1話その5

真侍は自宅で一人たたずんでいた。


正確には女騎士に襲われ気絶した古沢さんをベットで寝かしているため一人では無いのだが。


いきなり襲いかかってきた女騎士、それに助けてくれた蝙蝠の化け物、明らかに非現実的なことがおき疑問に思っていた。


しかし、女騎士はともかく蝙蝠の化け物は中世市なかよしでは頻繁に目撃されているとの情報がネットに流れていた。


不可解な連続殺人事件が発生した場合や街で異形の怪物が暴れてる際に颯爽と現れ解決してしまう。


[見た目はキモいけど街の守り神的存在]

[最初は怖いしキモいと思ったけど、手振ったら振ってくれたしいいやつと思う!]


などキモいとのセットだがネットの評判では良く思われている。


だがこのような書き込みもあった。


[明らかに日本人じゃないけど人を殺していた。あれはリアルマジ怪物]

[蝙蝠さんが出ると世間の悪いところが表に出るよね。そこら辺の記者より有能草]

[半年くらい前にクビになった隠蔽教師の後釜が有能すぎてジャングル生えるww]


などマイナスイメージや不愉快なものも書き込まれていた。


真侍が蝙蝠の化け物についてネットサーフィンをしていると。


ピンポーン

とインターホンの音が鳴った。


真侍はカメラを確認すると、士が写っていた。


「榴咲くん!?」


「あー店長?さっき古沢さん家に行って誰もいなかったんだけど、なんか知らない?」


真侍は突然の来客に驚いたが、士はマイペースに話していた。


「古沢さんならうちに入れたけど…」


「マジかよ、店長熟女好きだったとは…機会があったら店長の好きそうなの描いてきますわ」


「そういうのじゃないよ!」


真侍は勝手に捏造された性癖を強く否定した。


「間違いかもしれないんだけど、蝙蝠の化け物の正体って榴咲くんだよね」


「んあーそうっすよ。後々言う予定だったんでバレても別にいいっすけど」


真侍の自宅に入るなり聞かれた質問に士は平然と答えた。


「詳しいことは明日にでも切矢さんに聞いてほしいっすけど、彼女が起きるまでなら話してもいいっすよ」


「わかったよ。あと、〜っすは敬語のつもりと思うけど敬語じゃないよ」


「知ってまっすよ」


多少は目上の人として見られてる自覚はあるものの真侍は士のペースが全然理解できなかった。


「とりあえずはっきり言っちゃいますと、動画広告編集課はただの隠れ蓑っす。あ、でも店長は表向きの仕事に専念してほしいですし、暇な時は手伝いますよ俺らアルバイトなんで」


士が自分のことを店長と呼ぶのはアルバイトという立場にあるからだと真侍は理解した。

あと動画広告編集課は自分一人なんだなという事実は少し心に傷がついた。


「本当の名前は異世界犯罪対策課。異世界から持ってこられた生命や技術を世の中に広めないために駆除ったり隠蔽したりする感じの仕事っす」


「異世界犯罪対策課!?」


「ちょい静かに、寝てますから」


異世界なんて言葉が入った組織に驚いた真侍を古沢さんを起こしてしまいそうに思えた士は注意した。


「まあ俺らの仕事は向こうの主戦力である異世界転生者の殺害と簡単に殺さないのもあるから生前の事から次の犯行を調べてもらうよう上に連絡するくらいっすけどね」


「異世界、転生者…」


異世界転生者。


最近の小説ライトノベルやアニメの主人公であり、真侍のようにどこにでもいそうな普通の人間が、なんらかのことで死に、その後女神やらなんやらから力を授かり、スライムやドラゴンのようなモンスターが生息していたり魔法があったりなど多種多様だが、生前とは全く違う世界で生きていく者達である。


そんな彼らのほぼ必ず共通する事と言えば、まず整った容姿のお陰で大量の異性に囲まれる事、そしてその世界の中では最強の存在になる事。


その世界に住む魔王のような強そうな者ですら一撃で倒したり、生まれながらにして最強の魔法が使えたりなど規格外の能力を持っている事がほとんどで、後者の異世界転生者が主人公の作品を異世界チート系や前者の大量の異性に囲まれるハーレムと合わせてチートハーレム系、略してチーレム系なんて呼ばれている。


「つまり、僕たちを襲ったあの女騎士が…」


「いやいや、あれは俗に言う異世界ヒロインっすよ。ゲームで例えるなら道中の雑魚、特撮的なら量産兵っす。といっても、異世界主人公をヨイショするために身の回りの異世界人のレベルは低くても中の上クラスが多いっすけどね」


