第6話

 俺は哀原を自分の部屋に呼んだ。


 「わあ、すごい。グランドピアノですか?機材もたくさん……!もしかしなくても先輩、お金持ちですね?」


 哀原はなんだか楽しそうだった。俺は少し緊張していた。


 「あの、これ楽譜なんだけど」


 「え?わたし楽譜読めませんよ?てっきり先輩が歌って耳コピするのかと。」


 まじかよ、これ、俺が歌うの?


 哀原はまたクスッと笑った。


 「さっきから何がそんなにおかしいの?」


 「先輩さっき、自分で言ったこと、覚えてます?」


 「え?」


 「自分を好きになってくれた人を好きになれないのって、どうしたらいいんだろう。でしたっけ?わたしから見れば、こんなのラブレターですよ。」


 哀原は俺に笑いかけて、楽譜を俺に返した。


 そんなこと言われて、平常心で歌える気がしないんだけど。


 俺はピアノの蓋を開けて、布を取った。


 哀原が期待の目で見てくるのが分かる。自分の手はかすかに震えていた。


 もうどうにでもなれ。


 俺はピアノに触れた。その数秒後に息を吸って音を出した。


 こんなふうに人前で歌ったのは初めてだった。


 久々にキーボードじゃない鍵盤を弾いた。


 何だか楽しかった。


 曲が終わると哀原はその小さな手で拍手をした。


 「すごいです。先輩、素敵でした。先輩、わたしのお願いも聞いてくれますか?」


 約束した手前、断るわけにもいかない。俺は少しの覚悟を決めた。


 「先輩も一緒に歌ってください。」







 哀原と休日に会うようになってから気づいたことが3つある。


 まず哀原は制服以外でスカートを履かない。


 それからメイクもしない。


 あともうひとつは


 「哀原ってさ、自分のこと嫌いでしょ?」


 自己肯定感の欠如。


 「先輩もでしょ?」


 哀原は良い意味で普通の女子っぽくない。こいつの腹の中をえぐり出して問いただしてもみたいが、簡単に触れてはいけない領域であることは理解できる。


 「先輩、出来ましたよ。今日の21時にアップされます。」


 「ありがとう。」


 あれから、あまり練習はしなかった。哀原が、こういうのは練習したら薄れるって言うから。


 これは別にラブレターじゃないし、俺は別にあいつのことが好きなわけじゃない。


 でも見てほしい。届いてほしい。


 あいつに、一歩に届け。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る