第3話 捕食と変化

 仕方がないので俺は、柊女史に案内されるままに病院内を移動し、眼につく怨霊を片っ端から食っていった。何と体をすり抜けるのに、俺が掴もうと思えば、手で掴めるので、手当たりしだいに掴んで口に放り込んだ。味は無味無臭。まあ、靄っぽいので当然だ。


 これが罠だったらとか、柊女史を信じて良いのかとか、言い出したら不安は切りがないが、もうじき俺を成仏させる為に陰陽師が来るらしいので、生き残るためにやれることはやっておくべきだ。柊女史の言葉を信じて、強く成れる可能性に賭けるしか無い。


「ん?何だあの人?」


 怨霊を食べながら病院内を歩いていると、一人の老人とすれ違う。此方に反応もせずに暗い中を真っ直ぐに進んでいる。


 あれ?て言うか、あの人宙に浮いてなかった?


「あれは503病室の田中さんか?拙いな」


 柊女史はすぐにスマフォを開くと、電話をかける。


「もしもし柊だ。503病室の田中さんの状態を至急チェックしてくれ!魂魄が出てる」


 電話の相手と更に何度か会話をした後、柊女史はスマフォを切る。


「失礼したね」


「えっと今のは?」


 何か会話の内容で大体予想はつくけど。


「魂魄さ。死んだり死にかけたりすると体の外に出るんだ。生きている状態で体から出た場合は体に引っ張られるから通常一時間ぐらいで体に戻る。まあ、体が危険な状態で有ることには変わりないがね。死後に出た場合は体に帰れず、大体二十四時間ぐらい経つと消滅する」


「しょ、消滅!!」


「消滅していると考える場合と、天国に行っていると考える場合が有る。どちらが正しいのかは、私は知らないよ。知っている人間は居ないだろう。確認する術も無いしね。

 ともかく死後大体一日でこの世から消えるのは事実さ」


 言った後、柊女史は心配そうにその老人の魂魄を見る。


「済まないが暫くあの方に付いていてくれないか?」


「え?どういう?」


「側に居て、寄ってくる怨霊があの方に触れる前に捕まえて食べてくれれば良い」


 周囲の怨霊はあらかた食ったから、それでは非効率すぎると思う。俺が首を傾げると、柊女史は苦笑して返してくる。


「済まないね。通常肉体が亡くなる事で、魂魄と肉体は縁が切れ、魂魄は体外に解き放たれる。そうした魂魄が消滅する前に怨霊を取り込むことで悪霊になるんだ。しかし、さっきも言ったが、生死の境を彷徨う様な状態だったり、生まれつき魂魄と肉体の繋がりが薄い人だったりすると、肉体がまだ生きていても、魂魄が体外に出ることが有るんだ。それが俗に言う幽体離脱。

 厄介なのは幽体離脱中の魂魄も怨霊に触れると怨霊を取り込んでしまうし、許容量を超えて怨霊を取り込んだ魂魄は悪霊になってしまうことだ。

 肉体がまだ生きていても魂魄が悪霊になれば肉体との縁は切れてしまうし、魂魄との縁が切れた肉体は生命活動を停止してしまう」


 なるほど。つまりアレがまだ生きてる人の魂魄だった場合、万が一にも怨霊と接触させるのは拙いわけだ。

 

 あれ?って事は病院にとって怨霊って雑菌以上に最悪じゃ無い?だってこれだけの大病院だったら重病の人とか、大きな手術をする人も居るでしょ?


 そういう人たちの魂魄がもし出ちゃって、怨霊と触れたらヤバイじゃん!!


「え゛?じゃあ、病院内に怨霊が有るのって拙くないですか?」


 さっき柊女史は多いと拙いとか軽く言ってたけど、多いと拙いどころの話じゃないよね?有ってはいけない物だろ?


 俺の表情から、考えを察したのか、柊女史はため気を吐きながら、説明してくれる。


「おそらく君の考えている通りさ。病院内に怨霊は無いことが理想だ。だが、怨霊は人間の負の感情の集合体。人が居る所には生じるし、人数が増えるほど、数が多くなる。陰陽師に浄化して貰おうにも、浄化には料金が掛かる。陰陽師の奴ら、自分たちしかできないからと、吹っ掛けてくるからな。ウチでも月に一度がやっとなのさ」


 なるほど。それで俺に食べさせることで、怨霊を無くしたかったのね。柊女史のこの説明に俺は事情を察する。


「大変だ!!心肺停止!!心臓マッサージを!!」


 俄に慌ただしい音が近づいてくる。何かと思ったらさっきの魂魄と同じ顔の老人がストレッチャーに乗せられて運ばれていく。アレがさっきの人の肉体か!


