第5話 素晴らしき、このカラダ

 マリアンセイユは父と兄に冷たくされていた。

 この事実をマリアンセイユに伝えてしまったアイーダ女史は、失敗したと思っているみたいだけど、私にとっては大チャンス。


 何しろ今の私はマリアンセイユ本人じゃないんだもの。そんなことで傷つきはしない。

 どうにかして本当の私、マユの言葉を聞いてもらわないと。

 さーて、ガンガンいくよー!


「アイーダ女史は公爵に雇われてたから、公爵の命令に逆らえなかったんだね」

「……」


 アイーダ女史は何も答えなかったけど、顔には思いっきり「YES」と書いてある。

 あんまり嘘はつけない人だよね。ここ何日か話してみて、気づいたんだ。


 口調は厳しいけど、アイーダ女史は私が嫌いな訳じゃない。もう二度と暴走なんてさせないために、慎重に慎重を期してるんだって。

 余計な情報を与えないのも、そのため。本人が言っていた通り。


 だって、私が立派な大公子妃になったところで、アイーダ女史にはあんまり利益は無いと思う。あの先生はすごいね、という名声は得られるかもしれないけど、そもそもこんな僻地にいたんじゃ……。

 こんな誰も見ていない場所で、それでも私のために真摯に対応してくれている。


 せっかく目覚めてくれた。自分の知識をもう一度必要とする機会が訪れた。もう二度と、間違えない。

 そういう強い意志を感じる。

 ただちょっと独りよがりな所があるから、全部を鵜呑みにはできないけどさ。


「だから、私が暴走しちゃってすごく怒られたんじゃない? 責任取れ!とばかりにいつ目覚めるか分かんない私を押し付けられたの?」

「何てことを言うんです!」


 アイーダ女史は私の両肩をガシッと掴むと、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「わたくしが自ら願い出たのですよ! 赤ん坊の頃から診ていたわたくしでなければ分からない、と!」

「だったら女史、私の魔法教育をやり直してよ。押さえつけるのは失敗だったって思ってるんでしょ?」

「勿論そのつもりでございます。折を見てわたくしから授けて……」

「教育って、ただ受ける物じゃないと思うよ。自ら学ぶものだと思うよ」

「……!」


 学校の勉強は得意じゃなかったけど。

 でも、小学校の先生が言ってたよ。興味を持つことが大事だって。

 あれは何、これはどういうことって質問するのは、とてもいいことだって。


 私の両肩から手を離すと、アイーダ女史は下を向いて「ふうう……」と長い息をついた。

 そしてゆっくりと、顔を上げる。

 今までと、何かが違う。そんな気がした。


「マリアンセイユ様が記憶を失い、これまでの教育は無駄になりましたが」

「うーん、何かごめんね」

「しかし、過去のマリアンセイユ様からどうしても拭い去りたかったこと……弱点とでも言いましょうか。それが、今のあなたにはありません」

「弱点? 内気なとこ?」

「それは弱点ではありません。明け透けに物を言うのは下品です」


 ジロッと眼鏡の端から睨まれる。「はーい」と返事をしながら肩をすくめると、アイーダ女史はふっと表情を緩めた。

 だけどすぐに暗い、沈んだ面持ちになる。


「巨大すぎる劣等感、です」

「劣等感?」

「自分は母を殺してまで生まれるべき存在ではなかった、と。公爵家に災いをもたらす存在、と思い込んでおられました」

「どうして……」

「フォンティーヌ公爵もガンディス様も殆どマリアンセイユ様に話しかけることはなく……メイドたちも主の態度に倣って義務的にしかマリアンセイユ様のお世話をしておりませんでしたし」

「え、ひどい」

「公爵宅でも、本邸から離れた塔に追いやられていましたから」


 ヘレンぐらいですね、親身になってお世話してくれたのは……と、アイーダ女史は半ば悔しそうに、言葉を吐き捨てた。

 さっきまでは公爵に遠慮しているような感じだったけど、今は完全に無くなったみたいだ。


「……だからイイコだったのかな、マリアンは」

「え?」


 せめて足を引っ張らないように。迷惑をかけないように、言われたことをちゃんとして。

 おとなしく、ひっそりと。目障りに思われないように。

 そうやって、身体を縮こまらせて、自分をがんじがらめにしてたのかな。


 でも、記憶が無いマリアンセイユ今の私には劣等感なんて感じようがない。

 つまり、記憶を無くすことで、マリアンセイユは自由になった。


 ふと、ぽよんとした自分の胸と、くっきりとした谷間が目に入る。


 そうだ……このカラダは、マユ前の私の劣等感も吹き飛ばしてくれた。

 いや、正確に言えば、この巨乳が!


