試験室の中の二人はと言うと、深津は恥ずかしいらしく別の意味で顔が赤くなっていて、狩科は素直に喜びを顔に出せない。

 スピーカから声がする。

「Aさん、場所はどこですか?」

「……観覧車です…… さっきから見ているテーマパークのデートの、いや、その、デートじゃないと思うんですけど……二人でなぜかテーマパークで遊んでいる、その続きで、観覧車に乗っていました」

 深津は、なにかの過ちを否定したがるようなそぶりで答える。そんなに嫌なことなのか。狩科には悲しく思える。

「Bさん、外にはなにが見えますか?」

 無難な質問だったので、狩科は緊張が解けた。

「夜だったので、都心の夜景が見えました。暗くて街の人は見えず、ビルの灯りがまたたいていました」

 しばらく間が空いて、スピーカから声が流れる。

「Aさん、AさんはBさんとの人間関係を何と形容しましたか?」

 センシティブな質問だ。弛緩していた狩科の心臓が跳ね上がる。向かいに座る深津は身体ごと跳ね上がりそうなほど驚いた。そしてしばらくもじもじとして、小声で。

「……楽しい、と言いました……」

「Bさん、それは本当ですか?」

 狩科も言葉に窮する。目の前の深津がとまどっているのがありありと見えるから。でも嘘をつくのはよくない。そう観念した。

「たしかにそう言いました」

 恋人ではなく、まだ友人にもなっていない二人が、あつあつの好意を周囲に振りまいていた記憶を共有した。うれしさは表に出せず、ただ、ただ、恥ずかしさが心に重く残る。

 狩科の脳裏に声が流れる。

「Memory Extended by Computerトランスレータ、ベースシステムとの接続を終了します…………ベースシステムとの接続を終了しました。これから脳との接続を終了します。以上を持ってシステムは終了します」

 幸せな記憶が、脳裏から遠ざかって見えなくなる。

 テーマパークにいたと質問に答えたことは覚えているが、遊んだときの記憶は、おぼろげどころか、全て抜け落ちた。狩科は、自分たちはなにをしゃべっていたのかと不思議になる。

 深津はゆっくりと深く息をしている。落ち着きを取り戻したようだ。

 安心したので、狩科は深津に声をかけた。

「大丈夫ですか?」

 これがいけなかった。

 深津はさっきまでのことを思いだし顔を赤らめた。

「大丈夫です!!! というか、これは設定です、設定! 佐上優希と千波伊里弥の話であって、私とあなたではありません! 私たちではないんです!」

 これは、女性が男性に言う言葉として、かなり厳しい。

「そこまで言わないでください……」

 狩科が落ち込んで頼み込んだものの、深津はきっぱりと答える。

「とにかく、私たちは見ず知らずですから、勘違いしないでくださいね!」

 深津が言い切ったところで試験者がMECを回収するため部屋に入り、二人は無言になる。そして言葉を交わすことなく別れた。

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