7 いざ尋常に、本体を倒す!

 放送のチャイムが鳴った。聞きなじみのある声が聞こえる。風博にいが、外に出ないよう言ってくれているのだ。

「これで多少楽になるね」

「うんっ、早く体育館に行こう」

 そう言いながら三人で走る。体育館まではあとすこしだ。

 でも、バスケットボールだけじゃない、バレーボールや野球ボールまでこっちに向かってくる。しかも、なんかきたないのばっか。

 もう、かまってるひまないのに!

「おい、体育館の扉しまってるぞ!」

「関係ない、こじあける!」

 そこまで強くないアサンブラージュが壊したものは、相手を倒せばもとに戻るけど、バランサーがアサンブラージュ以外で壊したものはもとに戻らない。

 だから、パトリスちゃんの言葉にちょっと迷うけど、パトリスちゃんはすこしもとまどわず、ガシャア! と大きな南京錠を壊した。

 す、すごい。勇気あるなあ……。

「ボスはどこにいる?」

 体育館の中に勢いよくとびこむ。すると、白や茶色のボールがあちらこちらではねて、入学式のために準備されていたパイプいすをどんどん倒してた。

「こいつら……! どれがボスだ!?」

「ちょ、ちょっと待って!」

 全員倒してやるという迫力のパトリスちゃんをひきとめる。

「これ、なんかおかしい」

「おかしい?」

「どうした直陽。なにがおかしいんだ……あ」

「そう。ここにあるボール、いや廊下にあったものも、全部きたなすぎるんだよ。まるでいつも外で使われてるみたいに。それに、体育館のボールなら、野球ボールはないはずなんだ。野球は校庭でやる競技だから」

 ようやく気づいた。これが違和感の正体。

「つまり、本体は校庭……体育倉庫にいるのか!?」

 月湖ちゃんが察して叫ぶ。

 そのとおりだ。ここにボールがいっぱいあるのはブラフだろう。だまされたボクたちの時間かせぎのために、本体のアサンブラージュが用意したものだ。

「じゃあはやくそっちに行かないと……」

「でも、ここのアサンブラージュも放っておく訳にはいかないぞ」

「だいじょうぶ、扉をしめたらいい」

 そう言ってパトリスちゃんは扉をしめ……しめ……あ。

「……そういえば、パトリスちゃん、さっき鍵を壊したよね」

 ボクが言うと、パトリスちゃんの動きがとまる。

「……あ」

「……あ」

 ……後悔先にたたずとはこのことだ。

「ええい、こうなればオレが時間かせぎを――」

 月湖ちゃんがかまえるが、この数をひとりはきびしいだろう。

 それに多分、廊下のボールもここに集まってきてる。

 こうなったらボクも残るか……?

 と、そのとき。

「きみたち、だいじょうぶー!?」

 うしろから声がかかる。ふりかえると、そこには青緑のカラーリングのリリーススーツをみにつけたバランサーがいた。

「ごめんごめん、廊下のアサンブラージュ倒してたら遅れちゃった。えーっと、今どういう状況?」

「あ、あの」

「あ、そういえば自己紹介してない! あたし、ナイルライノ! よろしくね」

 そう言ってナイルライノは頭をさげる。

「うん、よろしく。わたしはカナリーカナリア。さっそくだけど説明すると、アサンブラージュの本体がこいつらで時間かせぎしようとしてる。わたしたちは本体を倒すチームと、時間かせぎのザコを倒すチームにわかれたいの」

「なるほど……じゃああたしはこのボールを倒すね」

「んじゃあ、オレもコイツらの相手をする」

 ここにはナイルライノと、月湖ちゃんが残ることに。

 と、なると。

「ぼ、ボクが本体ボス倒すの!?」

「そうだね。でも、わたしもいるし、だいじょうぶだよ」

 ボク、まだ戦いはじめてちょっとのぺーぺーなんだけど!?

