一日目(後編)
「今日はこのへんでいいだろう」
星宮が言った。
気がつくと周囲はすっかり暗くなっていた。オレは時間を忘れてアイヒョンの再生する暴力と破壊の記録に見入っていた。
「本当に物好きなやつだな」
星宮が嘲るような目でオレを見る。
「うるせーよ。反社野郎」
何だかムカついたので反抗的な言葉が口をついて出た。
「俺は反社じゃない。パブリック・エネミー――いわゆる、『公共の敵』だ。言葉は正しく使え」
「へいへい、そうですねー」
段々、面倒になってきた。自分でもどうかと思うほど対応が雑になっている。相手はテロリストなのに。
「生意気なヤツめ」
星宮が不服そうな表情で口を尖らせる。その仕草が妙に子供っぽくて俺は思わず吹き出してしまった。
「……何がおかしい」
ヤベェ、また怒らせた。今度こそ処されますか?
「まぁ、いい。俺はもう帰る。これからのことを考えないといけないからな」
星宮がスマホを学ランのポケットにしまった。
「……警察はどうするんだ? お前の言ってることが本当なら、とっくに目をつけられてるんじゃないか?」
「何も問題はない」
オレの心配をよそに、星宮がすました顔で言う。
ん、心配……? どうしてオレがこいつを心配しないといけないんだ? こんな、反社会分――厳密には『公共の敵』らしいが知ったことか!――の尊大サマは放置しておけばいいのに。
星宮はさっさと行ってしまった。背中がぐんぐん小さくなっていく。
モールの方に目をやる。既に火事は消し止められたようだ。焼け落ちたモールの近辺に人集りができている。SNSで情報が拡散されたのだろうか。野次馬の他にも、被害者の家族や親近者もいるはずだ。消防士や地元の消防団員、警察と思しき人々がその対応に追われている。
オレは小さく嘆息すると、スマホのGPS機能を立ち上げて帰りのルートを確認した。
★★★
「よう、遅かったな」
汚れた制服を洗濯し、風呂でさっぱりしてきたオレに、兄さんが声をかけてきた。
リビングのテーブルの上には大量の空き缶が並んでいた。
「またストロングゼロかよ」
「命の水だしな」
そう言うと、兄さんは愛飲の安酒を美味そうに呷ってみせた。
「あら、お風呂入ってたの? ただいまぐらいちゃんと言いなさい」
台所から母さんが顔をのぞかせた。
「ごめん。体育で汗かいて気持ち悪かったから」
「洗濯機の回る音がしてたけど?」
「あー、放課後に制服のままでサッカーしてたんだよ。それで汚れた」
ショッピングモールの爆破テロに巻き込まれたとは口が裂けても言えない。ましてや、実行犯と思しき人物とついさっきまで一緒に行動していたとは。
「もう、高校受験も近いのよ? 少しは落ち着きなさい」
「わー、かーちゃんカンベン!」
オレは母さんの苦言におどけた調子で答える。
「もういいわ……。そろそろ夕ご飯できるから、部屋で着替えてきなさい」
「ほーい」
オレがリビングを出ようとしたそのとき、テレビがショッピングモール爆破事件のニュースを伝えてきた。
「物騒な事件だな」
兄さんが新しい缶のタブを引きながら言う。カシュ、と小気味よい音が聞こえた。
「恐いわねぇ……」
母さんが眉をひそめる。
オレは何だかいたたまれない気分になってきたので、そのまま黙って自室に引っ込むことにした。
リビングから、チーンとお鈴の鳴る音が聞こえたけど、俺はその音を無視した。
★★★
オレは部屋着に着替えると、通学用リュックからスマホを取り出してツイッターの確認をする。日課みたいなものだ。
タイムラインをざっくり遡るが、特に面白い投稿はない。モールの爆破事件がトレンド入りしているのには軽くビビったが。
ツイートをぼんやり眺めていると、ダイレクトメッセージが届いた。誰からだろう? オレは深く考えず封筒型のアイコンをタップする。
送信者はスター・ケミストリー……? 知らない名前だ。アイコンにも見覚えがない。メッセージは相互の相手からしか受け取らない設定にしているんだが。
ん? スター・ケミストリー??? 星……化学……。
「あ」
オレは思わず間抜けな声をあげてしまった。
《これ》
短すぎるメッセージと一緒に数個の動画が送られてきた。
何だこれは。意図がまったく読めない。正直、あの男とはもう関わり合いになりたくなかった。つーか、オレはいつの間にあの爆破魔と相互フォローになっていたんだ? 今日が初対面の相手だぞ?
疑問は尽きなかったが、無視したら何をされるか分かったものじゃないという不安もある。何しろ相手はテロリストだ。
念のため、確認しておくか。変なウイルスとかじゃありませんように。
オレは恐る恐る送られてきた動画を再生する。
それは、様々な商業施設が爆破される様子を撮影したものだった。どうして、こんなものをオレに……?
そう思っていると、新しいメッセージが届いた。
《お前のアカウントをハックして相互フォローにした。そうしないとメッセージを送れないからな》
うわ、何か怖いこと言ってるし!
《共犯者同士、仲良くしようじゃないか》
《誰が共犯者だ! 適当なことぬかしてんじゃねーぞ!》
オレは思わず返信でツッコミを入れてしまった。
《その動画はまだマスコミに出回っていないブツだ。そんな動画を持っているヤツは事件の関係者以外何者でもないだろ?》
《こんな動画は削除してやる! お前のアカウントもスパブロだ!!》
《好きにしろ。だが、お前の家にドローン爆弾を飛ばすと言ったらどうする? もちろん、住所は把握している》
マ、マジかよ。爆弾テロに巻き込まれたうえ、サイバーテロの被害に遭って、家族を人質に捕られるとか意味不明すぎるんですけど。
《生殺与奪の権利が俺にあることを忘れるな》
《何が目的だ!》
《珍しく察しがいいな。お前にはまた俺の手伝いをしてもらう》
悪魔の宣告に、オレは心の中で十字を切り、天を仰ぐことしかできなかった。
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