ディスカルの冒険

 なかなか話そうとしなかったディスカルも何回も三十階に招かれているうちに、ポツリポツリと話してくれるようになりました。ジュシュルが不在になった後に急速に勢力を伸ばしたのがある種の新興宗教兼政治団体のようなものだそうです。


 リル運動とも呼ばれたそうですが、リルは現代エラン語でも風とか嵐を意味します。この団体のスローガンは、


『神聖なるエランの復活』


 具体的にはエランが滅亡の危機に瀕したのは、エラン人に地球人の血が混じったからだとし、地球人の血の混じったものをエランから排除すればエランは甦るという代物です。この運動がジュシュルの去った後に大きくなり、各地で地球人の子孫への迫害が起ったそうです。


 地球人の子孫と言っても、二千年前の十人ほどの子孫で、既に広く薄まってしまい区別など出来ないはずですが、


『アイツは地球人の血を引いてる』


 こう目を付けられるとリンチを喰らうぐらいでしょうか。総統政府でも問題視されたようですが総統代行のザムグ副総統は、


『信教の自由』


 これを理由に反応が極めて鈍かったとされます。そのためリル運動は燎原の火のようにエランに広がったとされます。既に暴動の域まで広がっていたリル運動に対し、ザムグは鎮圧部隊を送りますが、これが悉く撃退され、鎮圧部隊が敗れたことにより武器を手に入れたリル運動はますます猛威を揮うことになります。


「後でわかったことですが、ザムグは意識分離を行い神になっていたのです。そして、リル運動を裏から操っていたのです」


 どうして人類滅亡兵器の対抗手段でもある地球人排斥運動など行ったかですか、


「すべては総統が帰って来た時のためです。総統は持ち帰った地球人の血で人類滅亡兵器の脅威を取り除くとしています。総統に対抗するために、地球人の価値を否定し排斥したのです」


 なんてことを。自分が権力者になるためにエラン再生の可能性さえ捨て去るとは。ザムグはリル運動を公式のものと承認し、エラン全土に地球人排斥の嵐が襲うことになります。ディスカルも口を濁して言いにくそうでしたが、


『地球人の血を引く者はエラン人にあらず。よって死刑廃止の対象にあらず』


 こうまでしてたようです。リル運動は熱狂的な支持は集めましたが、これに反発する者も多数いました。いや、そちらの方が数としては多かったとしても良さそうです。そこでルガルング将軍を中心としたクーデターが起ります。


 これは成功したのですがザムグ逮捕には失敗し、首都を逃げ延びたザムグは地方で勢力を拡大することになります。ザムグはリル運動の指導者として正体を現します。


「ザムグは自らをディンギルと名乗り、各地の基地を襲い大勢力となったのです」


 ディンギルとは現代エラン語でも神を現します。もちろん総統府も討伐軍を送りますが、これがなぜか連戦連敗。逆に首都に迫る勢いを示すことになります。総統府も必死になって防戦に勤めますが、ついに首都を明け渡さざるを得なくなります。


「ザムグに勝てなかったのは、神と人の能力差もありましたが、ザムグは総統府に毒を仕込んでいたのです」


 中枢の参謀府までスパイを置き、討伐軍の情報が筒抜けだったようです。首都からの撤退を強いられた総統府は残る戦力を宇宙基地の防衛に注ぎ込んだようです。目的はジュシュルの帰星。ここまで追い込まれた状況をひっくり返すには、総統府側も神であるジュシュルを待つしかないとの判断です。


 ザムグもジュシュルが帰国する前に宇宙基地を落としてしまおうと大攻勢をかけたようです。そんな大激戦の真っ最中にジュシュルはエランに戻ることになります。着陸中の宇宙船も攻撃を受け、辛うじての着陸だったようです。


 ディスカルは本当に悔しそうな顔をしていました。なんとか着陸した宇宙船ですが、その大きすぎる船体故にザムグ側の格好の攻撃目標になり、せっかく地球から運んできた血液製剤も宇宙船から運び出せずに炎上させられ灰燼と帰してしまったのです。