 ボクが残ったほうがいいんじゃ……。

「どっちにせよきついよこれは。ザコ相手だって、あっちこっちから攻撃がくるんだもん。戦いになれてないと相手するのは大変だ」

 パトリスちゃんがずばりと言う。

 たしかに、考えてみたらそうだな……。

「うだうだ言ってるより、はやく倒しに行くよ。ああ、うずうずする……!」

『パトリス落ちつけ。直陽が軽くひいてるぞ』

「あ、ごめん」

 ま、まあ、戦いで性格変わるキャラって、漫画とかじゃよく見るけど、実際会うのは初めてだから……。

 とにかく、パトリスちゃんの言うとおり、はやく行かなきゃ。

 体育館に残る二人にさよならをして、校庭までの道を走る。

「体育倉庫ってどこだっけ?」

「たしかグラウンドの奥に、青色の古びた建物あるじゃん。そこだったと思う」

 校庭はすぐそこだった。白線が引かれたままのグラウンドの奥には、たしかに倉庫がある。

 あそこに、本体が……?

「レイニー、ハッキングお願い!」

『了解しま――』

 そのとき、レイニーの声がさえぎられる。大きな音が倉庫の中からしたのだ。ガン、ガン、と扉を叩くような音。

「な、なに!?」

「……くるよ、準備して」

 そうパトリスちゃんに言われてかまえると、扉が勢いよくこじあけられ、中からアサンブラージュが出てきた。

 アサンブラージュの正体は、バッティングマシーンだった。

 どうやってそのせまい扉から出てきたんだという大きさ。多分、校舎の二階まではあるだろう。グルングルンと首のような部分を回して、おかしな声をあげる。

 本体って言うだけあって、強そう。

「ふうん、そこそこ強いやつだにゃああれは。これはちいと手こずりそうだぜ」

「あっ、花袋!」

 しっぽのようなコードを振りながら、花袋――ロビンズエッグキャットがひょっこり現れる。

 もう、遅いよ!

「いやあ、廊下のやつらと戦ってたんにゃけど、なんかみんな体育館に行きだして。それで走ってたら、校庭に行く二人が見えたのさ」

「状況がわかってるなら手っとりばやい。協力して」

「もっちろんにゃ。バランサーどうし、がんばろ」

 パトリスちゃんの言葉にうなずいて、花袋は腰を低くかまえる。

「先手必勝――にゃ!」

 その瞬間、とてつもないはやさで花袋が飛びだす。

 キャットなだけあって、動きがすごく軽い。

 アサンブラージュに動きをつかませず、その顔に一発くらわせる。続いて、二発、三発。

「す、すご」

「わたしたちも行くよ――スキル発動」

『りょーかい。気をつけろよ』

 パトリスちゃんがそう言うと、ぶわっとホログラムでできた羽が背から出る。一瞬びっくりするけど、そういえばパトリスちゃんは、カナリア

 つまりパトリスちゃんのスキルは、空を飛べるってこと!?

