第5話 帰還

 仕合のあと僕は医務室に放り込まれ、治療を受けた。


 診断は肋骨の骨折、頬骨にヒビと打撲が数カ所だった。

 大抵は回復魔法ですぐに治せるそうだが、僕には効き目が全くないらしい。


 結局、にがい調合薬を飲まされ、包帯を巻かれて牢屋に戻された。


 戻った時、スミスは大喜びで迎えてくれた。

 僕もまた彼と会えて本当によかったと思う。


 仕合中は色々あったが、彼の激励が僕の頑張りを支えてくれたのは間違いない。

 お互いに喜び合いながら、スミスは仕合についてあれこれと聞いてきた。


 だが、当の僕はというと……。


 「どうやって倒したのか覚えてないって!?」


 スミスが素っ頓狂な声で驚く。


 「うん。途中から意識が途絶えて、気がついたらローグは大の字で倒れてた」


 僕は仕合内容を聞かれて、率直に答えた。

 僕の記憶は、最後の一撃を貰った後、なんとか立ち上がったところで途切れていた。


 そして気が付くと、ローグは既に倒されていたのである。

 僕は、覚えている限りの状況をスミスへ話した。


 「ずっとローグには手も足も出なかったよ。それにアイツは『必ず殺せ』って誰かから指示を受けてたみたい……。で、この通りボコボコにやられて、もう死んでもいいいかな。って思って抵抗するのを止めようとしたんだ」

 

 スミスは黙って話を聞いている。


 「そしたら誰かの泣いてる声が聞こえて、なぜかは分からないけど、『その人を泣かせちゃダメだ! その人に会わなきゃ!』 って思ってたら立ち上がってて……」

 「……ちょいと待て、その声の人って誰だい?」

 「僕にも分からない。女の人の声だったよ」

 「……ほう……!」


 スミスは少し考えるとニッコリとした笑みを作った。


 「それは……愛の力だな……!」

 「は?」


 あまりに突飛な発言に頭が追いつかない。

 何言ってんだよスミス。


 「だからさぁ、愛だよ、愛! きっとアンタの恋人か妻かがコロシアムに観戦に来てたんだよ!」

 「自分の愛する人が殺されかけてんだ。そりゃあ泣くだろう! 俺なら泣くね! 間違いなく!」

 「スミス、重要なのははそこじゃないよ。僕には記憶が無いんだ。なのに何で声に聞き覚えがあったのさ」


 恋愛脳め。

 僕は茶化されたようでちょっと腹が立つ。


 「知らんのか。愛は時空を超える……だぜ。」


 渾身のドヤ顔を披露するスミス。

 なるほど。腹たつ。


 「とにかく、そういうもんなのさ、愛って奴は」

 「うーん。そういうもん……かぁ……」


 半ばスミスに押し切られる感じで納得してしまったが、未だに半信半疑だ。愛とか急に言われても分からない……。記憶ないし。

ただ、スミスの言い分にも、一部は府に落ちる部分もあった。


 (僕の恋人か妻かぁ……。勇者だったならそれくらいはあり得るかも……)


 僕が考えを巡らせていると、突然牢獄の扉が勢いよく開かれた。


 「……話はこそっと聞かせてもらったぁ!!!!!!」


 いきなり誰かが大声で入ってきたので、居眠りしていた看守が驚いて目を覚ます。


 「王子!? 何事ですか!?」


 王子と呼ばれた金髪のその男はにこやかに部屋へ入ってくる。

 さらにその後ろには黒髪のメイドと痩せ型の男と騎士が続いて入ってくる。

 なぜか後ろの2人はそれぞれ椅子とテーブルを持っていた。


 「はっはっは。お邪魔するよ」


 騒がしくも、その優雅な服装と佇まいは、確かに王子らしい高貴さを称えていた。


 「王子、部屋に入る時はお静かに。いつも言っているはずですが」


 黒髪のメイドがその騒がしい王子を諫める。


 「初対面はインパクトが大切だからね!」


 そう言って僕らの牢屋の前にやって来たその男に、一応聞いてみる。


 「……あなた誰ですか?」

 「バカ……! 王子だよ……王子様っ…!」


 隣でスミスが小声で怒った。


 「これは失礼した。では自己紹介させてもらおう」


 痩せ型の男が椅子を僕らの牢の前に置き、王子はそこに腰掛ける。

 そして、足を組みなながら優雅な口調でこう続けた


 「私の名は、オルド王国第3王子、アルド・メイア・リティスである!」


 王子というものが、とにかく偉い人であるということは、記憶のない僕にでも分かる。

 さらに王子は堂々と告げる。


 「そして、この闘技場の主人であり、元勇者の君を買い取り、このコロセウムで戦わせている張本人だ!」

 「……!」

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