おやおや、いい男だねえ


 家の中に入ると、玄関横の部屋に天井からたくさんの薄い長方形の餅が吊るしてあった。


 カラフルなので、遠目に見ると、まるで、さげもんのようだ。


 それを見上げて、壱花が、

「あ、かきもち。

 美味しいよね」

と言うと、


「食べる?

 揚げてあげようか」

と千代子は笑う。


 居間の掘りごたつに三人で入り、揚げてもらったかきもちと裏の山で栽培しているお茶をいただいた。


 薄く切って干された緑やピンクや黄色のおもちは、揚げると、ふわふわ、サクサクになって美味しい。


 色は、ヨモギや桜エビやウコンなどで付けられているようだった。


「私、子どもの頃、これが大好きでよく食べてたんですよ」

と壱花が倫太郎たちに言うと、


「まあ、また食べにおいで」

と千代子は笑ったあとで、


「……送ってあげてもいいんだけど。

 あんたに揚げ物させたら、火事になりそうだから」

と余計なセリフを付け加えてくる。


 倫太郎たちに、さもありなんという感じに笑われた。


 だが、千代子はそこで、ふと表情を曇らせる。


「そういえば、美園みそのさんが一昨日から来ないのよ。

 あの人、かきもち好きなのに」


「美園おばちゃん、どうしたの?」

と訊いたが、わからない、と千代子は言う。


「毎日のように遊びに来てたんだけどね。

 息子さんのところにでも行ったのかなと思うんだけど、なにも言ってなかったし」


「近所の人なのか?」

と倫太郎が訊いてきた。


「私の名前つけてくれた近所のおばさんなんですけどね」


 いつも、いなせに着物を着こなしているチャキチャキしたおばさんで、気も見た目も若く、子どもの頃は、遊びに来た壱花たちの面倒をよく見てくれていた。


「どうしたんだろね?」


 まあ、来なくなったのは一昨日からだと言うから、心配するほどのことでもないかもしれないが、と思ったとき、


「あ、そうそう」

とふいに思い出したように千代子が笑って言ってきた。


「あんたの名前、美園さんがつけてくれたのよね。

 親戚や近所の人たち、みんなであんたの名前、考えて。


 結局、あみだで、美園さんが考えてくれた壱花に決まったのよね」


「……そこは知らなかったよ、おばあちゃん」


 美園さんが付けてくれたのは知ってたけど。

 あみだで決まったんだったのか……。


「風花壱花って、花、花ってかぶるからどうかなって、あんたのお父さんは言ったんだけど。


 美園さんが、

『あら、花がたくさん名前についているなんて、きっと華やかで綺麗な子になるわよ』って」

と千代子は笑う。


 へー……と倫太郎と冨樫がこちらを見た。


 特にコメントはない。


 いやまあ、なかなか期待通りに子どもは育たないもんですよね……、と思いながら、壱花が二人の視線から顔を背けたとき、


「千代子さん、回覧ー」

と玄関の方から声がした。


 はーい、と千代子が返事はしたが、壱花の方が玄関に近い場所に座っていたので、

「壱花、出て」

と言われてしまう。


 うっ、こたつから出たくないっ、と思いながらも、のそのそと出て、玄関に続くすりガラスの戸を開けると、隣の家の七郎おじさんが立っていた。


 いや、隣といっても、ちょっと離れた山の中にあるのだが。


「おー、壱花、帰ってたのかー。

 みんな元気かね」

と言われて、


「あ、はい、元気ですー」

と七郎に返事をしながら、壱花は、おや? と思っていた。


 七郎が霞んで見えるのだ。


 ……疲れ目かな、と思い、こすってみたが、野良着を着た七郎の姿はやっぱり、ぼんやりとしか見えなかった。


 壱花が目をこすっているのが見えたらしい、倫太郎が、ひょいと覗く。


 倫太郎の姿を見た七郎が愉快そうに笑った。


「おや、……おやおやおやっ。

 壱花の彼氏か?


 これはまた、テレビにでも出てそうな男前じゃないか」


「い、いやいやいや、違いますっ」

と壱花は慌てて手を振ったが、七郎は倫太郎を見て、にやりと笑い、


「いやいや……いい目をしたいい男だね。

 大事にしなよ、壱花」

と言って、ほい、と壱花に回覧を渡して去っていった。


 そのあとも、魚をもらったからいらないかとか、野菜が採れたからいらないかとか。


 何故か、次々、近所の人が現れると思ったら、どうも、七郎から壱花の彼氏が来ていると聞いて、覗きに来ているようだった。


 幸いにも玄関に顔を出さなかった冨樫は、騒ぎに巻き込まれなくてよかったとばかりに、呑気に、みかんなど食べながら、千代子にかきもちの作り方を聞いていた。


「じゃあ、また遊びにおいでよ、倫太郎さん」

と言って、近所の、と言っても、そういえば、どの辺に住んでいるのかも知らないおばさんが帰っていって、ようやく一段落した。


 たくさんの野菜や魚を手に、倫太郎は居間に戻りながら言う。


「千代子さん、いつもたくさんお友だちが見えられていいですね」


 千代子は笑い、

「そうなのよ。

 だから、一人暮らしでも寂しくないの」

と倫太郎に言った。


「ときにはみんなで昼間から、ワインを飲んだりね。

 ほら、赤ワインって健康にいいって言うじゃない?」


 倫太郎は千代子に野菜などを渡したあとで、千代子には聞こえないよう、ぼそりと呟く。


「……三割くらいは、あやかしみたいですけどね」


 壱花も途中から気づいていた。


 訪ねてくる近所の人たちの三割くらいの姿が霞んで見えていることに。


 倫太郎の目には、ハッキリあやかしとしての姿が見えているのだろう。


 向こうもそれに気づいていたようで、面白がって覗きに来ていたのだ。


 自分たち、あやかしの正体が見える男を。


「いやー、村の人口少ないのに、いろんな人が来るな~とは思ってたんですよね~」

とまだ、かきもちについて話している冨樫と千代子を見ながら、小声で壱花は言う。


「そういえば、住んでる家、知らない人もいるし。

 みんな、あんまり年もとらないんですよね。


 田舎暮らしは健康にいいのかなと思ってました」


「……そんな風に、こだわらない家系だから、みんな寄って来るんだな」

と倫太郎も千代子に聞こえないよう言ってきた。





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