第3話

 いざ本人を目の前にしたら、ずっと考えてたことの一部も思い出せない。


 哀原が手を伸ばせば届く距離にいる。


 「哀原」


 呼べば振り向く距離にいる。


 あの頃、哀原が俺にしてくれたように、今度は俺が哀原の背中を押す番だ。


 「俺、今実家出てひとり暮らししてるよ」


 哀原は少しだけ驚いた様子を見せた後に、小さなため息をついた。


 「わたしは全然だめだ。ごめん、約束したのに。」


 予感はしていた。長く伸びた髪や固定された一人称。


 諦めたといえば簡単だろうけど、そんな単純なことじゃないんだろう。


 俺だって簡単じゃなかったんだから。

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