「総統は報告を受け、反撃に移ろうとしたのですが・・・」


 しばらくは宇宙基地を支えていたそうですが、多勢に無勢はジュシュルを以てしても覆せずついに宇宙基地からも撤退。以後はゲリラ戦に移行することになります。



 ここでミサキも疑問だったのですが、エランの武器は携帯兵器でも強力なんてものではありません。なにしろクレイエール・ビルでも切り倒し、神戸空港から六甲山を貫くほどの威力があるからです。


「あれは強力ですが、エランでは使われることは殆どありません」


 ディスカルの話によると、あの系統の兵器が出現した時には圧倒的な威力を示したそうです。そりゃ、そうでしょうが、それに対する対抗手段もすぐに開発されたようです。


「ある種の干渉波ぐらいに理解してもらえれば・・・」


 あのレーザー光線のようなものを無効化する防御兵器が普及し、それも超小型化して兵士なら誰でも身に付けているそうです。それだけでなく、レーダーのような探査装置や各種精密誘導装置を無効化する技術も極度に発達したために、


「エランの地上戦の基本は無誘導兵器が主体です。そういう意味では現在の地球より退化しているかもしれません」


 だからゲリラ戦が行えたのでしょうが、戦場の過酷さは変わりません。幾度かザムグ側に手痛い損害を与えたこともあったようですが、武器食糧の調達がジュシュル側では劣り、次第に追い詰められる事になります。


「アジトを急襲された時に・・・」


 劣勢になると必ず出るのが裏切り。ゲリラ戦に移行してから築き上げていたアジトの位置を密告され、ザムグ軍の急襲を受けることになります。必死の防戦に努めたそうですが、ゲリラ側が後手に回らされると支えきれなくなったのです。


 ジュシュルたちは見逃されていたルートから決死の脱出を行いましたが、これを援護した部隊は壊滅、それだけではなくなんとか集めていた武器や食糧をすべて失うことになります。ゲリラ側の戦力は大幅に落ちることになります。


 アジトを失った後は野宿で転戦を重ねることになります。それこそ泥水をすすり、草の根をかじっての難戦苦戦の連続に陥ります。ザムグ側の追撃の手は容赦なく、次々とゲリラ側の兵士たちは倒れていくことになります。よほどひどい状態だったようで、


「夜だって常に襲撃の危険があります。常に追いまくられながら、時に反撃して敵の武器や食糧を奪うのですが、それだけでまた兵士たちは減っていき・・・」


 ディスカルもそれ以上の詳しい内容は口にしませんでしたが、心身とも極限状態のゲリラ戦を夢遊状態で戦い抜いたぐらいで良さそうです。そんなジュシュルのゲリラ部隊が最後に潜んでいたのが古い鉱山の跡だったようです。しかしザムグ側の追撃は厳しく、そこもいつ襲われるかわからない状態だったそうです。



 そんな時にある情報が手に入ります。ザムグは残っていた宇宙船を修理し、これにエラン人戦犯を乗せて地球に星流しにする計画を進めていたのです。これぐらいエランでは死刑廃止は重いとしか言いようがありません。


 これを知ったジュシュルは重大な決断を行います。頽勢挽回の困難さ、たとえ頽勢を挽回しザムグを倒したとしてもエランの再生は無理との判断です。そこで残った戦力で最後の作戦を行うことにしたのです。ジュシュルはこれまで苦難を共にしてきた兵士たちを前に、


『我々は地球側の満身の好意を受けた。不幸にも希望の綱であった血液製剤は灰燼と帰してしまったが、もう一つの大事な預り者がある。浦島夫妻だ。ここまでエラン再生のために不便を忍んでもらったが、もうエランで活躍できる場所は無くなった。我々に残された使命は、浦島夫妻を地球に送り届けることである』


 作戦は、ザムグが目の仇にして追い回しているジュシュルが囮になってザムグ軍を引き付け、手薄になった隙を狙って宇宙船を奪い、地球に亡命するものでした。最後の作戦の前にジュシュルに呼ばれたディスカルとアダブは、