「あそこに居る魂魄を体に戻せば、体調が戻ったりします?」


「流石にそこまで単純では無いが、心臓マッサージや電気ショックの効果で心臓が動く可能性は上がるな」


 柊女史の言葉を聴いた俺は、眼の前を漂っている魂魄の腕を掴むと、そのままストレッチャーに近づいていく。


「何だね!君は!!」


「近づかないで!今危険な状態で!」


 俺をストレッチャーから引き離そうとする医師や看護師を振り払い、引っ張ってきた魂魄を体に入れる。


「危ない!」


 医者が叫ぶと電気ショックが流れ、魂魄を体に押し込んだ直後で、手を患者の体につけてた俺にも電流が流れる。もっとも、死んでいる俺に、この程度の電流は痛くも痒くもない。


「ううぅぅぅ。ゲホッ!ゴホッ!」


 うめき声を漏らした後、何度か咳をした患者は眼を開ける。


「なんじゃ?わしゃ部屋で?」


「い、意識が戻った!良かった!!」


 医者たちや看護師達が安堵する中、一人の若い医者が俺にきつい口調で注意する。


「君!邪魔をしないでくれたまえ!今回は良かったが、ふざけたことをされて処置が遅れたら取り返しがつかない。それにもし患者の体に触れていたら君にも電気ショックが…」


「待ち給え」


「え?柊先生?」


 マシンガンの様に注意を続ける医者を柊女史が止める。


「あの方が助かったのは彼のおかげだよ。彼があの方の魂魄を体に入れてくれたんだ。後、電気ショックは大丈夫だぞ。そもそも彼の心臓は既に止まっている。グールだからね」


「え!?グール?グール!!!」


 柊女史の言っている意味が解ったその医者は大きな声を出して腰を抜かし、尻餅をつく。


「先生!!」


「どうなさいました?」


 回りの医者や看護師達が何事かと、此方を窺うが、柊女史が何でも無いと言って仕事に戻らせる。


「こんな時間でも仕事か?大変ですね」


「ま、急患が出れば仕方が無いさ」


 柊女史に連れられて病院内を隅々まで回り、怨霊を食い尽くす。


「そう言えば、さっきの医者は俺を入院患者の一人だと思ったんですよね?」


 起きた当初は人に会うと、怯えられたが、さっきは全くそんな事はなかった。


「ああ。それか。そこにトイレが有る。中で鏡を見てご覧」


「え?鏡?」


 鏡には十六年間見慣れた俺の姿が映る。


「ちょっと容姿が変わってる?」


 生前より、若干細くなったのと、肌が病的に白いこと、後、瞳が赤いことと白目の部分が黒いことが変わった部分であるが、それ以外は普通である。


「鏡がどうかしたんですか?」


 トイレを出て柊女史に確認する。


「今はその容姿だ。先程の廊下の暗さでは人間には眼の色までは判らないから彼は気づかなかったんだろう」


 目覚めてすぐに会った人たちは明るかったから気づいたって事か?


「気づいて居ないようだが、此処に来るまでに怨霊を食べた事によって姿が変わったんだよ。最初に君はトラックに轢かれた姿のまま。体のいたる所から出血が起きていたし、そこらじゅうが内出血で変色していた。その上、折れた骨が飛び出している所まで有ったよ。

 見た人が一発でゾンビと判る姿だった」


 柊女史に言われて驚く。


 え?マジでそんな状態だったの俺?そりゃぁ見た人が悲鳴上げるわ!


 でもそっか〜外見がまともになって良かった〜


「さて、では約束の情報だが」


 ん?情報?


 一瞬何を言っているのかと思ったが、すぐに思い出す確かに柊女史はこの病院の怨霊を全て食ったら能力についての情報を教えてくれると言っていた。


「ちょっと来てくれたまえ」


 言われてついていくと、調厨房のような場所に到着する。恐らく入院患者の食事などを作る場所だろう。


「有った!有った!」


 柊女史は慣れた手つきで冷蔵庫からりんごを取り出すと、俺に投げてよこしてくる。


「ホレ!」


「ん?」


 受け取った俺はりんごをマジマジと見つめる。普通のりんごだ!何処からどう見ても普通のりんごだ。


「これが何か?」


「噂だから確証はないが、死霊系の妖魔はりんごを食べながら知りたいことを頭の中で念じると、ある程度の事は解るらしい」


 え?ある程度のことは解る?りんごを食べるだけで?


「唯のりんごだぞ?」


「ああ。だがりんごは知恵の実とも言われるからね」


 ああ。確か聖書だっけ?まああんまり知らないが。


 まあ、結局これも食べて確認するしか無いわけで、ガブリと齧って、咀嚼しながら頭の中で念じる。


 俺の体の状態は?出来ればわかりやすく!!


 試みは成功!俺の脳内に、文字が浮かんできた。


 ー能動死人グール・リジェネ


 こ、これは体の状態っていうのか?どっちかって言うと種族名か?


 もう一口齧って念じる。


 何か使える能力的な物は?


ー超回復,発電,磁力発生ー


「お!これは!」


 何か能力が多い。いや、三つが多いのか少ないのか分からないけど、ソコソコ使えそう。


「どうかしたのかい?」


 俺がいきなり声を出したので、気になったのだろう。柊女史が訊いてくる。


「ふっふ〜ん!」


 俺は得意げに手を突き出し、指先にスパークを起こす。


「ほぉ!電気を発生させられるのか?」


「すごいっしょ?」


「それなりに使えそうだな」


「あっ!ちょっと!」


 興味が無さそうに適当に答えて、柊女史が歩いていくので慌ててついて行く。


「此処だ!」


「此処が裏口」


 暫く通路を歩くと、扉が一つ眼の前に現れる。


「此処を出れば病院の外だ。せいぜい頑張って逃げると良い」


「そいつはどうも」


 柊女史の言葉に苦笑しつつ、俺は扉を開けて、病院の外へ踏み出した。

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