「は、はぁ…」


ハーレムの要因となるヒロイン達は彼らにとってはほとんど眼中に無いような存在なのか、それよりも異世界転生者の脅威が凄すぎるあまりそんな暇すら無いのだろうか。


そんな各世界最強の者達を相手に彼らは戦っている士達の存在を例えるなら一つしかない。


正義のヒーロー


「なんか異世界から地球を守るヒーローみたいだね」


「ヒーローなわけないだろ馬…」


真侍がヒーローと比喩したときマイペースで軽口な士の表情がいきなり殺気立った。


一瞬の出来事だが真侍の全身に悪寒が走った。


「う…ん…ここは…」


冷たい殺気の影響なのか古沢さんがゆっくりと目を覚ました。


「はい話し終わり!古沢さんお怪我はありませんか?」


士は先程の殺気が嘘であるかのような笑顔になると、寝起きの古沢さんに元気に話しかけた。


「え…はい、痛みは特に感じないですけど…」


いきなりのことで困惑していたが、古沢さんは静かに答えた。


「そいつはよかったっす。そんで唐突で悪いんすけど聞きたいことがあるんすけど良いっすか?」


「えぇ、大丈夫ですが…この状況について説明して欲しいのですけど…」


「首謀者の腰巾着に殺されそうになって気絶したから、店長が家に連れ込んだ」


軽々しく話す士のペースに古沢さんは押され気味であった。

それから悪意のある言い方はやめてほしいと真侍の心は叫んでいた。


「……わかりました。助けていただいてありがとうございます」


発言前の間に真侍は士に対する怒りと古沢さんに対して懺悔の念がこみ上げてきた。


「それで…聞きたいこととは?」


「ここ最近この近くにある街亜高校(がいあこうこう)で勤務経験がある先生が2〜3人くらい殺されるっていう事件があるのは知ってますよね?」


「!……はい」


士の質問に古沢さんは動揺しながらも頷いた。


「でも、私は犯人じゃ無いですよ!」


「うんまぁ犯人なんて微塵も思ってないっすよ。聞きたいことの一つが殺された人らと古沢さんに街亜高校で働いていたって以外に共通点があるのかが知りたいっす」


古沢さんは必死に訴えたが、士は表情一つ変えず話した。だがその微笑みは何処か不気味であった。


「殺された教員は全員、街亜高校では1年の教員でした。それも副教科ではなく英語や数学といった科目の教員です。それで私もいつか殺されるんじゃないかって…」


「なるへす」


体が震えながらも話す古沢さんとは対照的なほど士は緊張感の無い適当な返事をしていた。


「そんで、もう一個聞きたいことあるんですけど。自殺でも他殺でもいいんで街亜高校で死んだ生徒っています?」


「…は?」


士が軽々しく発したことに完全に蚊帳の外であったが真侍は驚きを隠せなかった。


この男はいきなり死人について聞いたのだ。デリカシーがないとかそういうレベルではないだろう。


「死人って…そんなこと聞いてどうするんですか!」


「結論から言うと貴方が思い当たる人が殺人犯っす」


「死んだ人間が殺人犯なんて…!そんな馬鹿げた話し信じられないですよ!」


「信じるか信じないかは勝手っすけど、早く解決しないと貴方も元同僚達も全員殺されますよ」


古沢さんは非現実的な内容に激昂していたが、士は真剣な眼差しで話していた。


「もういいです!助けていただいたのは感謝しますがこれ以上関わらないでください!」


ふざけた話しに怒りが爆発したのか、古沢さんは真侍の家から出て行った。だが話しをはぐらかし逃げ出したようにも見えた。


「はぁ〜怒られちゃった…」


「いきなり真剣に悩んでることの原因が死んだ人間なんて言われるとそりゃ怒るよ。でも…」


「ん?でも?」


「僕が母さんに勉強のこととかで色々言われた時みたいに、これ以上話したくないって感じだったような…」


「やっぱ店長もそう思う?俺よくわかんないけど」


「うんまぁ…あと課長ね…」


怒りという嵐が過ぎ去った後だと言うのに士と真侍は呑気に話した。おそらく士のマイペース差が移ったのだろう。


「まぁ半分くらいは内容わかったし明日から頑張りますか、それではまた…二日か三日後くらいだったけなぁ…?とりあえずお疲れっす」


士は真侍に軽く頭を下げると、真侍の家を出て行った。


時刻は午後9時前、課長としての初勤務から半日ほどが経過したがここまで内容の濃い一日は生まれて初めてだろう。


動画広告編集課もとい異世界犯罪対策課の隠れ蓑の課長、出世に釣られて入った部署が戦争のど真ん中だなんて誰が信じてくれるのだろうか。


会社で失敗しない不安から戦いの中生き残れるのかの不安に変わっていた。


文字通り命懸けの仕事になったことへのプレッシャーが真侍に襲いかかっていた。


真侍は力が抜けたように床に寝転がった。

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