『空閑サマ。はやく二人の援護をしたほうがいいかと』

「そ、そうは言うけども」

 はやい花袋に、飛ぶパトリスちゃん。そんな二人は、ほとんど攻撃を受けずに相手と戦ってる。

 そこに無理してバリアをはっても、邪魔になるだけだろう。

「とりあえず、普通に攻撃するかっ」

 二人を追いかけるように走りだして、アサンブラージュにキックを叩きこむ。ベコ、とアサンブラージュのボディはへこむけど、すぐにもとに戻る。

 うう、やる気なくすなあ。

「けど、ここでやめてちゃ、ヒーローにはなれない!」

 着地して、今度は握った拳でパンチを思いきり繰りだした。一発だけじゃない。とにかく、出せるだけをありったけ。

 けど、アサンブラージュもやられっぱなしじゃない。バッティングマシーンらしく、口みたいなところから、何個もボールをすごいはやさで出しはじめた。

「おわあっ!?」

「アサンブラージュの近くによって! 遠距離攻撃は距離をつめれば当たらない!」

 パトリスちゃんはそう言うけど、近くによってもボールが地面に落ちた勢いで、ついうしろにさがっちゃう。

 しかも、ボールをよけながら攻撃って、考える以上にむずかしい。

 頭の中ではわかってても、うまく動けないのだ。

「わあっ」

「直陽ちゃん! しっかり! ――うわ!」

 花袋がこっちを心配して振り向くと、そこをアサンブラージュがボールで攻撃する。ドガン、と花袋は地面に叩きつけられた。

「花袋!」

 しまった、ボクのせいだ。どうしよう、どうしよう。

『空閑サマ。はやく動いてください。犬養サマは自力で復帰できるポテンシャルがあります。今ここで空閑サマがとまどっていたら、攻撃をうけます』

「わ、わかってる!」

 思わずぶっきらぼうな言い方になる。

 レイニーの言うことはもっともだけど、さっきも言ったとおり、だから動けるかといったらそうじゃないんだ。

「なんとか、なんとか攻撃しないと……」

 ボールがはねる中、そこを割るようにかけだす。

 こういうときは、もう勢いだ。無計画とも言えるけど、ごちゃごちゃ考えてたらよけい動けない。

「どりゃあっ!!」

「よっ!!」

 パトリスちゃんがキックしたのと同時に、同じ場所に蹴りをいれる。

 さっきとは比べものにならないぐらい、アサンブラージュはへこんだ。叫び声も苦しそうだ。

 これでどうだ!?

『ワクチン作成にはまだ時間が必要です。あと少しふんばってください』

「あと少し……」

 目をやると、ボクらの攻撃でのけぞったアサンブラージュは、うめきながらも立ちあがろうとしてる。

 ええい、しつこい! もう動くな!

「直陽ちゃん! あわせて!」

「あいあいさーっ!」

 花袋にそう声をかけられて、またアサンブラージュに向かって走る。

「ダブル」

「パーンチっ!」

 自分でも驚くほどの大きな音とともに、アサンブラージュを飛ばす。花袋を見ると、スーツごしでもわかるぐらい満足げに笑っていて、思わずつられて笑ってしまう。…今、そんな状況じゃないのはわかってるけど!

「いーじゃんいーじゃん。びっくりするほど息ぴったりだったにゃん」

「えへへ……そうだね」

 少し照れながら、遠くに行ったアサンブラージュのほうに走る。先に行ってたパトリスちゃんが、何回かアサンブラージュのお腹を蹴った。フォームでわかるけど、すごい戦い慣れしてるな……。すごい。

『ワクチン完成度百パーセント。これより、ウイルス撃退に移ります』

「きたあっ」

 みんなのBSAIもそう言ったのか、花袋とパトリスも構える。無理やり起きあがろうとするアサンブラージュを見すえて、思いきりかける。

「これで、とどめだあっ!」

 ボクは拳を。

 花袋は爪を。

 パトリスは足を。

「お、りゃあああ!!」

 アサンブラージュに、叩きつけた。

 ワクチンを打ちこまれたアサンブラージュは、二、三回大きく震えたあと、ぱあんとはじけた。ごと、とバッティングマシーンが校庭に落ちる。

『反応、完全に消失しました』

「うーっし!」

 パトリスちゃんがガッツポーズをする。

「はあ、つかれたにゃ。こんなに人の多いところ、エクスプレッサーが出てもおかしくにゃいからね」

 ……? エクスプレッサー?

「なにそれ? 初めて聞くんだけど」

 たしか、英語で『表現者』って意味じゃなかったっけ。なにかの本で読んだことがある。

「あ、そういえば言ってにゃかったね。エクスプレッサーっていうのは、嫌な気持ちや悲しい気持ちを持ってる人が、アサンブラージュに飲みこまれちゃって、さらに強い怪物になったアサンブラージュのこと。人がいっぱいいるところだとたまにあるんだよ」

「そ、そんなことあるの!?」

 人がアサンブラージュになるなんて。こ、怖い……。

「まあ、今回はなかったし、全体を見てもそんなにあることでもないから、必要以上に不安になることじゃにゃいよ。普通のアサンブラージュと同じで、ワクチンを打てば元に戻るし」

「おーい! そっち終わったのか!?」

 花袋が話してると、向こうから月湖ちゃんの声がした。ナイルライノも隣にいる。多分、体育館のアサンブラージュは、本体がいなくなったから消えたんだろう。

「じゃ、そろそろ戻るぞ。ずっとここにいたらみんながくるから!!」

「そうだね」

 にしても、ナイルライノの話し方というか、しぐさ、なんか覚えがある気するんだけどな……。どこだっけ。わりと最近、どっかで見た気がする。

『……空閑サマ』

「ん? どうしたの?」

『気付いてないのですか? 彼女、ナイルライノは、朝挨拶を交わした人ですよ』

「えっ」

 デジャブを感じる会話のうしろで、チャイムが響いた。 

 

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