『お前たちには別働隊を率いてもらい、宇宙船で浦島夫妻を地球まで送ってもらう』

『総統、お言葉ですが、それは承服できません。私たちは最後まで総統のお供をします』

『ならぬ。あの時の乗組員で生き残っているのはもはやここにいる三人のみだ。誰かが行かねば地球とコンタクトさえ取れぬ』

『それでは総統が行くべきです。そして小山代表と会われるべきです』


 ジュシュルは宥めるように、


『この作戦は犬死するためのもでない。地球から預かった浦島夫妻をエランの誇りに懸けて送り届けることだ。そのためには如何なる犠牲も惜しんではならない』

『しかし総統』

『宇宙船を動かせるのは、今やこの三人しかいない。私は囮に必要だ。宇宙船奪取も容易なものではない。生き残れる保証もない。だから保険を掛けて二人だ。必ずどちらかが地球まで浦島夫妻を送り届けるのだ』


 不承不承だったようですが兵力を二つに分け、ディスカルとアダブが別働隊、ジュシュルが陽動隊を率いて作戦は行われます。最後の出撃の前にディスカルは、


『総統、なにか小山代表への御伝言があれば預かります』


 じっと空を見上げたジュシュルは、その空の向こうにある地球、そこに住む愛しいユッキー社長のことを思い浮かべていたのではないかと思います。それでも微笑みを浮かべながらこう言ったそうです。


『宇宙旅行に招待できなくて申し訳ないと』


 最後の作戦も熾烈なものでした。陽動作戦でザムグ軍主力を引き寄せたと言うものの、宇宙基地の警備も厳重。ディスカルたちは三百人の部隊を率いていたようですが、宇宙船に近づくまでに次々と倒れて行き、


「乗り込んで飛びたつまでの間を支えるのが・・・」


 もう百人ぐらいに減っていたそうですが、アダブは浦島夫妻とディスカルたちを強引に宇宙船に押し込んだそうです。アダブは、


『地上に残って離陸まで支える』

『私も残る』

『どちらかが宇宙船に乗らないと離陸できない。お前の方が宇宙船にも操縦にも詳しい。だからお前が乗らなければならない』

『しかし、それでは・・・』


 アダブは怒鳴りつけたそうです。


『総統の命に代えての作戦を無にするつもりか!』


 その後に二カッと笑って、


『先に行って総統と待ってるぞ。あははは、地球で死んだらもう会えないかもしれないがな』


 目の前でアダブたちが次々と倒れて行くのを見ながらなんとか離陸。しかし攻撃目標になり、この時だけでも相当な被害を受けたとの事です。この時に宇宙船に乗り込めたのは二十人足らずであったそうです。


「地球への航海中も緊急事態の連続でした」


 宇宙船と言っても老朽船の上、既に二度の離着陸を行っています。修理も流刑目的あったためか十分とは言えず、さらに離陸時に少なからぬ損害を受けています。船には自動応急修理装置もありましたが、その機能を越えるトラブルが次々に発生したそうです。


 決死の修理が何度も行われ、そのたびに乗組員の犠牲者も出たようです。難所の時空トンネルも大変だったようで。


「総統との地球往復の時は平穏でしたが・・・」


 条件は大損害を出した時に近かったのではないかとしています。自動操縦で切り抜けるのは無理と判断したディスカルは半自動操縦に切り替えたそうですが、


「私も素人みたいなものですから・・・」


 遭難こそしなかったものの、船体にさらにダメージを負ったそうです。それがあの彗星の尾であったとして良さそうです。船内も多くのところが損傷のために閉鎖状態となり、残された区画を維持するのに懸命の状態であったとしています。通信設備のダメージも大きく、


「小山代表につながった時はホッとしました」


 ここまで疲労困憊状態の乗組員たちでしたが、地球との連絡が取れたことでわずかな希望が出て士気はあがったそうです。そして最後の難関が神戸空港への着陸。着陸態勢に入ったものの、しばらくして船の中央コンピューターがついにダウン。いや、とっくの昔にバックアップ用の緊急システムで凌いでいたようですが、これも止まってしまったのです。


 この時には大気圏突入の衝撃でさらに船の損傷は大きくなり、生き残っていた乗組員たちは出口に近い緊急事態用の副制御室に立て籠もっていたそうです。船内には火災まで発生し、覚悟を決めたそうですが、


「でも信じられないことが起ったのです。コントロール不能のはずの船体が、なぜか最後の瞬間まで保ち続けたのです」


 ここから先は、あの時に見た光景になります。これで浦島夫妻が話したがらなかった理由がよくわかりました。浦島夫妻はディスカルが潜り抜けた修羅場をすべて体験されているからです。

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