第4話

 風が生温かった。


 「哀原!こっち!」


 伊月は大きく手を振った。


 「急にごめんな。やっぱり、ちゃんと言わなきゃと思って。」


 わかってる。告白のことだ。わたしは何て答えればいいんだろう。依月に、なんて答えればいいんだろう。


 夜の公園は冷たい雰囲気があって、少し不気味で、でもなんだか懐かしかった。


 電灯が切れかかっていて、わたしはそれをずっと見つめていた。


 「哀原、好きだよ」


 伊月は鼻をすすった。自分はうつむくことしかできなかった。


 初めて髪を短く切った日、今思えば全然似合ってなんかなかったのに、伊月は欲しい言葉を1番にくれた。


 今だって、わたしの欲しい言葉をくれてるのに、なんでこんなに涙が出そうになるんだろう。


 なんでこんなに悲しいんだろう。


 伊月にずっと、会いたかった。会いたくなかった。会って話してしまったら、きっとわたしはあっという間にあの頃に戻ってしまうから。

会いたくなかった。気づかないで欲しかった。

ずっと、ずっと。

本当は。


 同じだよって言いたいのに、伊月の思いとは少し違う気がして結局何も言えないままだった。


 「哀原が、男でも好きだよ。」


 伊月は続けた。


 「哀原の声が好きだ。笑顔が好きだ。でも、哀原がそれで苦しんでるのは嫌だ。俺のせいで苦しんでるのは嫌だよ。だから、」


 伊月は優しい。男でも好きだなんて、そんなこと思ってるわけない。最初から男だったら絶対好きになんかなってない。そんなこと分かってるのに、やっぱり、やっぱり涙が出るくらい嬉しい。


 「ほんとのこと、言ってよ。哀原。俺、ずっと迷惑だった?」


 そんなわけない。あるわけない。嬉しいのに、言葉が出ない。


 伊月を、わたしで縛りつけたらだめだ。


 伊月は普通に女の子を好きになれるんだから。


 「ごめん。」


 それしか言えなかった。でも伊月には伝わってたみたいだった。


 「分かった。今までごめん。家まで送るよ」


 「大丈夫」


 「いいから。」


 伊月はわたしの腕を引っ張った。歩いた記憶なんてないのに、気づいたら家の前まで来ていた。


 「じゃあな」


 「うん」


 伊月はなかなか動かなかったかと思いきや


 唐突にわたしを抱きしめた。


 「哀原、またね」


 わたしの前からいなくなる伊月の後ろ姿をずっと見ていた。


 伊月は1回も振り向くことはなかった。

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