「そうか! マリアンセイユとマユ、二人のコンプレックスが解消されたんだ!」


 カッと、私の頭に雷が落ちた気分だった。目が3倍ぐらい大きくなった気分。

 そう考えると、コレはまさに無敵のカラダ! 何て素晴らしい!


「……何をしているんです?」


 思わずニヤニヤしながら両手で自分の胸を揉んでいると、やや震えた声が飛んできた。

 見ると、アイーダ女史が眼鏡に手をかけ、眉間に皺を寄せてこめかみをピクピクさせている。


「だいたい、マユとは誰です?」

「え、あ、えーと」


 別人だったときの記憶、とか言ったらこの部屋から出るのがさらに遅くなりそう。


「えっと、マリアンセイユって名前、長くて」

「なが……」

「私にはその頃の記憶もないし。だから私は、新しく生まれ変わった『マユ』なんだって。そう思ったらね、何かラクになったんだー」


 あは、あははと誤魔化し笑いをしながらそう言うと、アイーダ女史は

「生まれ変わった、マユ……」

と呟き、しばらくポカーンとしていた。


 うーんミスったかなあ、とアハハ笑いが苦笑いに移行しそうになったところで、アイーダ女史は急にグワッと両腕を突きだし、私のおっぱいを掴んだ。

 そのままモミモミと揉み始める。


「えっ、ひゃっ、何!? 何!?」

「ふむ……」


 どういうこと!? 何でそんなに私のおっぱいを凝視しながら揉んでんの!?

 こんなとこで百合のフケ専ルートに入っちゃった!? 濃すぎるし唐突過ぎるんだけど!

 いつの間にそんなフラグが……っ。


 ……とかフザけてる場合じゃないわ。私、そんな趣味はないから!


「なるほど……名前とこの乳房。そのおかげかもしれませんね」

「へ?」


 アイーダ女史は私のおっぱいから両手を離すと、顎に手をやった。その場を行ったり来たり、ウロウロと歩き始める。


「魔精力を制御するのはそもそも技術ではなく、身体。そして術者の心……」

「あのー? もしもしー?」


 何だか心配になって声をかけると、アイーダ女史は歩くのを止め、元の位置――診療用の丸い椅子の前に戻ってきた。

 ふむ、と頷きじっと私を見つめる。頭のてっぺんからつま先まで。


「魔導士の名付けには、多かれ少なかれ魔精力が伴います。一種の契約のようなものです」

「私、まだ魔導士じゃないんだよね?」

「眠っている間に一部分が体系化されたのかもしれません。そうして過去の重い鎖を解き放った」


 つまり、マリアンセイユが魔法を使いこなすのに最も障害となっていた部分が消え失せた、ってことかな?


「それと、身体の変化ですね。そもそも暴走は、初潮を迎えた時期と同じでした。あとは……凹凸」

「おうとつ~?」


 確かにすごい凹凸だけどね、このカラダ。


「凹凸が増えれば、容積が大きくなるだけでなく表面積が増えます。また体内をうねりながら巡る分、勢いは押さえられ、魔精力が外に抜けにくくなる。結果として体内に溜め込みやすくなるのかもしれません」

「え、ここに?」


 驚いて、思わずおっぱいを両手で下から持ち上げてみる。

 アイーダ女史はひどく真面目な顔で力強く頷いた。


「ええ、そこに。大きな乳房ほど魔精力を溜め込めるなど、馬鹿げたことに思えますが……理には適っています。わたくしの知る限り、優秀な女魔導士の8割は該当しますね」


 その中にはオルヴィア様も入ってるのかな。ちなみにそう言うアイーダ女史も、まぁまぁのサイズだけど。

 ところでその理屈だと、男の人はどうなるんだろ?


 あっ、やばいっ! 『それはやめとけ』という、天からドスの効いた声が聞こえてきたわっ。

 わー、ナシ、ナシです! 深く考えないで! ツッコまないで!


「えーと、つまり、巨乳ここに私とアイーダ女史の夢と希望がつまってる、と……」

「それには賛同したくありませんが、あながち間違ってはいないかもしれません」

「ほぉぉぉ……」


 感動の声が漏れて自分の胸をまじまじと見下ろす。

 ついつい宝物のように擦っていると、アイーダ女史がジロリと私を睨みつけた。


「……ところでマユ様」

「は、はい!」


 急に名前を呼ばれて驚き、ハッとして顔を上げる。


「いい加減自分の乳房を揉むのはお止めください。はしたない」

「え、あ、了解です!」


 パッと手を離し、右手をおでこに当てて敬礼ポーズをする。

 アイーダ女史は眉を顰めたものの、不思議と嫌な感じはしなくて……ぶっちゃけた者同士の連帯感というか、仲間内感というか、そういうものを感じた。


 私の言いたいことは伝わった。何か通じ合った、気がする!

 よっしゃ! アイーダ女史の信用、ゲットだぜ!

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