サキュバスネード6 ラスト・エクスプロージョン

「この中に淫魔を呼び出す魔法陣がある……」

「オレが淫魔を防ぐ。メイスンは中に入れ」

「頼みましたよ」


 メイスンはドアに手をかけたが、やはり開かない。メイスンは少し距離を取った上で散弾銃を発砲し、鍵を破壊した。


 内部は腐臭に満ちていた。恐らく人が死んでいるに違いない。中は狭く、紫色の光を放つ魔法陣はすぐに見つかった。その傍には古びた自転車と、喉にガラス片が突き刺さって仰向けになっている青年の姿がある。この青年が腐臭の正体であろう。

 死体をどけてしまいたいが、外に出そうにも淫魔の群れが飛び回っている状況ではリスクが伴う。この際死体を巻き込むことには目をつぶって、魔法陣の処理を速やかに行うより他はない。そうメイスンは判断した。

 ガス缶の口を緩め、ライターで火を点ける。火の灯った缶を魔法陣の中央に置くと、メイスンは部屋の出口側へそっと後ずさった。


 その時、魔法陣から、何か細長い、光るものが生じた。それは段々と形を取り、やがて新しい淫魔となった。ボブカットの黒髪と平らな胸をしており、レオタードの股間部分に膨らみが見られる。


「美少年淫魔……アナタがラスボスですね?」


 メイスンは散弾銃を構え、ガス缶に狙いを定める。だが、引き金を引いても発砲されない。弾切れだ。

 そこに、美少年淫魔が飛びかかってきた。メイスンはその細く白い腕に押されて仰向けに倒されてしまった。


「まずい……」


 馬乗りになる美少年淫魔。間近で見るその顔貌は、惚れ惚れする程に美しく艶めかしい。冷たく艶美なその眼差しは、まるで全てを吸い込んでしまうようだ。淫魔の唇が、メイスンの唇に重ねられる。バーバラの不快な接吻と違って、美少年淫魔のそれはふんわりと優しく、心をとろかしてしまうようであった。

 だが、メイスンは負けなかった。懐の拳銃を抜き、ガス缶に狙いを定めた。

 引き金が引かれ、銃弾が放たれる。だがそれは惜しくも外れ、部屋の壁に穴を穿った。

 小癪な抵抗などするなとばかりに、美少年の手がメイスンの服の中に侵入して胸の突起を愛撫し始める。


「ひゃっ……うっ……」


 人ならざるものに体をもてあそばれ、情けない声を上げてしまうメイスン。このままでは、屈してしまう……


「メイスン! もう持たねぇ! 早く!」


 外でチェーンソーを手に奮戦していたマークに、限界が訪れていた。淫魔は圧倒的な数をたのみに押し寄せ、マークの体に貼り付き出したのだ。

 マークの声で目を覚ましたメイスンは、最後の力を振り絞って銃の引き金を引いた。

 銃弾は、見事ガス缶を撃ち抜いた。衝撃を加えられた缶は爆発を起こし、魔法陣を床ごと吹き飛ばした。それとともに、メイスンに馬乗りになっている美少年淫魔も、マークに貼り付いた淫魔たちも、光の粒となって消えていった。


***


 メイスンとマークは救国の英雄として、ホワイトハウスで勲章を授与された。ハリケーンそのものの被害は甚大なものであったが、少なくとも淫魔嵐サキュバス・ストームによって大量の死者を出すという事態だけは回避することができたのだ。

 頭を打った父は一命こそ取り留めたものの、入院生活を余儀なくされた。だがそのことをメイスンは知らない。父の側から箝口令かんこうれいを敷いたのである。

 バーバラは、搬送先の病院で死亡が確認された。メイスンは支援者を失った形になる。しかし今回のことで彼の名声は高まり、加えて莫大な依頼料が事務所に振り込まれた。彼女の支援がなくとも、何とかやっていけそうだ。


「メイスン、お前日本に行くのかヨ」

「ええ、依頼内容は秘密ですが……」


 マークの家で、二人はサメ映画を鑑賞しながら雑談していた。

 メイスンの元へ、日本から依頼が舞い込んできた。ダイコンが人を殺害するという事件が日本で起こっている。その解決のために彼はスカウトされたのだ。淫魔竜巻サキュバスネードも殺人ダイコンも、まるでB級パニック映画のような事件だ。メイスンは胸を躍らせている。


「オレは明日からアリゾナ砂漠でサメ退治だゼ」

「ワタシもいずれサメを相手に戦ってみたいですねぇ……」

「そうなりゃオレの商売敵だな。手強い相手だ」

「はは、負けませんよワタシは」


 メイスンは、これまでのことを回顧した。B級映画よりもつまらないと思ってきた自分の人生。その人生にも、ようやく光が差してきた。これから本当の意味で自分の人生というものが始まるのだ。


 テレビ画面の中で、サメを倒した主人公が青空を仰いでいた。 

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